3-3 沢田プラネタリウム

 夏休み最後の土曜日、僕らはJR山河駅の前で待ち合わせた。山河駅の駅舎は造りが立派で、煉瓦づくりの建物だった。建てられてから五十年余りの建物は、近い将来改築する予定になっていた。古びてはいるものの、歴史を感じさせるたたずまいが、僕は好きだった。


「お待たせしました」

 三上さんだった。約束の十時の五分前、僕が着くとすぐ、三上さんがやってきた。


「今日はよろしくね、三上さん」

「こちらこそ。あら、もうカメラ?」


 僕は途中、列車からの風景をカメラに収めようと、愛機を右手に持っていたのだ。

「列車を撮るのが好きなの?」

「そうでもないんだ。今日は駅舎を撮ろうと思って……」


 僕は十時三十二分の電車の出発時間まで、駅舎を撮影した。モデルとして三上さんに立ってもらったり、停車中の列車や、迷惑そうにしている駅員さんの後ろ姿を撮影した。


 しばらくして、列車がホームに着くと、僕らは沢田駅へと向かう電車に乗り込んだのだった。


「こうやって二人で電車に乗るの、初めてだね」

 僕のつぶやきに三上さんが答える。

「いつもは、他に誰かしらいるものね」


 僕らはそう言って、笑みを交わした。

 しばらくして、電車は目的の沢田駅へと到着した。あっという間の三十分だった。


 僕らは駅を出ると歩いて十分位のところにあるプラネタリウムを目ざした。夏休み、土曜の午後の街は、学生らしい人々もいて賑わっていた。駅前の商店街を抜けると、ビル街の一角にその建物はあった。


『沢田プラネタリウム』

 入口のプレートに、その文字が大きく刻印されていた。

 ビルの三階がプラネタリウムになっていた。一階と二階は商業施設となっており、買い物をする人たちが散見された。


「ここが入口か」

 殺風景なエントランスに、僕らは入って行った。扉はよく劇場や文化ホールなどにあるタイプの重厚なつくりだった。白をベースにした建物は、きらびやかなギリシャ神話の神々に似つかわしくない無骨な感じだった。むしろそれは、パルテノン神殿のイメージに相似していた。

 僕らは入り口でチケットを買って中に入った。シートが並ぶプラネタリウムは、装飾もほとんどなく、シンプルな造りだった。

 僕らは並んで、シートに座った。


「次の回、もうすぐ始まるね」

「そうね」

 しばらくして、アナウンスが流れ始めた。あたりの照明が暗くなり、星座が天井のスクリーンに映し出された。

 僕らは小一時間程度の星空の旅を楽しんだ。


「楽しかったわ。今日、来て良かった」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 僕は正直、あまり楽しめなかった。睡魔に打ちつのがやっとだった。それでも、笑顔の三上さんを見るのは、何より楽しかった。


「最後に、一緒に並んで、記念写真を撮ってもらえないかな?」

「いいわよ」

 僕はピントを合わせると、セルフタイマーをセットした。出窓のくぼみにカメラを置くと、急いで三上さんの隣へ行き、髪をさっと整えた。


 パシャリ。


「上手く撮れているかな」

 カメラの所へ行き、写り具合を確かめる。写真は割と綺麗に撮れていた。


「ちょっと、見せて」

「どうぞ」

 三上さんと並んで、液晶ディスプレイに映るプレビュー画像を見た。三上さんの肩が僕の体にぶつかった。僕はドキドキした。


「上手に撮れてるよ」と三上さん。

「良かった」


 それがプラネタリウムの旅の終わりだった。一生の想い出に残る、三上さんとのデート日のことだった。

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