第36話 謎の装置

 戦闘を終えたギルバートとセピリアがアユムのもとに駆け寄る。ギルバートに二度目の敗北を喫したアシュロンはあきらめがついた顔でぼんやりしていた。

 そういえば……セピリアが戦闘していた謎のバイザーマンは姿が見えない。


「あいつ……ハナからこちらの戦力を分析するような戦い方だったわ。キミたちが勝利したのを見るや、『……潮目が変わったらしい。ここは退かせてもらう』とか言って、びっくりするようなスピードで逃げたわ」


「チッ……逃がしたのか、あいつ」


「あいつの正体は謎だけど、それはこの人たちに聞けばわかることよ。さあ、いい加減吐いてもらうわよ、駅員さん?」


 セピリアに詰め寄られた駅員は、深々としたため息をゆっくり吐いたかと思うと、視線を合わせずそっぽを向いたまま、ぽつりぽつりと自らの犯行について自供をはじめる。

 そんなところ、アユムが話に待ったをかけた。


「なぁその話、後にしないか?」


「何言ってんだお前。こいつらは少なくとも何らかの形で霧の発生に関わっているんだ。ようやく見つけた手掛かりだろ!」


 ギルバートに詰められても、アユムは譲る気はない。彼にも急がないといけない理由があるのだ。


「そんなことわかってる! 取り逃がした奴の正体とか、どういう繋がりなのかとか、色々気になるけど……でも、それは霧を晴らした後でいいだろう?」


「だから、その霧を晴らす方法を見つけるために、こいつらに話を聞こうってんだろ!」


 だんだん二人がヒートアップしていくので、いよいよセピリアが止めに入る。こんなところで仲間割れをしている場合ではないのは、皆わかってるはずなのだが……アユムにも何か考えがあるのかもしれない。


「まあまあ二人とも落ち着いて。で、アユムくん。キミには霧の消し方がわかるのかしら」


「なんとなく……だけど。この洞窟の奥に何かある気がする」


「気がするって……お前の勘なんかアテにできるかよ!」


「こいつがしきりに洞窟の奥の方に行きたがっているみたいなんだ」


 アユムはそっと抱えたアクエラをギルバートとセピリアに見せる。


「この子……何があったの!? 相当衰弱してる!」


 セピリアの目から見ても、アクエラは衰弱しきっていた。息も絶え絶え……そんな表現がしっくりくるような状態で、全身に帯びている魔力光もか細くなりつつある。しかしそんな状態でも、アクエラは水滴のような体から伸ばした小さな触手を洞窟の奥に向けて指し続けている。まるでそこに何かがあるのだと言わんばかりに、懸命に。


 アクエラがこんな状態になったのは、自分たちのせいだ。アユムはそう思っていた。


 アユムがセピリアとギルバートの二人と離れた隙を狙って、駅員たちが隠し階段の入り口の方から奇襲してきた。アユムが召喚していた二体のレムレスも反応できずにいた。カーぼうは奇襲に気づいていなかったし、イトミクは気配こそ察知していたものの、瞬時に対応できる瞬発力を備えていない。

 そんな時、なりゆきで一緒にいたアクエラが背後からの奇襲に対して身代わりとなり、文字通り、身を挺してアユムを庇ってくれたのだ。アユムに知る由もなかったが、この時アクエラが使ったのは《幻惑防塵ミラーウォール》の術技。自らの魔力を使って幻惑を作り出し、周囲の認識を誤認させる効果を持つ。アクエラの術技によって、急襲者たちはアユムを排除したと認識し、そのままセピリアとギルバートに背後から攻撃を仕掛けたのだ。


 アクエラが守ってくれたから、アユムは急襲者たちの目を欺き、奇襲をかけることに成功した。絶対不利な状況の襲撃にもかかわらず三人が勝利を収めたのだって、アクエラの功績が大きかった。

