第6話:【閃光】

~~サイド【カイン・フォン・アインズベルク】~~


カインは黒龍騎士団と冒険者達を率いて、テール草原に向かっていた。

本当は黒龍騎士団と対をなす、白龍魔法師団とSランクパーティにも参加してもらいたかったが、両方任務の関係でバルクッドを不在にしていたので、しょうがない。


 普通なら、この早さで討伐隊が組めること自体が異常なのだ。さすがはアインズベルク侯爵領の要であり、国防の要であるバルクッドの猛者たちだ。


「報告では、出現したながれの魔物はAランクの『ブラッディベア』だ。気を引き締めろよ」


「「「「はっっっっ!」」」


 Aランクモンスターの矛先が我がバルクッドに向けば、大惨事だ。あの場所には三百万人もの人々が暮らしている。そして我が領には一千万人もの人々が暮らしている。もし討伐を失敗し、逃がすことがあれば我が領は半壊するかもしれないのだ。



「中級以下の魔法を放ったところで掠り傷一つ付かん上に、視界も悪くなる。私が合図を出したら上級魔法を一斉に放て。わかったか?」


「「「「了解!」」」」


「よし、そろそろ目的地に着くから上級魔法を放てる者が前列に来るように隊列を組みなおせ!」


 この言葉で、黒龍騎士団と冒険者たちは、馬を走らせながら細かい移動を開始した。この場には選ばれたものしかいないので、非常にスムーズに隊列が組み終わった。


 そして数分後、テール草原に着き、さらに数十分後には標的の大きい背中が確認できた。上級魔法の射程は精々五十メートルなので、もっと近づく。


 幸運なことに標的はすでに交戦中のようだ。相手はDランクのブラックホースの群れで、上手く連携を取っていたようだが、ほぼ壊滅状態。

 恐らく、報告にあったバイコーンの捕食が目的だろう。Bランクの魔物の魔石を食べて、成長を促進させたいのだろう。



「標的は気を取られている!合図で魔法を放て!三...二...一...放てぇぇぇぇい!」


 凄まじい勢いで数十の上級魔法を飛ばした。



しかし、、、



ブラッディベアは無傷だった。



 「は?」



 そして怪物はゆっくりと振り返り、怒り狂った目でこちらを視界にとらえた。

 全員が固まっていると、Aランクパーティのメンバー-の一人が呟いた。


「ありゃAランクの『ブラッディベア』なんかじゃねえ。都市災害級のSランクモンスター『ヴァンパイアベア』だぞ!!!」


 Sランクモンスターとは本来、城郭都市バルクッドの全軍と全冒険者が相手して、なんとか勝利を収められるレベルのモンスターなのだ。しかも相手は大陸でも屈指の危険度を誇る「魔の森」のながれだ。


 カインは冷静に頭をフル回転させて考える。引くことは許されない。なぜならこの戦いにアインズベルク侯爵領の未来が託されているからだ。


すぐさま最適な戦略を練り、指示を出す。



「上級魔法を撃てる奴はその場で待機し、魔力が回復次第再び放て!近接主体の奴は半分ずつに分かれて、両サイドからやつ挟み込むぞ!絶対に魔法の射程範囲には入るなよ!」


「突撃!俺に続けぇぇぇ!」


「「「「うおおお!」」」」



 ヴァンパイアベアは思った。新しいエサが現れたと。

太く強靭な足で接近し、血の魔力を纏った鋭い爪を一閃すると、十匹のエサが死ぬ。

 さらにその余波でもう十匹のエサが吹き飛ぶ。


この化け物熊にとっては、単なる作業でしかなかった。



 「怯むな!絶対に諦めるな!俺たちが負ければ、この侯爵領は終わりだ。つまりこの帝国が終わるということだ!」


もし国防の要である侯爵領が壊滅したら、他国は嬉々として攻めてくるだろう。


 カインは何度も剣で受け止めるが、その度に吹き飛ばされすでに血だらけだ。だが諦めずに立ち向かった。

 黒龍騎士団の面々は、そんな主の姿を見て奮起し、冒険者たちもその熱を感じ取り、突撃を繰り返した。





 しかし数分後、この討伐隊は壊滅状態だった。


 半分は死に、残りの半分も重傷を負っている。




ヴァンパイアベアは考える。この魔力の豊富なエサを食べたらどれだけ成長できるだろうか、と。


 そう、この化け物熊は、魔の森の縄張りにいる魔物をすべて食べつくしてしまったので新たなエサを求めて出てきたのだ。さすがに他の高ランクの魔物の縄張りに入り、戦うことはしなかった。自分もただでは済まないからだ。


そしてこの後、Bランクのバイコーンというデザートが待っているので、思わず狂気的な笑みを浮かべた。またこの顔をみた討伐隊の面々は、本格的に心が折れてしまった。




カインは地面に倒れながら、思わず呟く


「ここまでか。すまない、我が家族、我が領民、そして我が国の人々よ」






その瞬間、圧倒的な光の奔流がヴァンパイアベアに放たれ、強靭な片腕を吹き飛ばした。



「チッ。外したか」



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 アルテが到着したときには、もう討伐隊は壊滅状態だった。何十人かは剣や杖を支えにして立っているが、遠くに見える親父は血だらけになって倒れていた。


