第29話 霧の中の調査


 イトミクの結晶石をホルスターに戻すと、アユムはギルバートに向き直って言った。


「悔しいが、俺たちの負けだ。すげぇ強いなお前」


「ふん。約束通り、俺は独りで行動させてもらう。足手まとい付きはごめんだからな」


 ギルバートの挑発的な物言いは腹立たしいことこの上なかったが、彼が実力者であるのは先の戦いを見ても明らか。実力的に劣っているアユムは返す言葉もなく、怒りを堪えて歯噛みするしかなかった。

 ギルバートは不遜ふそんに鼻で笑って見せると、そのままさっさと出て行こうとしたので、セピリアが強引に呼び止めた。


「待ちなさい! 私はまだ許可してないわ!」


「お前の許可なんて必要ないだろ。それとも何か? お前も俺と戦ってみるか?」


 明らかな挑発だったが、セピリアはこれに乗らない。


「……やめておくわ。今はクエストの方が先決よ。キミの実力は認めるわ。だけど、ノービスランクであることもまた事実」


 殊、戦闘においてギルバートの実力は本物だ。しかし、ユニオンの規定に従うのであれば、ノービスランクである以上、3人以上でチームを組まないとクエストは受けられない。


「だから条件を出すわ。毎日朝に定時連絡をすること。集合場所はそうね……ユニオンの中にあるサロンで構わないわ。キミとしても、私たちと調査状況を共有できるし、悪い話じゃないでしょ」


「……面倒だな」


「この条件が飲めないなら、キミの一人行動を認める訳にはいかない。言っとくけど、まだノービスのキミに対する最大限の譲歩よ」


 ギルバートは鋭い目でセピリアとアユムを見つめると、やがて苛立ちを隠すことなく舌打ちしてつぶやいた。


「チッ……わかったよ。寝坊でもして遅れたら、容赦なく見限るからな」


 そう言うと、きびすを返してさっさと調査に出て行ってしまった。何か調査のアテでもあるのかもしれない。

 バトルコートにぽつんと残されたアユムとセピリアを見つめて、受付のお姉さんは遠慮がちに声をかけた。


「私が言うのもなんだけど、なんか……大変ね。キミたち」


 その一言で心労が沸点に達しそうになったセピリアは盛大にため息をついた。



   ◇ ◇ ◇



「……で、当面の方針だけど」


 ギルバートが一人で調査に出かけてしまったので、アユムとセピリアはユニオンのロビーで今後の調査方針について相談していた。街に発生している霧の調査といっても、原因が不明だし、とっかかりとなるものを見つけないことには何も始まらない。


 そこでアユムは街の住民に濃霧について聞き込みをしながら、発生時期や発生条件に付いての情報収集、セピリアは知人の指揮者と協力して街に発生している霧の成分分析を主に進めることになった。連絡は操獣士ライセンスに内蔵しているアプリで行う。マリーは教えてくれなかったが、操獣士ライセンスは他にも様々な便利機能が内蔵されているらしい。調査に必要な機能についてはセピリアが教えてくれたが、そのたびに常識外れと怪訝な顔をされた。アユムはまた一つ操獣士の常識を学んだ。


 セピリアはギルバートのことについても教えてくれた。圧倒的実力差を見せつけていった彼は操獣士ランクこそアユムと同じノービスだったが、ユニオンが提示していたクエストのほとんどすべてを一人で解決してしまった程の実力の持ち主らしい。戦った後だからわかるが、ギルバートの実力は相当なものだ。操獣士ライセンスを取得する前から相当な鍛錬を積んでいたのだろうか、パートナーであるコガラスとの連携も完璧だった。

 ニバタウンは小さな町とはいえ、ユニオンに張り出されるクエストのほとんどを一人で解決して見せるのは並大抵のことではない。


 だが、あの態度は如何いかんともしがたい。ムカつきすぎる。ギルバートの実力こそ認めるものの、次戦う時はタダで負けてやるものかと奮起するアユムであった。


 いずれ来る再戦の機会を見据えて闘志を燃やすのはアユムだけではなく、イトミクもまた同じである。メラメラとやる気を燃え上がらせている二人に対する一方、ルビー・カーバンクルことカーぼうだけは、また面倒なことになったな……と気怠けだるげだった。



   ◇ ◇ ◇



 方針が決まったことで、アユムは早速、街に出て聞き込みをすることにした。ニバタウンについてから碌に街の散策もできていなかったし、聞き込みは情報収集の鉄板だ。刑事ドラマとかでも、まず聞き込み調査から始めるし。

 しかし、調査はアユムが思うように進まなかった。それもそのはず。列車が止まってしまうくらいの濃霧である。当然、街の外を出歩く人の数も少なく、アユムが声をかけても多くは疲れた顔をして知らんぷりしてしまう有様だった。