 だがそのためにアクエラが負ったダメージは殊の外大きかったようで、迅速な治療を必要としていた。だからアユムは霧を晴らすという当初の目的を済ませ、すぐにでもアクエラをユニオンに運び込んで治療してあげたかったのだ。


 話を聞いたセピリアは呪文札を一枚掲げると、祝詞をつぶやく。


「呪文札起動――【リザレクション】!」


 彼女が手にした白の呪文札から眩い光があふれ出し、アユムの手に抱かれたアクエラを包み込む。光はアクエラの全身を照らし出した後、ドクンドクンと心臓が脈打つように輝きを放ち、やがてアクエラの中心に吸い込まれていった。


「ふぅ……とりあえずはこれで急場はしのげると思うわ」


「す、すごい! アクエラが元気になってる! 呪文札ってこんなこともできるのか?」


「バカいえ。ここまでの急速回復……いくらシルバー操獣士とはいえ、代償もデカいはず」


「ん……まあね。けど、これで急場はしのげたでしょ」


 白は回復等の補助的な効果を得意とする色だが、回復量の大きさは呪文札に籠める魔力量に依存する。ギルバートが指摘した通り、瀕死の状態から急激に復活させるほどの回復量ともなれば、魔力の消費量も相当大きい。効果の対象が契約しているレムレスではないため、消費量はさらに増大していた。セピリアは軽い顔で呪文札を発動していたが、事実、彼女は【リザレクション】の発動のためにほとんどの魔力を使ってしまったため、今日はもう呪文札は一枚でも使えそうにないし、結晶石からレムレスを召喚することもできそうにない。

 セピリアがそうせざるを得ないほど、アクエラが危険な状態だったと言える。とはいえ、セピリアにしても単なる善意で回復処置を施したわけではない。アユムの話によれば、アクエラはニバタウンに発生した濃霧事件の謎を解くための重要な手掛かりになる――彼女の直感がそう告げていたのである。




 すっかり元気になったアクエラはアユム達を導いて洞窟の奥へと進んでいく。心なしか空気が湿り気を帯びているように感じるというか、水場が近いことを思わせた。

 駅員とアシュロンの二人はギルバートの【拘束輪】の呪文札でぐるぐる巻きにされたまま連れられていた。二人の背後には常にコガラスが目を光らせており、迂闊に何かする素振りを見せようものなら、鋭い嘴による無慈悲な連撃が舞っていることだろう。抵抗の意思をなくした二人は黙ってギルバートに従っていた。


 洞窟を進んでいると、やがて大きな広間に辿り着いた。道はここで行き止まりになっており、広間には四つの機械が蒸気を噴出しながら稼働している。機械は洞窟の壁とチューブのような管で繋がっていて、壁から伝った管は機械を通じて天井にまで伸びていた。


「なんだ……これ……?」


 アユムの目から見て、一見何のための機械なのかは不明だ。だが、ここまで連れてきてくれたアクエラは、機械を見つけると一心に水を浴びせかけている。しかし、蒸気を噴き出す装置は相当頑丈に作られているらしく、アクエラの攻撃程度ではびくともしない。

 装置を見つめて、観念したように駅員がつぶやいた。幾分冷静さを取り戻したのか、口調は丁寧な感じに戻っている。


「こいつまで見つかっちゃあ、もうオシマイですね。この装置こそ、あなた方が探していたものです」


「まさか……これが……この装置が霧を生み出しているというの?」


 セピリアのつぶやきに、駅員が静かに頷いた。


 彼の語るところによれば、この装置は洞窟内部から得た自然エネルギーを利用し、エネルギーを媒介し魔力的に変換させることで霧を発生させているのだという。駅員自身も簡単な操作方法の指示を受けただけで、詳しい仕組みまではわからないという。

 セピリアも装置を観察してみたが、メインスイッチ的なものは見当たらない。彼らの言葉を信じるのであれば、この装置の稼働を停止させれば、街を悩ませる濃霧も解消に向かうはずなのだが……。


