第5話 凶悪魔物に立ち向かう元公爵令嬢

 商人の言葉は本当だったみたい。どこからか、馬の歩く音がいくつも聞こえてきた。


「ほら、来た!」

「助けって、いつの間に呼んだの?」

「盗賊に遭遇した直後だよ。荷台の上にハヤブサをとめてあってね。盗賊に遭遇したら、すぐに飛んで助けを求めるよう仕込んであったのさ」


 ハヤブサ、その鳥の名前は聞いたことがある。なんでもこの世界で、最も速く空を飛行できる鳥とのことだ。


 でもハヤブサでもう一つ気になったことがある。確かハヤブサは希少種の鳥だから、今は飼育されている頭数が限られているはず。一部の裕福な貴族の間なら飼われていてもおかしくないけど。


 そうだ。思い出した、確かさっき盗賊が言ってたわ。


「あなた、グノーシス商会の人?」

「無事だったか、ロイド!?」


 すぐそばで男の声が聞こえた。身なりからして、町の警備兵みたい。


「おぉ、よく来てくれた。安心してくれ、もう盗賊は退治したから」

「なに? まさかロイドが全員を……?」

「いや、俺じゃないんだな。こちらのお嬢さんが……」


 商人が言うと、全員ぎょっとした目で私を見つめた。


「え? あの……失礼ですが、あなたは……」


 こういう時は自己紹介しないとね。でもさすがに本名晒すのはまずいから、偽名を言わないと。


「初めまして。私ナター……」

「ナタリー・バルハレビア様ではございませんか?」

「はい、そうで……え?」


 目の前の男がなんと私の本名を言い当てた。


「やっぱり、そうか。バルハレビア家の長女のナタリー公爵令嬢ですね!?」

「い、いえ……あの……その人違いです」

「バルハレビア家? あんた、公爵令嬢だったのか? 大変失礼しました!」


 商人も含めて、全員騒然とした。まずい、なんとか誤魔化さないと。


「人違いです。私はナタリー・バルハレビアではございません。ナターシャ・ロドリゲスでございます」

「……ナターシャ・ロドリゲス?」


 目の前の男は疑いを隠せない顔をしている。実は子供の頃から使っていた偽名だけど、さすがに無理があったかも。


「……わかりました。それは大変失礼しました、ナターシャ殿」


 あれ、もしかして信じてもらえたみたい。


「なんだ、脅かさないでくださいよ。ジュドー隊長」

「よく考えたら、公爵令嬢の方がこんな危ない道を歩いているわけないな。はは」


 なんとか誤魔化せたみたいね。ふぅ、危ない危ない。


「改めまして自己紹介させてください。私はジュドー・ニコルソン、グノーシス商会に所属する警備隊の隊長を務めています」

「あ、よろしくお願いします。って、グノーシス商会?」

「はい、私達はグノーシス商会に所属する警備隊です。こちらの商人ロイドもグノーシス商会所属の者です」


 なんてこと。道理で荷台の中の商品も豪華な物が揃っているはずだわ。


 それにしてもグノーシス商会と言ったら、かのグノーシス家が統括する大商会じゃない。そのグノーシス家の長女といったら、あのマチルダ・グノーシス、皇太子の新しい花嫁候補だわ。


 これは、まずいわね。グノーシス商会関係者だと、私の正体に気付くのも時間の問題。そして私の正体がバレたら、何かと面倒だわ。


 これ以上長居できない。


「あ、それじゃ警備隊のみなさん。盗賊達あらかた倒しちゃったから、あとは連行しちゃってください」

「あの……失礼ですが、まさかあなたが倒したというのですか?」

「え? そうだけど……」


 ジュドーが倒れた盗賊達を見た。何か気になることでもあるんだろうか。


「はは、このお嬢さんは強いんだぜ。盗賊達を赤子をひねるようになぎ倒したんだ。俺も剣の腕には自信があったんだが、かないそうにねぇ」

「……わかりました、討伐誠にありがとうございます。あとは我々にお任せください。お前達!」


 部下達が一斉に倒れていた盗賊達を起こして、縄で縛りあげた。


「でも、ごめんなさい。実はリーダーの男だけ逃がしちゃったの」

「そうですか。こいつらは“ブラック・スティーラーズ”、リーダーはホークという名前の男です」

「ホーク……ありがとう、覚えておくわ」

「では我々が町まで送りましょう。この界隈は盗賊だけじゃなく、魔物の生息域も近いですからね」

「魔物ですって!?」


 思わず私はくいついてしまった。


「はい……危険ですから、我々が保護して町までお連れ致します。ご安心ください」

「いいえ、その必要はございません。そのお気持ちだけ受け止めておくわ。私一人で、町まで行きます」

「え? いや、それは……」


 グノーシス商会の人間とこれ以上関われない。私は急いで荷台の中に置いていた荷物をまとめた。


「じゃあね、警備隊のみなさん!」

「おい、お嬢さん。まさか本気で一人で行く気なのか?」

「危険すぎます! 最近になってAランク級の魔物も発見されたと報告がありました。あなた一人だけでは……」

「だったら、なおのこと楽しめそうじゃない! 貴重な情報ありがとう」


 私は手を振って颯爽と森の中へダッシュした。


 遥か後方で私を呼ぶ声が聞こえた。もう少しだけ走っておこう。


 五分くらい走ったかしら。もう誰の声も聞こえなくなったわ。でもここで一つ問題が生じた。


「まずい……迷子になったわ」


 気づけば深い森の中に入ってしまった。さっきのジュドーの言葉の通りだと、いつ魔物が出てきてもおかしくない気配だ。


 そしてその通りになったみたい。


「ぐるるるるる……」

「出たわね」


 獣のうなり声が聞こえた。目の前の木々の間から、赤く光った二つの球体が動いた。


 次の瞬間、木々の間から巨大な体格をした獣が姿を現す。


 頭には太い三本の角、獰猛な牙、鋭く長い爪、五メートル近くある巨体、どんな岩石も砕けそうなほどの太くたくましい筋肉、今まで見た魔物の中でもダントツで強そうだ。


 さっきのガイエルがまるで子供のようね。


「ぐらぁああああああああ!!」

「早速お出ましね、やってやろうじゃない、はぁあ!」


 勢いよく踏み込んで、奴の腹部に正拳突きを喰らわせた。ガイエルはこの一撃で倒れたけど、こいつはどうかしら。


「ぐぐぐ……がぁあああ!」

「うっ……硬い!」


 耐えたわ。ガイエルとは比べ物にならないほどの頑丈さ。


「ぐがぁあああああ!」


 魔物は勢い右腕で殴りかかった。左手で咄嗟にガードする。


「ぐぅ……いったぁ! さすが強いわね」


 まさかこんな魔物がいたなんてね。あまりの強さに、私はワクワクした。


 さすがにこんな奴が相手だと、素手じゃきつい。鞘から剣を抜いた。


「ここからが本番よ、化け物! 元公爵令嬢ナタリーの恐ろしさ、見せてやるわ!」

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