 今頃、ギルバートは一人で着々と調査を進めているに違いない。そう思うとなんだか余計に焦ってくる。

 街の中に漂う霧はアユム達がやって来た時から薄まる気配はない。自然現象ならいくらなんでもこんなに長く気候が変化しないのはどう考えてもおかしい。とすれば、何らかの原因があるはずなのだけど……。


 そんな時、アユムに一つ考えが思い浮かんだ。ひらめいた考えを相談しようとするも、相談相手は口うるさい子犬しかいないのが悲しい。アユムは濃霧もあいまって人気の少ない公園のベンチに移動すると、結晶石からカーぼうとイトミクを召喚する。


「なぁカーぼう、ちょっと聞きたいんだけど、お前らレムレスの力で霧を発生させる術技とかないのか?」


 自然現象では考えにくい霧の発生も、アユムにとっては未知の存在であるレムレスならあるいは可能かもしれないと考えたのだ。不思議生物ばかりのレムレスなら霧を発生させる種類のレムレスがいたっておかしくはないと思う。

 こういう時会話ができるレムレスというのは便利だ。カーぼうの減らず口が役に立つこともあるのだと思ったアユムだったが、カーぼうは酸っぱい梅干を口に含んだような微妙な顔をして苦言を漏らす。


「あのな、アユム。まず第一にオレは学者じゃねえ。レムレスだからって、レムレスに詳しいわけじゃねーぞ?」


「じゃあわからなくてもいいから、お前の考えを聞かせてくれよ」


「……できるかできないかで言えば、霧を出すだけなら可能だと思う。だけど、こんな大規模に、しかも長期間ってのは……考えにくいな」


 カーぼうの説明によれば、レムレス達も術技を使用する際、一定の体力を消費する。人間が延々と走り続けられないのと同様、レムレスにもそれぞれに決まったスタミナがあって、大威力の術技であればあるほどスタミナを大きく消耗する。ファイアボールでいえば、小さな火球であれば十発くらいは短時間でも余裕で撃てるが、大きなサイズになると数発撃っただけでスタミナを大きく消耗するので、連続では撃てない。


「まぁ考えてみれば当たり前か。お前らだって術技を使う時にエネルギーを消費してるわけだし。ちなみに……無理して術技を使い続けるとどうなる?」


「お前、目があのマッドサイエンティスト女と一緒になってねーか? 学者的な説明はできねーが、限界超えて術技使い続けたら……たぶん死ぬんじゃね?」


「死ぬ?」


「だってお前らだって飲まず食わずで走ってたらそのうち死ぬだろ。オレ達も同じだよきっと。あ、試そうとすんなよな!」


「そんなマリーみたいなことしないよ。けど……これからどうするかな」


 自然には発生したと考えにくいレベルの濃霧であるなら、レムレスの術技によるものではないかと考えたが、そう簡単な話ではなかったらしい。

 もし……もしもだ。この濃霧が自然発生ではなく、野生のレムレスによるものでもない、悪意を持った人間による人為的なものであったなら。犯人の動機は一体何なのだろう?

 街に濃霧を発生させて得をする人間……そんな人いるだろうか?

 思案を巡らすも、アユムには上手い考えが思い浮かばない。

 街で聞き込みをしようにも、そもそも往来を歩いてる人が少なすぎるのだ。

 アユムの調査は出だしから暗礁あんしょうに乗り上げてしまった。


 と、そんな時。アユムのライセンスカードがぶるぶると震えだした。ちょうどスマホのバイブみたいだなと思いつつ、応答のためカードを取り出して確認すると、セピリアからの連絡だった。


「あー良かったちゃんと出られるみたいだね。アユムくん、今どこ?」


「どこって……位置的には街門の近くかな」


「ナイスタイミングね。そこから見える丘の上に古びた廃屋があるはずよ。そこへ向かってちょうだい。ギルくんが犯人を確保したの」


「……は?」


「だから先に調査していたギルくんが、濃霧を発生させていた犯人を割り出したの。犯人が強硬手段に出るとも限らないし、キミもヘルプで向かって! 私もすぐに向かう!」


 アユムが犯人の動機について考えたり、今後の調査方針を悩んでいる間に、先に調査に出かけていたギルバートがあっさり犯人を確保したらしい。

 なんというかもう……あいつ有能すぎだろ。自分の行動が徒労に終わり、どっと疲労が押し寄せてきた感があるが、そうも言ってられない。

 セピリアの連絡では犯人とギルバートは丘の上の廃屋にいるらしい。霧で視界が悪いが確かに小高い丘の上に古びた家が一軒建っている。とにもかくにもアユムはカーぼうとイトミクを頭と肩に乗せたまま、丘の上へと向かった。

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