第13話 ここに置いていくね

忙しくて年月が過ぎていく。でも日々充実してる。

この時代って、残業当たり前だったー。

とても慌ただしく帰ったら風呂→飯→寝→

会社の繰り返し。

だからこそ、楽しい休日が待ち遠しい。


【涼さん、待ちましたか?】


ユキが走って来てくれた。遅れてもないのに。

いつも俺が早過ぎる。待つことも楽しい。

ガラケーようやく買える時代になってきた。

でも高すぎる。通話料異常な高さだ。

なので、固定電話でデートの約束をする。

もちろん緊急時にガラケーも持ってはいるが…


【俺が早過ぎるね、ごめん】


不思議だなー、ユキって会うたびに魅力が

増していく。他の男とか大丈夫かな?

職場、男たくさんいるよな。


【映画、始まりますね、急ぎましょう】


この時代の映画って映像があまり綺麗でないが、

それが懐かしい、何とも雰囲気がある。

そういえば必ず定番のお菓子、売店で買って

いたな。ドリンクも。いいなー、こういうの。

映画もけして安くないが、割引もないし。


【あっ!】


【どうした?】


ユキがドリンクを腕にこぼしてしまった。

少しだけど、すぐに拭いてあげようとハンカチを、と思って一瞬躊躇した。ユキは少し笑いながら、


【大丈夫ですよ、ターニングポイントは】


見抜かれる、俺の全てを。俺が出したハンカチを

そっと取って拭いてるユキがさらに愛おしく

思える。


【うるさいぞ、静かに!】


しまった、上映中だった。確かにうるさいよな。

すみません。マナー違反でした。

そして決めた。このハンカチ洗わない、

飲み物はアイスコーヒー、無糖なので問題なし。

コーラでも洗わないが…


【面白いかったー!最高!】


ユキの言葉に一安心。俺はユキしか見ていなかった。それにストーリー知ってる。二度目の時間ってこういうのが普通ならつまらない、先が読めてしまって。でも相手がユキなら何倍も楽しい。


周りのたくさんいるカップルからは俺はどんなふうに見られているんだろう?ニヤけているのかな?

仕方ないよなー、こればかりは真顔は絶対ムリ。


【この辺詳しくですね、地元ではないのに、いろんな彼女と来てたんですか?】


【違う、違う、だって俺、これ二回目だからさ】


苦しい言い訳。確かに二回目だが、誰と来たかと聞かれれば彼女以外ないよな。ユキはヤキモチ焼いたのかな?だとしたら、嬉しいな。


【ユキもこの辺知ってるんじゃない?】


【………】


あれ?どうした?返事ないってユキらしくない。

そういえばユキは時間軸ってこと俺より遥かに

詳しいよな、時間軸調整課だから、

よく解らないけど、何してるかなんて。


俺、浮かれていて、ユキのこと詳しく知らない。

いつかの別れって何が原因だ?俺が何か嫌われる

ことしたのか?俺から別れを切り出すことは

到底考えられない。


【あのね、涼さん…】


【涼にしない?さん無しで】


【うん、涼、不安に思うことあるでしょ?、伝わってくる、凄く強く】


やっぱ、見抜かれる。俺が単純だからってのも

ある。それに、ユキ鋭すぎる。


【何も気にしないで、普通にしていてほしいな】


【そうしてるつもりだけど、いつかの別れって…】


【その時はその時。それまで楽しもうね】


【………解ったよ】


それから普通にして、気にしないでいて、

でも気になる。無理だよ、いつかの別れって、

そういうのユキは詳しく知っているよな?

それでも普通にしてるのなら次の出会う男が、

魅力あるんだろうなー。俺はそんな魅力ない

もんな。


俺達の間に少し亀裂が入ったようだ。知ってる未来より知らない未来が楽しいはずなのに、なんだ、この気持ちは?


これで普通に過ごして行くって、どうすれば?


【この先に何が起きるのか、俺は知ることは出来ないかな?】


【涼…別れのことでしょ?】


【引き裂く何かあるなら、それ変えること出来ないかな?】


【涼…もう隠すこと出来ないね】


急に雰囲気が変わった。ユキが静かに話しだした。

明らかにいつもと違う。


【パラレルワールド…】

【タイムパラドックス】

【時間軸調整過剰、面倒だから省略してTA】


少し知ってる。もう一つの世界だ。同じ時間軸っていうやつだ。


【私はこの世界の住人じゃない。そして、涼、あなたも私と同じ世界の住人だったんだよ】


なにー、どういうこと?俺はここで生まれたよな?だって両親も…ん?子供の頃って幼稚園の記憶?

