神学校へ1

 学校生活は概ね順調だった。

 低学年の授業は文字の読み書きと四則計算。それと歴史と社会情勢がメインであった。

 文字の読み書きについて俺は結構なもので、学年どころか学校内で随一の成績を誇っていた。父親役の人間は大工という職業上図面の把握が必須であるため識字能力があり、家には辞書の他、僅かながらに本があった。俺はそれを日毎に読み漁っては知識を吸収していたのだ。将来軍の技術開発部門を目指すための努力である。しかしながら本来の頭脳暗霞が改善されたわけではないので成績のバランスは悪い。歴史においてはだいたいの流れやでき事は把握したものの、年表がどうしても足を引っ張る。また、数学も不味かった。低学年レベルであれば問題ないが、それ以上となると雲行きが怪しく、予習用として出された中等、高等算数は人並みに時間がかかり、張り付いた秀才のメッキが一気に剥離してしまうのである。理工学志望においてこれは解決すべき課題であり、克服しなければならない欠点だった。

 



「ロルフ。君には文才がある。詩人か作家になるべきだ」




 何も知らないハルトナーはそうやって僕を文壇の世界、あるいは演劇の世界に引き込もうと必死になっていたが、毎度毎度丁寧にお断りをしていた。お坊ちゃんである彼には分からないだろうが、文章で食っていくなど余程いいパトロンを見つけなければ叶わない夢物語である。あるいは彼に「いっちょ金を出してくれないかい。そしたら本の一冊や二冊書いてやるから」と頼めば数か月は食うに困らぬ金を親から引き出し俺にくれただろうが、どれだけ文筆で名を馳せてもいざとなったら戦場で突撃慣行名誉の戦死と相成るわけだから、そんなものは目指すものではない。


 仮に徴兵されたら醤油の一気飲みでもして免除をねらってやると考えるも、無理だろうと断定。想定される徴兵目的は肉の壁である。死ぬ前提でかき集めた人材の健康状態などなんでもいいのだ。そもそも、この国に醤油はない。故に、俺はハルトナーに対してこう言って返すのだ。



「俺はね。将来魔王軍を殲滅させる武器を作るんだ。文字で遊んでいる暇なんかない。一所懸命に理数を学び工学を身につけなきゃいけないんだ」



 

 俺のこの覚悟は次第に結果を結ぶようになり、なんとか理数でも上位の成績を取れるようになっていた。慣れるまでに三年の歳月を有し、すっかり高学年となったわけだが、その辺りで願ってもいない話が舞い込んできた。シュトルトガルドの神学校に推薦状を出してくれるというものである。

 俺は勿論それを快諾。一層勉学に励むようエッケハルト・フライホルツに約束したのだが、神学校というのは中々に難関であった。推薦証はあくまで受験資格であり、実際に生徒となるには受験を通過しなければならないからである。


 ジャマニの神学校は各地域に一校ずつ建てられている。俺の生まれたこの地域は五つの内管都市と十八の外管都市に分かれており、それらすべての学校に通う学生の内、上位三割程度しか神学校に入学できない。学校上位ではなく、首席クラスでなければ通過は難しいという厳しい現実に立ち向かわなくてはならないのだ。

 エッケハルト・フライホルツから推薦の約束を取り付けてから俺はますます勉学に傾倒するようになる。読み書きをはじめ、苦手な社会も数学も昼夜問わずに理解と暗記を進めていった。学校の教師に教えを請うた他、蔵書(一般生徒は手に取る事も許されないが神学校へ推薦された者は好きに読む事ができた)を読み漁り所謂受験対策としたわけだが、一つ解決しなければならない事があった。神学について学ぶ場がないのだ。


 神学校というからには当然神学の知識が必要だった。聖書、宗教が受験科目に入っていたし、前提としてそれらの造形を深めていくことが入学の目的でもある。ジャマニ語での理解もそうだし、聖書の原点に記されるリンガ語も抑えておかなくてはいけなかったが、俺の通う学校の教師は誰一人として知見を有しておらず、書物も置いていなかった。驚く事に、本当に一つも手立てがなかった。聞くところによると、過去には聖書や伝承が記載された書物が幾つか存在していたそうだが、財政難により全て売却してしまったそうだ。この時代、聖書や神学にまつわる資料は高値で取引されていた。



「こんな環境でどうして推薦など出したのですか」


 エッケハルト・フライホルツにそう聞くと、「記念だよ。駄目で元々さ」と開き直った。

 俺は現世の職場の同僚である原田の事を思い出した。原田の奴は何かと軽薄で、「勉強のつもりで」とか、「いい経験だよ」とかのたまい他人に尻拭いをさせるような人間だった。その原田を思い出した俺は皮肉の一つでも言ってやりたかったが、せっかくもらった推薦が取り消しになるのを恐れたため胸に留める事にした。文句を言っても始まらない。目指すべきは現状の解決である。そして、存外あっさりとそれは達成できたのだった。ハルトナーが必要な書籍を用意してくれたのである。



「君が神学校を目指すと聞いてね。父に頼んで、有用な資料を送ってもらったんだ。好きに読みたまえよ」



 持つべきものは友だった。私は親友の好意に甘え、神学について造詣を深めていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る