第28話 ノービスランクの戦い


 各街のユニオンでは、操獣士のためにバトルコートという練習試合用のスタジアムが設置されている。バトルコートは受付で申請することで無料で利用できるのである。ちなみにバトルコートには簡易的な観覧席もあるのでデュエルを観戦することもできる。

 操獣士同士がルールに基づいてレムレスを戦わせる公式試合は――デュエルと呼ばれ、イーノス地方のみならず世界中の多くの場所で、スポーツとして人々を熱狂させている。

 バトルコートに到着したアユムとギルバートは互いに結晶石を手に取って対峙する。


「ルールは一対一のシングルマッチ。呪文札は無し。それでいいか?」


 ギルバートの提案したルール内容に、アユムはこくりと首肯する。正直呪文札が使えないのは痛手だが、今回はイトミクの強さを見せつけるための試合だ。アユムとしてはギルバートの提案に乗っかる形になる。

 観覧席には、一応二人のチームメイトであるセピリアと、事の成り行きを見ていた受付嬢が着席している。セピリアは試合の審判兼観客という体である。


「セピリアさん。シルバーランクのあなたから見て、どちらが勝つと思います?」


「……聞くまでもない。あなたもわかってるでしょ?」


「……そうですね。彼はただのノービス操獣士じゃない」


 ギルバートは試合を始める前に、セピリアに提案をもちかけた。


「おい、ただ試合するのもつまらないから、賭けをしないか?」


「賭け?」


「俺がこいつに無傷で勝ったら、クエストの調査を一人でする。逆に俺が一撃でも、こいつの攻撃を受けたら勝敗に関わらず、お前らの意見には従ってやるよ」


「何勝手に決めてるの? そんなの認めないわよっ!」


「なんなら俺はあんたと勝負してもいいが……とにかくそういうことだ。いいな?」


 強引に話を打ち切って、アユムの方に向き直る。


「そういうわけだ。初心者操獣士には悪いが、手加減するつもりはない」


「お前だって同じノービスだろ。ほざいてろ」


「上等じゃねぇか。準備はいいな?」


 互いに結晶石を握りしめて召喚の祝詞を叫ぶ。二人の結晶石が煌めき、中に封印されていたレムレスが顕現する。


「召喚――イトミク!」


「召喚――コガラス!」


 アユムが召喚させたのはもちろんイトミク。結晶石の中にいてもアユムの気持ちを感じ取っていたようで、すでにやる気十分の様子である。

 対するギルバートが召喚したのはコガラスというレムレス。今は白の本を開いている状況ではないので、詳しいことはわからないが、ムクドリと同じくらいのサイズの黒い鳥型のレムレスだ。体色からして、見た目は小さなカラスそのものだが、長めの鶏冠とさかで顔の半分近くが隠れており、その瞳は闘志むき出しにぎらついている。


 鳥型――飛行能力を持つレムレスに対しては、まずその動きを封じるのが定石。イトミクはカーぼうとの戦闘経験もあるし、飛行レムレス相手の経験があるというのは大きい。

 加えて、今回の試合のルールでは呪文札の使用はお互いに禁止。操獣士の呪文札による妨害に考えを割く必要もないわけだ。

 アユムの指示と同時にイトミクが両手を掲げ、頭の角を発光させる。


【サイコキネシス】によってコガラスを捕縛し、地面に叩きつける算段だった。


 作戦の組み立て自体は悪くない――相手の力量を見誤っていなければ。



「遅い」



 ギルバートがそうつぶやいた時には、すでにコガラスのくちばしがイトミクを直撃していた。


 速攻。その一言で表すにはあまりに疾すぎる一撃。


 まともに攻撃を受けたイトミクは、勢いそのまま吹き飛ばされ、バトルコートの壁に直撃してしまった。ダメージは大きく、コガラスのたった一回の攻撃でイトミクは光の粒となり結晶石の形に戻ってしまった。


 イトミクが攻撃を出す前に、いや出す暇もなかったというのがより正確かもしれない。

 イトミクと共に闘っていたアユムでさえ、コガラスの攻撃の速度が速すぎて見えなかったのである。


 これで同じノービスランク……自分と同じランクの操獣士。アユムはギルバートとの実力の差をまざまざと見せつけられていた。たったの一撃すら……たった一回の行動すらできなかった。呪文札が使用できなかったとはいえ、二人の実力差はそれほどまでに圧倒的だった。



   ◇ ◇ ◇



 観覧席で見ていたセピリアには、コガラスの攻撃が見えていた。

 一瞬と言える攻撃の中に様々な妙手が織り込まれていた。結晶石から召喚したされてすぐ、ギルバートの指示を待たずしてコガラスは上空へ飛び上がった。そのまま攻撃姿勢に入る。

 体を回転させるスクリュー起動で相手に突撃する【スクリューダイブ】、命中させるのに難がある術技を狙い通りイトミクに直撃させた。


 操獣士の直接の指示がなくともレムレスが行動するなんて、余程の信頼関係と鍛錬がないと成り立たない。あの速攻戦術はギルバートとコガラスとの間で、相当訓練を積んだ成果なのであろうことが伺える。イトミクの厄介な超能力を封じる上で、速攻の一撃は理にかなっている。


 ノービスランクとはいっても、やはりギルバートの実力は桁が違う。デュエルの実力だけならシルバーランクの自分にも負けずとも劣らないくらいなのではないか。


 いや……負けはしないと思うけど。たぶん。


 彼とチームを組むと決まって、事前に受付のお姉さんから聞いてはいたが、こうしてこの目で見るまでは信じられなかった。


 現在ニバタウンのユニオンで、ノービスランクでも受注可能なクエストの全てを彼一人が解決してしまったと聞いた時は、まさかと思ったが……ギルバートの実力は本物だ。そこは疑う余地がない。


 コガラスが一撃で決着をつけてしまったため、アユムとイトミクの実力は測れなかった。

 奇襲……と言ってしまえば仕方ないが、そこに対応するのも操獣士の実力だ。

 野生のレムレスはいつだって突然出現するものだからだ。まぁノービスランクの彼にそこまで期待するのは酷かもしれない。今は様子を見る時だ。


 さて、困ったのはこれからだ。

 有言実行してみせた、ギルバートがセピリアの言うことを聞き入れて、大人しく調査に協力するはずがない。彼女としては、妥協案を示すしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る