第6話 戦うトラック

 サーシャさんたちの近くにウルトを停車させて運転席から降りる。


「こんな感じだけど……満足してもらえたかな?」


 俺が声をかけてもサーシャさんは唖然とした顔をしたままだったので顔の前で両手を打ち鳴らせてみた。


「はうっ! はっ、私は一体……」


 サーシャさんは音に驚いたのか体をビクリと大きく震わせて意識を取り戻した。

 いや失ってはいなかったけど。


「これがトラックだよ、見てみてどうだった?」


 まだアワアワしているがまぁすぐ元に戻るでしょ。


「す、すごいです! あの巨体であの速度……あのまま体当たりなんてされてらどうなるのでしょうか……」

「それはあんま考えたくないね……まぁ弾き飛ばされるならまだよしだけど踏み潰されたら多分生きていられないよ」


 そういえば荷物って積んだ状態なのかな?

 フル積載してたら20トン超えるこら踏み潰されたら生きていられないよね?


「いやいや……あの体当たり食らったら自分耐え切れる自信ないんスけど……」


 自分の盾を見ながら呟くアンナさん、確かにあまり体の大きい方では無いし大型トラックに撥ねられたら大変な事になるだろう。


「真正面から最速で突き出せば……貫けますかね?」


 対してソフィアさんは槍の穂先を見ながらそんな物騒なことを呟いている。


 怖いからやめて欲しい。

 運転手目掛けて突けば恐らく車体貫通して運転手に攻撃は当てられるだろうけど結局ソフィアさんも撥ねとばされてえらいこっちゃになると思う。


「まぁトラックって荷物を運ぶ車であって戦うためのものじゃないからね?」


 みんな戦うことばかり考えているが運搬用だからね? 戦闘用じゃないからね?


「運搬用ですか? あんなにかっこよくて強そうなのに……」

「かっこいいのは同意だけど、俺のいた世界では後ろの箱いっぱいに荷物を積んで色んな場所に運ぶための車だったからね」


 大事なことがからもう一度、戦闘用じゃないからね?


「そうなのですね……」


 なんでサーシャさんは納得いかないみたいな顔してるの?

 そんなにトラック……ウルトに戦わせたいの?


「聖女様、クリード殿、前方森より何か来ます!」


 サーシャさんと会話しているとソフィアさんが焦ったように槍を構えて叫んだ。

 ソフィアさんの隣には盾を構えて腰から剣を抜いているアンナさんの姿も見える。


「見えました、ゴブリンです。数は……多数! 聖女様、クリード殿、お下がりください!」


「分かりました。クリード様こちらへ」


 森へ目を向けるとたくさんの緑色の肌をした醜悪な魔物が木の棒を振り上げながら飛び出してきた。


「きもちわるっ!」


 サーシャさんに腕を引かれて後方へ移動する。

 ソフィアさんとアンナさんは突撃せずその場で迎え撃つ体制だ。


「めちゃくちゃ数多いけど、2人で大丈夫?」

「大丈夫ですよ。私も補助魔法掛けますし、あの2人は教国でも指折りの騎士ですからゴブリンになんて負けません!」


 サーシャさんはそう言ってから両手を胸の前で組んで祈りを捧げるような体制になった。


 するとソフィアさんの槍、アンナさんの剣と盾が淡く白く光り始めた。


「聖属性を付与しました! 怪我は私が治しますから2人とも頑張ってください!」


 なるほど、武器と盾に属性付与をしたのか……

 ファンタジーでは聖属性は魔物に対して絶大な効果があるっていうのが定番だしこの世界でもそうなのだろう。


 まだゴブリンたちとはかなり距離があるが2人は臨戦態勢に。

 ゴクリと生唾を飲みながらその様子を見ていると、ブォンとこの場に似つかわしくない音……エンジン音が聞こえてきた。


「は?」


 音のした方、ウルトに目をやるとなぜかゆっくりと動き始めていた。


「は? え? いや、なんで?」


 全く理解出来ず混乱する。

 しかしウルトは俺の混乱など知る由もなく……徐々に速度を上げて……消えた。


 いや、消えたというのは語弊がある。

 動き始めはゆっくりだったがある瞬間に一瞬で速度が上がったのだ。


「瞬間……加速?」


 そんなスキルが俺に追加されたはず、ならばウルトもこのスキルを持っていて当たり前だ。

 問題はなぜ勝手に動いて勝手にスキル使ってるかなんだけど……


 一陣の風と化したウルトはそのままゴブリンの集団に突撃、蹂躙する。

 次々にゴブリンを撥ね飛ばし踏み潰し……駆け抜けた時には大半のゴブリンが地に伏せ転がっていた。


「えぇ……」


 ウルトは追撃とばかりにUターンしてきて再度突撃、残ったゴブリンにも体当たりをお見舞してあっという間に全滅させてしまった。


「ナニガオコッテルノ……」


 全くもって飲み込めない。

 なんで運転手不在で勝手に動いてるの!?


