第37話 クエスト達成!


 命からがら廃屋の外に脱出した面々は、皆、一様に疲れ切った顔をしていた。


 爆発による崩落で、廃屋の隠し階段から繋がっていた通路は完全に封鎖されてしまった状態だ。丘の上の廃屋はもともとかなりのボロ屋だったが、地下洞窟で起こった爆発は直下型地震による被害といって相違ない。今にも半壊しかねない危険な状態だったため、廃屋を脱した丘陵でひとまず全員の無事を確かめあった。


 セピリアはそれまで蓄積した疲労を吐き出すかのごとく大きく深呼吸をすると、にんまりと笑った。見上げた空はすっかり晴れていた。小雨も降っていない、快晴空。草の香りがそよ風に運ばれてやってくる。あれだけ街の大問題になっていた濃霧が嘘のように消えていた。すべてが爆発によって消え去った今となっては原理は不明だが、廃屋から続く洞窟内にあったあの謎の装置こそ、ニバタウンの濃霧を発生させていた元凶だったのだ。

 普段クールにしているギルバートも、この時ばかりは一仕事終えて、晴れやかな顔をしていた。……爆発の引き金となった張本人であるアユムを見る目は冷たかったけど。


 丘を下って街門をくぐると、ニバタウンの様子が一変していた。

 長引く濃霧によってすっかり寂れていた目抜き通りが、嘘のように人で溢れている。

 往来を歩く人々の表情には生気がみなぎっていて、まさしく晴れ渡る青空のようだった。


 レムリアル・ユニオンでは受付のお姉さんが待ちわびた顔をしていた。

 街の状況がこれほど一変したのだから、様々な雑務が舞い込んで疲れているだろうに、疲労の色を一切見せず、満面の笑みでアユムたちを出迎えてくれた。


 ユニオンについたところでギルバートは駅員たちの拘束を解き、ユニオンの係員に引き渡す。これからユニオンによる取り調べが行われることになっている。一連の流れについて三人を代表してセピリアが説明した。今回の濃霧事件についての詳細な報告書を提出する必要もあるため、細かな雑事は残っていたが、ともあれ無事に事件は解決である。


「待ってたわよー、キミたち! ホントに霧を晴らしちゃうなんて! しかもこんなに早く解決してくれるなんて、流石ね」


「えへへ。けれど、今回の功労者は私よりも、この二人よ」


「にっしし。まぁ装置ぶっ壊したのは俺のおかげ? 的なとこあるからな」


「バカ言え。貴様のせいで死にかけた、の間違いだろう?」


「……クエストは完了ってことでいいんだよな?」


「もちろんよ! 文句なしのクエスト達成、おめでとう!」


 受付のお姉さんが大げさなくらいに拍手してくれるので、アユムもギルバートもなんだか照れてしまうが、悪い気はしない。

 このクエストを達成したことでアユム、セピリア、ギルバートの三人に達成報酬としていくばくかの金銭に加えてユニオンポイント(UP)が付与される。付与されたUPは操獣士ランクアップのための指標となるもので、かけだしのノービスランクだったアユムとギルバートにとっては大きな加点となった。二人とも既定のポイントには達しているため、バトルの実力を認められればブロンズランクへの昇格が可能となった。


「ま、何はともあれ、あなた達、三人とも疲れたでしょう? こちらで宿を手配したから、まずはゆっくり休んで。細かい話はそれからにしましょう」


 お姉さんの提案が胸にしみる。正直な話、アユムは完全にクタクタだった。考えてみれば、夜通し調査していたのだ。試験勉強の徹夜ですら結構辛いのに、戦闘を挟みながら緊張感が続く徹夜というのは、考えるよりもよっぽど体にこたえる。ユニオンに辿り着いて、事件の犯人たちを引き渡したことで心が安堵したのか、疲労がどっとのぼってきたのだ。

 疲れているのはアユムだけではなくて、セピリアも欠伸を我慢するのに必死のようだし、ギルバートだって虚勢を張っているだけで、ついさっき寝ぼけて段差に足をひっかけて転びそうになっていた。


 三人はお姉さんの提案にありがたく乗ることにして、ユニオンで用意してくれた宿の部屋でそれぞれ休息を取った。ベッドの上に寝転ぶのは随分懐かしい感じがして、アユムは寝転んだのも束の間、そのまま気絶するように眠ってしまった。





 それからどれくらい眠っていたんだろう……。ふと、誰かに呼ばれたような気がしてアユムが目を覚ますと、部屋にはもちろん自分しかいない。なんだ夢でも見て寝ぼけていたのか。窓の外はまだ暗いし、筋肉痛に似た疲れもまだ残っていたので二度寝しよう……そう思って枕に頭をもたげようとしたとき、気がついた。


「本が……光ってる!?」


 鞄の中に入れていた白の本がぼんやり光輝いていたのだ。本を手に取って、特に光っていたページを開くと、何もないページに文章が浮かび上がって来た。


『――マダ、オワッテイナイ』


 背中がぞくりと震えた。ホラーである。マジもんのホラーである。

 文章の意味も不明だが、カタコト言葉の羅列がひとりでに浮かび上がって来たのだ。元来ホラー系に耐性のないアユムは、これはきっと悪夢だ……と自分に無理やりそう言い聞かせて、本をさっさと閉じてもう一度眠ってしまおうと思った。

 だが、そんな彼の考えを知ってか知らずか、新たな文章が再び浮かび上がる。

 空白のページに一人でに文章が記述されること自体が怖いのだが、アユムはこれまで培ってきた勇気を一心に奮い立てて、本のページを見つめ続ける。


『――スマナイ。タノメルノハキミシカイナイ』


 本の文章は浮かんでは消えてを繰り返し、カタコト言葉で、アユムにメッセージを伝えようとしているらしい。本の文字が伝えるところによれば、アユムにはこの町でまだやることがあるようだ。


『――イマハジカンガナイ。シンジツハシズクノツドウトコロニアル』


「あの……あなたは誰なんですか?」


 本に一人でに文章が記されているという不思議現象。思わず声をかけてみたアユムだが、返答はない。部屋を見回すも、やはりアユムだけだ。透明人間的なレムレスの仕業だろうか……。そう思ったが、手元の結晶石は反応していない。結晶石はレムレスの魔力に反応して発光する性質を持っており、それが光っていないということは、透明能力レムレスの仕業ではないらしい。

 そうなると、いよいよどういうことなのかわからなくなってくる。こういうオカルト的現象はマリーに相談したら、色々知ってそうだけど、残念ながら彼女は近くにいないし。


『――ワスレルナ。キリハマダ、オワッテイナイ』


 そんな不気味で意味深なメッセージが浮かんだのを最後に、本の光は消えた。


 一体何だったのだろう? もともと白の本は勝手にレムレスの情報が記述される不思議本だったが、語り掛けてくるような文章が浮かんでくることはなかった。その文章も一方通行で、こちらの呼びかけは一切届いていないみたいだったし。マジで夢でも見てるんじゃないだろうか。


 とにかく寝よう。明日、セピリアとギルバートに相談してみよう。二人に聞いてみれば、何かわかることもあるかもしれない。

 そう決心して布団をかぶりなおしたアユムだったが……なかなか寝付けなかった。

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