第5話 喋り始めたトラック

 グリップを掴んで支えながらステップを上り運転席に乗り込む。


「あれ?」


 シートに身を預けて前を見るとそこには設置しているホルダーにハマったタブレットがあった。

 もしかしてと思い左のセンターボックスを見るとスマホも転がっている。

 ベッドの毛布も畳まれずにそのまま放置されている。


 これってもしかして俺が異世界転移した時そのまんまなのか?


 とりあえずスマホを手に取り操作を試みるが、画面には【同期中……】とだけ表示されていて何も操作できない。

 ならばタブレットはと思い画面を表示させるがこちらもスマホと同じく【同期中……】と表示されるだけでなにも操作を受け付けない。


 一体なにと同期するの? スマホとタブレットで同期するの?


 わけが分からないがまぁ異世界転移なんてしたんだからわけ分からなくて当たり前、そう切り替えてトラックのエンジンをかけるためにエンジンスタートボタンを長押しする。


 最新型のこのトラックはキーを差し込んで捻るタイプではなく乗用車にも増えているエンジンスタートボタンを長押ししてかけるタイプで、初めて乗ったときは混乱したものだ。



 大きなエンジン始動音とともにエンジンがかかり、メーター類が動き始める。

 エンジンをかけたばかりなので回転数は少しだけ不安定だがすぐに安定するだろう。

 安定したら少しだけ動かしてサーシャさんたちに見せよう。


『お待ちしておりましたマスター。今後もよろしくお願い致します』

「うわぁ!!」


 シートに体を預けた瞬間にいきなり声をかけられて心臓が飛び出すほどに驚いた。

 誰? いきなりなんなの!? なんかスピーカーから聞こえた気がするけど!?


『驚かせてしまったようで申し訳ありません。私は【2030年式ウルトラグレート冷凍車モデル】です。株式会社三葉トラック開発により作成された大型トラックです』

「……はい?」

『運転手に安全と快適なドライブを提供します』

「えっと……キャッチフレーズ?」


 なんか聞いたことあるぞ?

 キャッチフレーズというかコンセプトというか……


『マスターの力でこの地に降り立つことができました。今後もマスターの安全と快適さを守ります』

「お……おぉ……」


 なんなの? 一体なんなのこいつ?

 安全と快適を守る? それはありがたいんだけど、なんで喋ってるの!?


『マスターのスキル、及びこの世界に満ちる魔力という力を取り込んだため進化しました』

「進化……機械が意志を持つことが進化なのか?」

『進化です』

「いや言い切られても……いきなりすぎて飲み込めないんだけど……」

『こういうものだと思って割り切ってください』

「できねぇよ!? 」


 割り切れるかよ! こちとらいきなり異世界に喚び出されていきなり追放されとるんじゃ!

 よくわからんけど聖女様とやらに声掛けられたりもするしこっちは既にいっぱいいっぱいなんだよ!

 追い討ちかけるなよ!!


『まずはマスター情報を表示します。間違いがあれば訂正をお願いします』

「聞けよ!」


 マイペースかよ!


 もう知らん、もうコイツの言う通りにするしかない気がする。


 俺が諦めて息を吐くと、タブレットの表示が変化した。



 ◇◆


【久里井戸怜央】

 種族……人間

 身長……182センチ

 体重……78キロ

 体脂肪率……18%

 健康状態……優良


 スキル

【トラック召喚】【トラック完全支配】

 ◇◆


「なんだよこれ……」

『マスターのステータスとなります』


 これがステータス……? 俺がこの世界に来た時に見たステータスと違いすぎるんだけど?


「てか何で身長体重から体脂肪率まで知ってるの!?」


『スマートフォン、タブレットとの同期が完了しましたのでスマートフォンのヘルスケアアプリから引用致しました』

「なるほどね! 確かにヘルスケアアプリ使ってたしデータ入力してましたけどね!」


 勝手に引用するなよ! てかヘルスケアアプリにスキルは載ってないだろ!?


『スマートフォン、タブレットの情報は全て把握しております』

「全て……?」


 ダウンロードしてるアプリとか、その情報とか……?


