第30話 丘の上の廃屋

 集合場所に指定された丘の上の廃屋にはすぐに着いた。霧で良く見えなかったが、近くまで来ると、壁やら屋根やら朽ちている部分が多く、まさに廃屋といった建物だった。

 小雨がぱらぱらと降っていて、街の中ほどではないが、この辺りにも霧が立ち込めている。雨霧に包まれた廃屋はまるで本物のお化け屋敷みたいで、入るのをためらわせるだけの雰囲気をかもし出していた。

 アユムは特別ホラーものが怖いわけではないが、それでもちょっと躊躇ちゅうちょしてしまうほど、廃屋はおどろおどろしい気配に包まれていた。中からは一切、物音が聞こえてこない。集合場所はここで、すでにギルバートが犯人を確保しているはずなのだが……。

 ギルバートだけでなく、セピリアの声も聞こえてこない。アユムが早く着きすぎたのだろうか。


「あのぉ~……誰か、いませんか~?」


 犯人に気づかれず奇襲をかける算段だったが、あまりの人気のなさに耐えかねて、アユムは自分でも気づかぬうちにぼそりとつぶやいてしまっていた。彼は最早完全に廃屋の雰囲気にビビり倒していた。

 一方、相棒のレムレスはちっともビビっていないようで、情けない主人の額を尻尾を振ってぱしんとはたく。


『名にビビってんだよアユム。さっさと中入るぞ』


「か、カーぼう……! セピリアを待ってからにしない?」


『うるせえ。四の五の言ってないで、さっさと開けろ』


「いや待て待て。犯人の動きを観察して慎重に行動すべきでは……」


 業を煮やしたカーぼうはビビりまくっているアユムを無視することに決め、彼の制止を振り切って口から火球を吐き出した。《ファイアボール》が直撃し、廃屋の扉は見るも無残、木っ端みじんになってしまった。


『ちょっと火力出し過ぎたか?』


「おいいいいっ! 何ぶっこわしてんだ! 修理代とか持ってないぞ! アイハブ・ノー・マネーなんだぞ?」


「ごちゃごちゃうるせーな。こんなボロ小屋を修理しようなんて奴ぁいねえよ。それより、おかしいと思わないかアユム?」


「……ああ。あれだけデカい音だったのに、何も反応がない」


 扉をぶち壊す程の《ファイアボール》の衝撃音がしたにもかかわらず、廃屋の様子は先ほど同様、不気味なほどに静まり返ったまま。これは最早不気味というより、異常である。廃屋の雰囲気にすっかりビビっていた、アユムも吹っ切れたようで、カーぼうと一緒に廃屋の中へ入る。


 ぴちゃり。雨の雫が垂れてきた。雨脚が強まる前兆だろうか、早く調査を終わらせないと、とアユムは廃屋の探索を始めた。カーぼうは何かの臭いをかぎつけたとか、なんとか言ってさっさと先へ行ってしまった。吹っ切れたとはいっても、やはり少々心細い。にしても、臭いをたどっていけるなんて、行動からして犬そのもの。本人は否定していたが、ルビー:カーバンクルはやっぱり犬なんじゃないかと思ってしまうアユムであった。


 屋内に人の姿はない。セピリアの連絡ではギルバートがここにいるはずだが、外の小雨の音以外何も聞こえてこない。自分の息遣いが普段より大きく聞こえるくらいである。

 中はまさに朽ち果てた家屋といった感じで、床はあちこち穴が開いており、天井や窓など、そこら中蜘蛛の巣だらけだ。


 ぴちゃり。雨漏りだろうか。どこかで雫が落ちる音がした。

 とにかく探索は慎重にした方がよさそうだ。朽ち具合もかなりひどく、いきなり床が抜けて怪我をしてしまっては、調査どころではなくなってしまう。


 それにしてもギルバートはどこへ行ったのだろうか。犯人を確保するため、ここで戦闘になった? それにしては、廃屋の中はずいぶん片付いているというか……。

 ほこりまみれではあるのだが、レムレスによる戦闘が行われたなら、先ほどカーぼうが扉をぶっ壊したように、もっと荒々しい痕跡があってもおかしくないのだ。


 ぴちゃり。結構ひどい雨漏りである。

 そういえば、先ほどからカーぼうの姿が見えない。勇み足で先に進んだはずなのに。

 時間帯的にはもう少し明るくてもよさそうだが、小雨混じりの濃霧の影響もあって、屋内はかなり薄暗い。一応、ライトがなくても足元は見えるが、先の方は薄暗くてよく見えない。


「おーい! カーぼう! なんか見つけたか~?」


 アユムが呼びかけてみるも、返事はない。あの憎まれ口のカーぼうが、あからさまな無視を決め込むとは考えにくい。なんだか嫌な予感がする。今も結構な声量で呼びかけたが、カーぼうだけでなく、ギルバートの声もしない。彼はやはりここにいないのではないか。


 ぴちゃり。奥へ行けば行くほど、雨漏りがひどくなっているのか?

 まずはさっさと行ってしまったカーぼうと合流するのが先決か。

 とはいえ、薄暗い廃屋内で足場も悪い中、闇雲に探索するのは危険かもしれない。

 そう思ってアユムは結晶石を握りしめ、イトミクを召喚した。イトミクならカーぼうの位置を超能力で感知できるはずである。


 ぴちゃり。いい加減、雨漏りもしつこいと感じてくる。合羽まで行かなくとも簡単な雨よけくらい持ってくればよかった……と、そこまで考えて、自分が無一文であることを思い出して落ち込む。


 そんな時、イトミクがいつになくアユムの肩を強引に引っ張った。何か見つけたのだろうか、と顔を上げた時アユムは気がついた。


 感情を察知するイトミクの角が青く発光していた。危険と恐怖を知らせる青色に。


 何か、いる……! アユムたち以外にも何者かがこの廃屋にいる。そいつが何者なのかは知らないが、友好的な存在だとは考えない方がよさそうだ。

 薄暗闇による視界不良のせいで何者かの姿は見つけられない。姿は見えないが、確実にいる。アユムはイトミクの頭の角のセンサーを信頼していた。

 周囲を警戒するも、ぴちゃり、ぴちゃりという雨漏りの音しか聞こえてこない。


 すると、全く予想外の方向から小さな火球が飛んできた。火球は大きな音と共に廃屋の壁を突き破った。それと同時に火球を放った主が姿を現した。


『チッ、外したか!』


「カーぼう! 探したぞ! 勝手にどこ行ったんだ!」


『……油断したぜ。まんまとに引っかかるとはな』


「なんのことだ? お前、何かの臭いを嗅ぎつけたんだろ?」


『ッ! かがめ!』


 カーぼうに言われて、アユムは咄嗟に身をかがめる。直後、ピストル射撃のような音が聞こえた。

 こと、ここに至って、アユムはようやく危険な状況にあることを認識する。

 攻撃音から察するに銃のような遠距離攻撃手段を持った何者かが、廃屋内のどこかからこちらを狙っている。相手はこちらの場所がわかっているのに対して、アユム達は敵の位置も捕捉できていない。圧倒的に不利で、危険な状況である。


 主人の危機を察知したイトミクは頭の角で注意深く周囲を索敵する。前後左右に気を張り巡らしたが、それらしい気配はつかみ取れない。


 ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。雨漏りが強まっている。


 何気なくアユムが上を見上げると――全身青一色の奇天烈な生物が天井に張り付いていた。

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