「チッ……ここに来て手詰まりか。お前ら、本当に何も知らないんだろうな!」


 声を荒げるギルバートだったが、駅員もアシュロンも装置の止め方は聞かされていない。

 知らないことは答えようがないのだ。

 そんな時、アユムがにやけ顔で妙案を思いつく。


「ぶっ壊しちまえばいいんじゃね?」


「な……それは、大丈夫なのか? 得体の知れない機械だぞ?」


「そ、そうよ。何かの拍子に爆発でもしたら、こんな狭い場所、逃げ場もなく爆死確定よ?」


 慎重な二人に反して、アユムは自信満々だった。

 彼は経験則で知っていた。テレビしかり、パソコンしかり。大体の精密機器はぶったたけば停止する。強制シャットダウンや、コンセントぶち抜きと同じである。アユムはセピリアとギルバートの制止を意に介さず、相棒たるルビー:カーバンクルに命じた。


「カーぼう、ぶっ壊せ。《特攻裂空撃(アクセルスラッシュ)》だ!」


 カーぼうはぴょんとジャンプして重力加速度に任せた一撃を装置に叩き込む。

 思いのほかナイーブな装置だったらしい。バキン! と何かが壊れる音がしたかと思うと、装置が煙を吐きながらガクガクと震え始めた。誰の目に見ても明らかにヤバい兆候だ。


 一つの装置に生じた異常は管を伝って、他の三つの装置にも伝播する。

 ガガガガガガガガ…………! と明らかにしちゃいけない音が聞こえている。


「おっとぉ~……ちょっと予想外だったかも?」


「このバカ野郎が! 少しは考えやがれ!」


「んなこと言ってないで、逃げるわよ! ほら早くッ!」


「ま、待ってください! 置いてかないでくださいよぉ~っ!」


 駅員が泣きつこうとした次の瞬間、爆音が響き渡り、四つの装置が盛大な音を立てて爆裂した。


 爆発によって巻き上げられた砂塵が濛々と立ち込めている中、はたして彼らは無事だった。


 爆風が襲ってくる寸前、イトミクが咄嗟に全魔力を注ぎ込んで前方に【リフレクション】を発動させた。本来は円のように周囲に防壁を貼る【リフレクション】だが、イトミクは魔力の操作によって、これを前方にのみ集中的に展開させた。結果として、爆風を防ぐことに成功したのだ。イトミクは術技の発動に限界まで魔力を使い切ってしまい、今は結晶石に戻ってしまっていた。


「ふぅ~あっぶねえ~」


「呑気に言ってんじゃないわよー! 事前に相談くらいしなさいバカ助!」


「いや、悪かったって。俺もこんなにデカい爆発になるなんて思わなかったんだ!」


「だから慎重にって言ったじゃないのよ!」


「わ、我々も! 我々もこれに関しては抗議いたしますぞ!」


 ぐるぐる巻きにされていた駅員とアシュロンの二人も涙目でアユムを非難する。

 装置の止め方がわからないなら、破壊してしまえばいい。あまりにも暴論だが、結果として霧を発生させていたと思われる根本を断ち切ったのだ。結果オーライ。みんなそこまで怒らなくてもいいじゃないかと、アユムはポジティブに考えていた。


 アユム達がでガヤガヤ言い合っているのをよそに、ギルバートは一人青い顔をしていた。


「おい、お前ら……! くっちゃべってる暇はなさそうだぞ……」


 大爆発の余波だろうか、洞窟全体が振動していた。壁や天井から瓦礫がぽろぽろ零れ降知てくるほどだ。この場にあって、全員の意思は一つになっていた。

 有無を言わさず、洞窟の入り口に向けて死に物狂いの全速力でひた走る。


 地鳴りにも似た不気味な音と共に洞窟の壁が積み木をくずすかのように崩れ落ちてくる。四つの装置の同時大爆発によって、洞窟の崩壊が始まっていた。

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