3-2 デートの約束

「私、イギリスへ留学しようと思ってるんだ」

 三上さんは、すごく言いづらそうに告げた。

「……そうなんだ」

 僕は絶句してしまった。


「向こうに知り合いがいて、そこにホームステイしながら、勉強したいんだ」

「……そうなんだ」

「母の兄が、イギリスに長く住んでるの。高校生活が終わったら、留学しに来ないかって誘われているんだ」

 三上さんはそう云うと、すこし淋しげに笑った。その笑みの裏側には、多くの別れへの決意があるようだった。


「それなら、夏休みに最後の思い出をつくりに、どこかに行かない? 僕、バイトを休むから」

 正直、そう云うことさえ辛かった。「どこか、行きたい所はある?」僕はそう付け加えることが精一杯だった。


「そうね、プラネタリウムとかはどう?」

「プラネタリウムか、確か隣町にあったよね」

「そうなんだ。場所はよく知らないわ」


 僕は、三上さんと二人きりでプラネタリウムに行くことにした。香子姉さんも、父さんも呼ばずに二人だけの小さな旅になりそうだった。



 隣町までは、電車で三十分。ローカル線で、途中何駅か通過すれば、隣町の沢田市だった。沢田市は山河市より少し大きな町で、文化施設が充実していた。海沿いの街であり、船舶が停泊する港もある。サッカースタジアムのJ2の沢田ガルデラというチームのホームグラウンドも有していた。


「プラネタリウムか、いいね。でも、どうして?」

 僕が率直な疑問をぶつけると、三上さんは微笑みながら答えた。

「最近、ギリシャ神話を読んだの。そしたら、急に星座が気になりだして……」

「……そうなんだ」


 僕はギリシャ神話を読まないし、小説も書かない。ただ、それだけの事なのに、三神さんがとても遠い存在に思えてきた。それでも、やっと語を継いだ。

「来週の土曜日はどう? その日なら、僕、バイトを休めるんだ。自主学習もないし……」

「そうね、そうしましょう」


 その日に、僕は二人きりのデートの約束を取り付けたのだった。

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