 全ての敵を倒したことを確認したのか、ウルトはこちらにやって来て俺の前で停車した。


 俺も撥ねられるのかと思ってちょっと身構えちゃった……


『マスター、複数の生命反応がマスターに対し敵対行動を取ったと判断したため殲滅致しました。緊急事態と判断したためマスターの指示を仰がず行動したこと、謝罪致します』

「え? いや、うん、ありがとう」


 なんでこいつ謝ってるの?


 てかよく見たら血や肉片どころか傷一つ付いてないな……


「しかし汚れてないな……ここまで自律行動するとは思わなかったしビックリしたよ」

『緊急事態と判断しましたので。あの程度では傷など付きませんし先日マスターがしっかりとワックスをかけてくれましたので汚れずに済みました』

「いやいくらワックスかけてても汚れるでしょうよ……」


 なんでワックスかけてたら汚れないんだよ、意味わかんないよ。


 なんか後ろでサーシャさんが「しゃ、喋ったァァァ!」と騒いでいるがとりあえず無視させてもらおう。


「聖女様! クリード殿! ご無事ですか!?」

「ふぇ?」


 無視しておこうと思ったらソフィアさんがこちらに駆けてきた。


「あー、ソフィアさん、俺とサーシャさんは無事だよ。ウルト……このトラックが全部倒したしなんか俺には絶対服従みたいだから心配ないよ」

「そ、そうですか? 問題が無いなら私はゴブリンの討伐証明部位と魔石の回収を行ってきます」

「魔石?」


 討伐証明部位は右耳だって覚えてるけど、魔石ってなんぞ?


「はい。魔物は例外なく心臓付近に魔石を宿しています。この魔石は魔道具の燃料になりますので売れますよ」

「へぇ……」


 売れるのか……ならどうせ倒したなら回収するべきだね。


「それで魔石ってどうやって取り出すの?」


 もしかしてかっ捌くの?


「? 胸を切り開いて取り出しますが……」


 うわぁ……やっぱりか。

 この世界じゃ当たり前っぽいし、冒険者やっていくなら俺も慣れないといけないのかなこれは……


『マスターよろしいでしょうか?』

「ん?」

『会話の流れから死体の一部を回収したいのだと判断しましたが、お間違いありませんか?』

「間違ってないよ。右耳と心臓付近の魔石だけ回収したいんだけど、どうしたの?」


 突然ウルトが会話に割り込んできたのでソフィアさんはなにか言おうとしていたが口を噤んでいる。


『それでしたら私のスキルで行うことが可能ですが、いかが致しましょう?』

「は? どういうこと?」


 剥ぎ取りまでできちゃうの?


『はい。私のスキル【無限積載】を使えば死体からなら任意の部位を積み込めます』

「はぁ、君そんなことも出来るの?」

『可能です。実行しますか?』


 問われたのでイエスと答えるとウルトはゴブリンの近くへ移動した。

 そこで何がするのかな? と思って見ていると、ウルトはすぐに方向転換してこちらに戻ってきた。


「あれ? 早いね、もしかして失敗したの?」

『いえ、問題無く完了しました。どうぞご確認ください』


 次の瞬間、俺の少し前の地面が光り、たくさんの耳と紫色の小さな石が現れた。


『ゴブリンの右耳、及び魔石37匹分です』


 37匹もいたの? それで剥ぎ取り一瞬で終わらせたの? 一瞬で?


「とらっくって……凄いですね、」


 サーシャさんが今度はキラキラした目でウルトを見つめている。

 驚いたり右往左往したりキラキラした目で見たり忙しいなこの聖女様。


しかしなんだろう、俺の知ってるトラックとは一線を画すとかのレベルじゃないな……

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