脳震盪?あれ、あの時の一瞬気を失って?


【涼はね、特別なの。こっちの世界の人は一度でも過去や未来に行くことが起きると記憶が無くなるの、だからね、タイムトラベルが出来てもそれを実感しないの。涼はこの世界で何度も起きても記憶してるよね】


【私の世界でね、パラレルワールドっていうのだけど、涼が記憶を失った幼稚園の時に涼はこの世界に飛ばされたの、私の世界からいなくなったの、それまではパラレルワールドは存在しなかった、あの時が分岐点なの】


でも、付き合ってるって未来の話は?幼稚園の時なら説明つかないよな?


【涼、今何回目の人生?少なくとも二回目だよね、私の世界では何回も繰り返してる人、大勢いるんだよ、それが原因でタイムパラドックス起きてしまったんだけど。能力が身についてる人が大勢。涼は私と出会って結婚までしていたの、何回目かの時に、でもこっちの世界の出来事ではないから記憶にないんだね】


【それも含めて私も正確にはTAにも原因が解らない、涼のような例は他にはないの、こっちの世界で時間を移動して記憶が残って】


【本当のこというとね、涼を連れ戻しにきたの、涼は本来ここではないから。でも、涼はこっちで未来に結婚してるよね、玲奈さんと】


玲奈、忘れてしまった訳でない。ユキとの時間が楽しすぎた。


【ごめんなさい、TAの特権で涼の過去や未来は全て把握してるの】


【私は帰らないとならないの、涼を置いて…】


【なんで、結婚していたんでしょ!ユキの世界では?俺も戻ればいいよ】


玲奈、ごめん。俺、ユキと離れること出来ない。


【私が嘘ついていたらって、なんで疑わないの!!】


ユキ、どうした?


【疑ってよ、ここに残るって言ってよ、涼!】


なんだ、どうしたんだ、ユキ。俺は戻ってはならないのか?


【だって、涼を幸せに出来ない…あと一回しかないもん…】


ユキは声を出さずに泣いている。


ユキ…なんだこの切ない気持ちは。


あと一回って、なんだ。


【教えてくれ、あと一回ってなんだ?その他のことはどうでもいい、これだけ教えてくれ】


俺はユキの両肩を強く押さえて問い詰めた。


【あのね。パラレルワールド…行来するとね…凄い使うの…寿命を】


何故か、この俺にも理解出来た。そして全てが崩れ落ちた。気も失いかけた。


【だから…ね…少しでも長く涼といたかった…の】


あとどれくらい残ってる?この世界にいるとして、あとどれくらい?


【もう数日かな…】


ユキが少し笑ってる。悲しすぎる笑顔。


【俺のために何回か突然現れたよね、あれもパラレルワールド行来したの?】


ユキが少しうなづいた。何故、そんなことを

したの?何のために。この世界にタイムパラドックスを起こさせないため?俺がいるから?


【涼のせいじゃないよ、私が選択したの、でも楽しかった。忘れないよ、絶対に…】


ユキ…このことだったのか別れって。気丈に振る舞って、全て話してくれて、なのに!何してんだ俺は!


怒りが込み上げて、自分自身を許せなくて、ユキの優しさが辛すぎて、同じ別れなら楽しく終わりにするべきだった。ユキの残された時間を悲しい時間に使ってしまった…


全てを思い出す、ユキと出会ったのは子供の時。

既に大人びた感じはしたけど、必死に俺を守ろうとしてくれていて。


手を握ると凄く安らいだのはユキの優しさだったんだね。


暗闇から連れ出してくれたのもユキだったね。


クリスマスパーティの時、流した涙はこの時を迎えることを知っていたからかな。


ユキ、ごめん。俺がいたから、俺と出会ってしまったから。


他の人生もあったのに、どうして俺を選んだの

かな?


でも忘れない、ユキの笑顔、起こった顔、優しい温もり、少しドジなとこ。


俺の心はここに置いていくね。ありがとう、ユキ。


さようなら、ユキ…










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