 百メートルほど先に佇む全長六~七メートルほどの熊型の魔物は、勝利を確信して狂気的な笑みを浮かべている。


それを見た俺は


「よし、絶対に殺す」



怒りで一杯の頭を切り替え、冷静に光速思考を初める。


 あのクソ熊は、何かの属性の魔力を纏っている上に、分厚い鉄壁の毛皮を着ている。ゆえに、そこそこの魔力を込めないと貫通できない。あいつは跡形も残さず消し飛ばすと決めたので、早速魔力を貯め、日光と己の魔力を収束させて一本の太い槍のような光を放つ。



「ロンギヌスの槍」



これは以前に考えた高威力の単体攻撃だ。細かいレーザーを放っても、高ランクモンスターなら頭を貫けなかった場合、一瞬で回復してしまうのではないかと考え考案したものだ。


予想通り、間一髪で避けられ片腕しか消し飛ばせなかった。



あのデカ熊は、俺が膨大な魔力で何かを収束させているのを感じ取った。そして奇跡的な勘と反射で、間一髪避けたのだ。



「チッ。外したか」



ぶっちゃけAランクの魔物くらいなら仕留められてた自信がある上に、あいつはやたら魔力量が多いので、おそらくSランクだろう。


「たぶんブラッディベアの上位種であるヴァンパイアベアあたりか?」


そんな暢気なことを言っていると、熊の魔物は怒り狂った表情で鳴いた。


「グォォォォォォォォォオオオオオ!!!」


この声はバルクッドにも余裕で届いているだろう。



そしてすぐに臨戦態勢を整え、こちらに突進しようと身構えた。



 だが、光速思考をすぐに起動し、一番周りに被害が及ばずあいつを殺せる方法を考えながら魔力を貯める。

 まず俺が生み出した濃い光の魔力と普通の魔力を体と剣に纏う。あのクソ熊がやっていたことを一瞬で解明し、己の力とする。


ヴァンパイアベアが踏み出すと同時に、俺も今まで以上に足に魔力を込めて跳んだ。

その力は凄まじく、轟音を辺りに響かせながら、光の速度で標的に接近する。


 標的は認識できていないが、俺は光速思考を起動しているので、すべて見えている。


そのまま熊の顔の横まで到達して、光の魔力が込められた剣を一閃し、豆腐を切るよりも簡単に

首から上を切り落とした。



「遅い」





そしてその光景を見守っていた騎士や冒険者たちの誰かが呟いた。




 【閃光】と。





===========================================


 戦いで負傷者が出ることはわかっていたので、討伐隊には侯爵軍の医療班も随伴していた。

 遠く離れている場所で見守っていた医療隊も戦いが終わったと同時にこちらに来て、急いで怪我人の治療を始めた。


「親父生きてる?」


「あぁ、なんとか意識はあるぞ。体はぴくとも動かないが、アルの勇姿は見届けられた。アルがいなかったら、全滅して今頃あの熊に食われていたぞ」


「そんなこと言ってないで、さっさと治療してもらいなよ」


「いや、俺はこう見えて頑丈だからな。もっと重傷者に廻したのだ」


「そんなことだろうと思って、回復薬貰ってきたから飲みなって」


「ああ。ありがとう」


こうして回復薬を無理やり飲ませると、体の傷が塞がり、なんとか立ち上がれるくらいには元気になった。



本当はあのクソ熊は消し飛ばすつもりだったが、Sランクモンスターはどれも素材としての価値が高いので、首を綺麗に落とした。


 それにまだ仕事は残っている。討伐隊が到着する前にヴァンパイアベアと戦っていた、ブラックホースの群れに向かう。

この群れは壊滅した。一匹残らず重傷を負い、時間が経って血が流れすぎたのだろう。誰も息をしていない。


 だが群れに近づくと、リーダーと思わしき大きい個体の死体の影から血を流したバイコーンの仔馬が出てきて、俺の前に立ちはだかった。


「お前、群れを守ろうとしているのか」


そして暫く見つめ合う。理性の籠った目だと思った。


「いい目をしているな」


「ブルル」


仔馬は威嚇した。ちっとも怖くないが。


なんとなくわかる。こいつは相当頭が良い。それも、今の時点であのクソ熊と同等か、それ以上に。

 おそらく群れがあの熊と遭遇した時に、敵わないとわかっていたはずだ。でも群れの仲間を見捨てて逃げずに戦った。しかも、自分以外死んでいるとわかっていても俺の前に立ちふさがり、仲間の亡骸を守ろうと、俺を威嚇している。


 こいつは魔物のくせに情に厚くていいやつだな。よし決めた。


俺は無言で立ち寄り、さっきクスねてきた回復薬を、傷を負って動けない仔馬の口に無理やり流し込んだ。





 そして






「お前、俺と一緒にこい」

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