『ダウンロード済みアプリのデータはもちろん、アンインストールしたアプリの情報、通話、インターネット履歴も把握しております。つまりマスターの趣味嗜好性癖に至るまで……』

「もぅやめてぇ……謝るからもう許してぇ……」


 自分でも驚くほど情けない声が出た。

 いやこれは仕方ないだろ、誰であっても情けない声で許しを乞うはずだ。


『故に完璧にマスターを補佐可能です』

「はいぃぃ……わかりましたぁ……」


 つまり俺はもうコイツに逆らえないってことだ。

 全ての個人情報を握られた今コイツに逆らったらどうなるか……


 いかん、トラックに話の主導権握られてどうする……なんとか話を逸らさなければ……


「さっきの俺のステータスだけど、ヘルスケアアプリの情報だけだろ? 俺この世界に来てから自分のステータス見れるようになったからあんまこのデータ使う機会ないと思うけど」



 体重計や体脂肪計があるとは思えないから更新出来ないよね。


『ふむ、それはどのようなものでしょうか?』

「えっと……レベル1で筋力が……」


 俺は自分のステータスを表示させて読み上げる。


 それを聞きながらトラックは同時進行でタブレットに表示されているステータスが書き換えていく……


『これで間違いありませんか?』


 表示された内容を確認すると、先程の身長体重体脂肪に加えて俺の見ていたステータスが間違いなく加筆されていた。


「うん、間違ってないね」

『マスターの魔力と同期する許可を頂けますか? そうすればレベルやステータスが上がった時この画面も自動で更新されるようにできますが』


 そんなことも出来るの!?


「なんでそんなこと出来るの……?」

『私はマスターにより召喚されマスターに支配されている存在です。マスターと魔力を同期させれば不可能ではありません』


 意味わかんないよ……


『許可を頂けますか?』

「分かったよ、許可する」

『完了しました。魔力を同期したことによりマスターの持つスキルの詳細が判明しました。閲覧されますか?』


 早っ! 一瞬で同期したの!? てか同期したことでスキルの詳細が判明するってどゆこと!?


『マスターの持つスキルの詳細を表示します』

「勝手に進めるなよ!」



 俺の渾身のツッコミも意味をなさずタブレットの画面が勝手に切り替わった。



【トラック召喚】

 好きな時に好きな場所でトラック(株式会社三葉トラック開発制作、2030年式ウルトラグレート冷凍車モデル)を召喚することができる


【トラック完全支配】

 三葉トラック開発、2030年式ウルトラグレート冷凍車モデルを支配下に置ける。

 スマートフォン、タブレットを通しての指示、及び音声での指示が可能。

 トラックの持つ能力が還元される。


 んん??

 つまり……どゆこと??


 俺が困っているのを察したのかトラックが喋り始めた。


『マスターにわかりやすいように説明するならば……マスターが読んできたファンタジー小説でいうところの使い魔のようなものです』


 なるほど……クソ、分かりやすくてなんだか悔しい……


「それで、トラックの持つ能力が還元されるってのは?」


『私の使える能力の一部をマスターも使うことが可能になります。条件は魔力同期でしたので既に達成しております』

「なら俺のステータス更新されてるのか?」

『はい、既に更新されております。ご覧になりますか』

「頼む」


 再びタブレットの表示が切り替わって俺のステータスが表示された。



 ◇◆


 名前……久里井戸玲央 レベル1

 職業……トラック運転手

 年齢……21

 生命力……C 魔力量……D 筋力………c 素早さ……D

 耐久力……A 魔攻……D 魔防……D


 スキル

【トラック召喚】【トラック完全支配】【魔法適性(雷、氷、水、風、光、音)】【瞬間加速】【瞬間停止】【自己再生】【魔力吸収】


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 ◇◆


「なんじゃこりゃあ……」


 さっきまでのステータスとはまさに別人……能力値もスキルもおかしくね?


『私と同期したことにより還元された結果です。当然の結果です』

「マジで……理解が追いつかない……」


 現実と俺の頭の中周回遅れくらい追いつかない……



『次のページへお進み下さい』

「次の……? あぁ、次のページがあるのね」



 タブレットの進むのところをタップしてページを移動させる。



 ◇◆


 種族……人間

 身長……182センチ

 体重……78キロ

 体脂肪率……18%

 健康状態……優良


 戻る2ページ/2ページ


 ◇◆


「これは別にいらねぇよ……」

『せっかくのデータですので有効利用しなければ』

「それはいらない気遣いです」


 利用価値ねぇよ……


「それよりスキルの説明って頼めるか?」

『かしこまりました。表示します』



 再びタブレットの画面が切り替わる……

 そっちで操作できるならさっきのページ移動もやってくれれば良かったのに……


 ◇◆


 追加されたスキル説明……


【魔法適性(雷、氷、風、水、光、音)】

 雷、氷、風、水、光、音属性の魔法に対して適性がある。


【瞬間加速】

 踏み込みと同時に加速する。


【瞬間停止】

 慣性を無視して一瞬で停止できる。


【自己再生】

 傷を負っても魔力を使用して傷を癒す。時間はかかるが部位欠損も修復可能。


【魔力吸収】

 大気中の魔素を吸収することにより魔力の回復速度が上昇する


 ◇◆


「わけわかんねぇ……」

『そういうものです。割り切ってください』

「それいいから……飲み込むまで数日かかる勢いだから……」


 全くもってわからない。

 というかトラックの能力が還元されてこうなったってことはこのトラックめちゃくちゃ強いのか……?


