第38話 新たな契約

 翌朝。アユム、セピリア、ギルバートの三人は、クエストの達成報酬を受け取るため、ユニオンのロビーに集合していた。今後の事件の進捗や、今回の調査報告などはセピリアが行うことになったから、アユムとギルバートは報酬をもらって解散という形になる。

 主犯とみられる駅員ロンド・ヴィルターと、共犯者アシュロン・サマーの二名の身柄はユニオン内部の自警団に拘束されており、彼らの取り調べには調査にあたったセピリアも同席することになっていた。

 アユムは昨夜、白の本に突然謎の文章が浮かび上がった件について二人に相談したかったのだが、そんなホラー現象をどう切り出したらいいものか悩んでいた。

 そんな折、ギルバートが窓の外を見つめながらつぶやいた。


「そういえば……アユム。お前、あのレムレスってどうしたんだ?」


「あのレムレスって……?」


「ほら、あいつさ。アクエラとかいう……契約したのか?」


 アクエラ……! そういえば、事件のごたごたのせいで、契約せず終いだった。魔力の消費がひどかったので、一時的にセピリアの呪文札で回復してもらったのだが、その後、どうなったのかアユムは知らない。


「私も気になってたのよ。一応回復効果の呪文札をかけたけど、きちんとユニオンで見てもらった方が良いと思ったんだけど、あれから姿が見えないから、てっきりキミが契約したのだとばかり思ってたわ」


 アユムとしても、アクエラのことは気がかりだった。今回の事件だって、霧の発生装置の場所までたどり着けたのはアクエラのおかげだ。どういう理屈かは知らないが、あいつは装置の場所までアユム達を案内してくれたのだ。それだけでなく、機転を利かせて、敵の奇襲から守ってくれた。アクエラがいなければ、今頃どうなっていたのかわからない。


「……ん? ギルバート、俺の顔になにかついてる?」


 ギルバートがじぃっと、何か哀しいものを見つめるような視線をアユムに向けている。

 彼は心底大きくため息をつくと、呆れ顔で窓の方を指さした。


「まったく……俺は呆れて何も言う気にならないが、あれは俺の見間違いか?」


 窓の外枠にちらりと青い職種のようなものが見えた。雨粒が窓ガラスを流れ落ちるように、液状の体がすーっと落ちてきて、顔をべたりと貼り付ける。アクエラがユニオンの窓にべったり張り付いてアユムの方を見ていた。


「あいつ……あんなところで何やってんだ!?」


「知らん。どうにかしてこい。あれじゃ目障りだ」


「そうね。信じられないことだけど、あの子はキミを随分慕っているみたい。契約もしてない野良レムレスにここまで懐かれるなんて、大したものよ。はっきり言って非常識だわ」


「それって褒めてる? けなしてる?」


「どっちもよ。いいから騒ぎになる前に、さっさと契約してきなさい。





 ユニオンの外に出ると、窓に張り付いていたアクエラがぴょいと跳んできた。液状の体は着地の瞬間、びちゃ! とはじけてしまったが、3秒と経たずもとの水滴のような形状に復元した。なんとも不思議な生命体であるが、間違いない。こいつは丘の上で出会った、あのアクエラである。


 通常、レムレスと契約を結ぶ際には戦闘などで操獣士の力を認めさせた上で、契約の祝詞によって結晶石に封印する。ところがアユムの目の前にいるアクエラからは全く戦意を感じない。初めての契約でイトミクを結晶石に封印した時もそうだったが、戦闘せずとも操獣士と契約を結んでくれるレムレスも少数ながらいるということはマリーから聞いていた。非常に稀有な例ではあるが、人間にも価値観も様々な色んな人がいるのと同様に、レムレスにもいろんな考えの持ち主がいるらしい。同種のレムレスであっても、性格がまるで違うことはままあるらしい。


「なあ、アクエラ。お前、俺と一緒に来るか?」


 アユムの問いかけにアクエラはにかっとほほ笑む。アクエラには表情がないので、実際に笑っているわけではないのだが、アユムの目にはなんだかそんな風に見えたのだ。

 アユムはアクエラの前に結晶石をかざすと、契約の祝詞を紡ぐ。


「我が名はアユム。我が願いに応え、古の契約を結び給え」


 つぶやいた瞬間に結晶石を通じて、アクエラの魔力が流れ込んでくる。この感覚はもう三度目になるが、何回やっても慣れない。レムレスによって、扱う魔力の質も変化するのか、結晶石を通じて感じるアクエラの魔力はまるで水のようにしなやかで冷たい。

 アユムが握っていた結晶石がどくん、どくんと脈打つように光輝いてから、一際大きな光を放った。光の明滅は止んで、結晶石による封印が完了した。


 アユムは結晶石の封印を解いて、アクエラを召喚する。

 契約によって魔力で結ばれた状態になったことで、アユムにはアクエラの感情が朧気ながら理解できた。感じ取れたのはアクエラの感情の断片ともいうべき曖昧なものでしかなく、アユムにはそれ以上理解できなかった。断片的に伝わって来たのは、期待と怒りの感情。

