第39話 ひとつの可能性

 ニバタウンの駅舎内は運行を再開した列車を待つ人たちで賑わっていた。

 列車の運休で足止めをくっていた人たちが、霧がようやく晴れたことで電車に乗れるようになったのだ。現在時刻は朝八時を少し回ったところ。運行再開は午後の一時過ぎだというのに、すでにこの人だかりである。指定席のチケットはとっくに売り切れており、自由席に座れるかも怪しい混雑具合だ。ここまで駅舎が混雑するのは、人口がそれほど多くないニバタウンでは相当な珍事らしく、地元の新聞社も取材のために来ているようだった。


 そんな大混雑の駅舎の中にまるで場違いのような雰囲気で駆け抜ける二人組がいた。アユムとギルバートである。


「おい、急にどうした!? 列車の出発はまだ先だぞ? いい加減わけを話せ!」


 肩をぶつけるたび、すれ違う人に平謝りしながら先を進むアユムをギルバートが強引に引き留める。アユムは駅舎の端の方に人だかりが少ない場所を見つけると、ギルバートをそこへ連れ出す。


「時間がないから手短に説明する」


 アユムはこっそり結晶石に手を触れ、アクエラを召喚させた。結晶石から現れたアクエラはすっかり元気になっており、昨日の廃屋での戦闘によるダメージは全然残っていないようである。


「落ち着いて聞けよ。もし俺の推測通りなら……この事件はまだ終っていない」


 何を言い出すかと思えば、世迷言を、とギルバートは小さく舌打ちする。ユニオンから提示されたクエストは濃霧の原因調査である。丘の上の廃屋の先で見つけた、霧の発生装置。装置を破壊したことでニバタウンを覆っていた霧は晴れたのだ。発生の原理等についてはユニオンが追加調査することになっているし、少なくとも自分たちが関わる範囲では事件は解決したのだ。そう思ってはいても……しかし、ギルバート自身アユムの一言が頭の隅に引っかかる。自分自身、事件の進展に納得しきれていない部分もあった。だから、ギルバートは苛立ちを滲ませつつも、黙ってアユムの言葉を待っていた。


「列車を止めること。それ自体が犯人の真の目的だとすれば……この線路の先にきっとなにかあるはずだ。あれを見ろよギルバート」


 そう言ってアユムが指さしたのは駅舎内にある、路線図だ。ニバンシティを始発として発射するこの列車はトンネルを抜けた先のオウカシティで停車した後、大都会センゴクシティが終点となっている。

 そこまで見て、ギルバートは一つの可能性に気がついた。


「トンネル……」


「ああ。俺も路線図を見るまで気がつかなかったが、この街から出る列車は長いトンネルをくぐって次の街へと到着する。トンネルの方向は偶然にも……丘の上の廃屋と同じ方向だ。列車が止まっていれば、トンネル内を自由に通行可能だ。廃屋の地下に霧の発生装置を運ぶことだって……駅員がグルになっていれば不可能じゃない。それに……こいつを見てくれ」


 アユムは足元にいたアクエラを指し示す。アクエラはしきりにトンネルの先を見つめて、何かを訴えている。まるでそこに連れて行ってほしいみたいに、アユムのズボンの裾を引っ張っていた。


「ギルバート、アクエラの生態を知っているか? こいつは綺麗な清水が湧き出る泉なんかを住処にしていることが多いんだ」


「お前……そんな知識どこで?」


「ん、まあ……本で読んだんだ。気にするな。大事なのは俺がこいつと出会ったのは丘の上の廃屋だってこと。きれいな泉なんてどこにもなかった。おかしいと思わないか?」


「……群れからはぐれた個体ってこともあるだろ」


「俺は違うと思う。はぐれたんじゃない。助けを呼びに来た。俺にはそう思える」


「根拠は?」


「ない。強いて言えば、こいつはあの装置を破壊することに躍起になっていた。地下通路で俺とセピリアを先導してくれた時も、アクエラは何かを感じ取っている様子だった。そして、通路を進んでいった先には、霧を発生させるあの装置があった」


 やる気をみなぎらせている様子のアクエラを、アユムは結晶石に戻した。

 アユムの話は想像を積み重ねたものにすぎず、推理と呼ぶには程遠いものだったが、胸にすとんと落ちるような不思議な説得力があった。

 丘の上の廃屋から続く地下通路を進んだ先で、ギルバートたちは霧を発生させている謎の装置を発見した。装置は仕組み自体、一見してわからない高度な作りになっていたが、何より不明なのはその動力。街全体を覆うほどの霧を発生させるような動力は一体何だったのかは今をもってしても不明のままだ。

 確かに気になる。アユムが考えている通り、列車を止めればトンネル内を自由に行き来できる。街の住民たちは発生した濃霧への対応で四苦八苦している状況となれば、トンネルで何が起きているかなど、誰も気にも留めないだろう。


 濃霧の陰に潜んで進行していた計画――アユムが推測した通りの「何か」がトンネル内で行われているとすれば……事態は一刻を争う。

 あえて真犯人という存在がいたとすれば。そいつはニバンシティの濃霧が消え去ったことをすでに知っている。列車は今日の午後には動き始める。トンネルの深奥に隠された秘密や、何かが行われていた形跡、証拠は消え去ってしまうだろう。ここまで緻密な計画は個人でのものとは考えにくい。組織的な犯行だと考えるべきだろう。


「……時間がないってのは、俺も同意見だ。だが、危険もある。俺たちは敵の存在についてあまりに知らない。情報が足りなすぎる」


「わかってるさ。一応、セピリアには連絡を入れておいた。捕まえた二人組の事情聴取が終わらないとメッセージにも気づかないと思うけど」


「……ったく。わかった。俺も付きあう。ただし! 足手まといはごめんだぞ、初心者」


「ぬかせ。同じノービスランクだろ」


 軽口を交わすと、アユムとギルバートは人目に見つからないように、ひっそり線路に飛び降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Lemurial Historia《レムリアル・ヒストリア》――時渡りの英雄と古の神獣 秀田ごんぞう @syuta_gonzo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