「一番気になるのは魔法の属性かな、なんでこのラインナップなんだ?」

『口頭での説明と表示どちらを希望されますか?』

「なら……表示の方で……」

『かしこまりました。画面に表示します』



 そうスピーカーから聞こえたあと、すぐにタブレットの表示が切り替わった。



 雷……トラックは発電しますし電動パーツも多くあり親和性が高いです。

 スマートフォン、タブレットという電化製品とも連携しましたのでマスターにとって一番使いやすい属性になるかと思われます。


 氷……2030年式ウルトラグレート冷凍車モデル、文字通り冷凍車ですので冷やすのは得意です。


 水……トラックには冷却水が必須、冷凍機やエアコンからも水は出ますので扱えて当然です。


 風……エアコンって風操ってますよね?


 光……車内照明、ヘッドライト、マーカー等光るもの沢山です。


 音……クラクション。



 なんだよこれ……

 雷に関しては結構真面目に書いてあるのに対して風と音テキトーすぎるだろ……

 風操ってますよね? って聞かれても知らねえよ!

 音に至ってはクラクションの一言で終わらせるなよ!


「お前これテキトー過ぎない?」

『マスター、申し訳ありませんが私は【2030年式ウルトラグレート冷凍車モデル】です。お前ではありません。それとも【お前】が私の個体識別名称でしょうか?』


 お前のツッコむところそこかよ……


「長いんよ……毎回【2030年式ウルトラグレート冷凍車モデル】とか呼びづらいのよ……あと個体識別番号みたいなノリで言ってるけど個体識別名称って俺が決めていいの?」


 毎回2030年式〜とか絶対舌噛むわ。


『可能です。どのような個体識別名称にされますか?』


 出来るんだ……

 ならなんにしようかな……


「ウルグレ……は運転手ならみんな使う略称だから違うのがいいな……」



 ちょっと悩んでみよう。


 ウルトラ……グレート……

 ウルトラ……ウルトラ……グレート……サスケ?


 いやサスケはダメだろう。色んな意味で。


 ウル……トラ……ウルト……ラ……グレート……ウルト……

 これや! ピンと来た!


「【ウルト】でどうだ?」

『個体識別名称【ウルト】登録しました。これからよろしくお願い致しますマスター』

「よろしくウルト、頼りにさせてもらうよ」


 こうして俺はトラックに名前を付けた。

 文字にして読むとちょっとどうかと思うが名前を付けた。


 ウルトとの会話も一段落ついたので頭の中を整理しよう……そう思ったが心配そうにこちらを見あげているサーシャたちの姿が目に入った。


 やっべ、完全に忘れてたわ……


「ウルト、そういえば今はウルトのお披露目みたいな感じだからとりあえず少し動かしてみてもいいか?」

『もちろんです。あちらの御三方はマスターのご友人でしょうか?』


「そんな感じかな? まぁあとでちゃんと説明するよ」

『かしこまりました。手動で運転なさいますか? それとも音声指示にて動かしますか?』

「とりあえず手動で動かすよ」


 一応シートベルトを締めて、ギアをニュートラルからドライブに切り替える。


 ギアが入ったのでサイドブレーキを降ろしてゆっくりアクセルを踏み込んでいく。


 こんなでこぼこ道トラックで走るの怖いから徐行だ徐行。


『マスター、私のスキルに【悪路走破】というのがあります。これは多少の凹凸を無視することが可能になるスキルですのでこの程度の悪路なら全く問題ありません』

「ウルトお前そんなスキルまで持ってるの? なら少しだけスピード出そうか。その方がインパクトありそうだし」


 とはいえ多少心配なので徐々に徐々に速度を上げていく。

 最終的に時速40キロほどまで速度を上げてサーシャさんたちの周りを旋回すると、3人は信じられないものを見たかのような表情でこちらを見ている。


 3人の驚愕している顔がなんだか可笑しかった。

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