 アクエラは「何か」に対して怒っており、その解決をアユムに期待している、というか。そんな朧気で曖昧模糊とした感情の余波のようなものだ。


 今回アクエラと契約したことで、白の本に新たな記述が増えたようだ。本の記述を確認したかったが、あんまり人目につくところで白の本を開かないようマリーから釘を刺されている。白の本はアユムが思っているよりずっと貴重なものらしく、想定外の余計なトラブルを呼びこみかねない、らしい。それだけでなくマリーの魔改造によって超強力な護符が縫い付けてあるため、誰かが不用意に触ろうものなら事件になりかねない。

 本の新たな記述は後で読むことにしたアユムがユニオンに戻ろうとすると、ギルバートが肩をすくめてやれやれといった感じで出てきた。


「いきなり結晶石かざして、契約とか……非常識極まりないな」


「んなこと言われたって、できたんだからいいだろ。ギルバート、お前もう出発するのか?」


「ああ。クエスト達成の報酬はさっき受付でもらったし、もう用は済んだからな」


 アユムがアクエラと契約を結んでいる間に、さっさと受付でクエストに関する手続きを済ませたギルバートはもう次の街へ行くつもりらしい。一応、クエストで同じメンバーになったのだけど、彼にそういった仲間意識は皆無のようである。


 犯人たちの供述の裏取りや細かい事情聴取などは三人を代表してセピリアが受けることになっているため、報酬の手続きさえ済ませてしまえば、アユムもニバタウンで長居をするつもりはないのだけど……。頭に引っかかっているのは、昨晩、白の本に突然浮かび上がった『――キリハマダ、オワッテイナイ』という記述だ。


 街を覆っていた濃霧はすっかり晴れて、今もこうして気持ちの良い青空が広がっている。

 なのに、しっくりこない。何かを見落としているような気がする。だけど、それが何なのかはっきりしないから、気持ち悪くて嫌な感じだ。


「……なぁ、ギルバート。今回の事件、お前はどう思う?」


 神妙な顔で尋ねられてギルバートは一瞬きょとんとした顔をするが、すぐに何をバカなこと言っているんだというように嘆息する。


「何を考えてるのかと思えば……事件は解決しただろ。後処理はセピリアがユニオンの連中と一緒にやるってんだから、俺たちはもう用済み。午後には列車の運行も再開されるみたいだし、俺はもう行く。お前と違って、ヒマじゃないからな」


「動機は?」


「……は?」


「犯人の動機だよ。俺たちが捕まえたあの二人が霧の発生に関わってたのは事実だろうけど、その動機はなんだったんだろう……って」


「……それはこれからの聴取でわかることだ。俺やお前が関わることじゃない。ユニオンの手続き中にちらと聞いた話だと、町の鉄道運営方針に不満を持っていた駅員の男の犯行ってことでほぼ間違いないらしいけどな。霧を発生させて列車を運休させる……ストライキのつもりだったらしい」


 確かにギルバートの言う通りだ。ユニオンから課せられたクエストは達成したし、その後の調査についてはユニオンの仕事だ。それはわかる。自分たちが現行犯で捕まえたあの駅員の犯行ってのも疑いの余地はない。だが、ニバタウン全体を覆い隠すような濃霧を数日発生させた、そこまでの大きな現象を引き起こすほどの動機としては納得できない。自分たちを襲ってきた謎のバイザーの人物もあれからこれといった目撃情報はないらしい。


 街を悩ませていた濃霧は晴れたものの、心の中には霧がかかったままなのだ。


 一方、ギルバートはアユムとは違って、割り切った考え方をしていた。彼も事件が完全に解決したとは思っていないが、とりあえず列車は動き出すようだし、これ以上この街に留まっている理由もない。達成報酬で思いがけず多くのUPをもらえたこともあって、操獣士ランクを上げるためにクランのある街へ行きたかった。自分はアユムと違って、悠長にしている時間はない。早く操獣士ランクを上げて、レムリアル・ヒストリアに出場しないといけないのだ。謎が残っていて気にはなるが、自分の関与すべき事柄ではない。ギルバートはそう結論付けた。


「午後の列車は混雑するだろうから、お前も乗るなら早めに切符買っておいた方が良いぜ。じゃーな」


 駅舎へ向かって歩き出すギルバートを、アユムが真剣な声音で呼び止めた。


「ちょっと待て……ギルバート、お前、さっきなんて言った?」


「……駅員が町の鉄道運営方針に不満を持っていたってことか?」


「違う。その後だ」


「その後って……? あの駅員は霧を発生させて抗議のつもりで列車を運休させていたらしいけど……それが何か気になるか? ただのイカレ野郎の身勝手すぎるストライキだったってオチなんだろう?」


 まるで脳裏に電撃が走るかのような思いつきに、アユムは体中がぞくりと震えた。なぜ今まで気がつかなかったのか、どうしてそこへ思い至らなかったのか不思議だった。


 街中を覆っていた濃霧によって、ニバタウンの人たちは外出も億劫になり、そればかりか街の大きな観光資源であった鉄道も運休してしまう事態になった。


 もし……もしも犯人の本当の狙いが列車を運休させることにあるのだとしたら。

 自分たちはとんでもない勘違いをしていたかもしれない。

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