第8話再会した友人

「トレヴィル傭兵団のフレデリコだ」

 典型的な東トランス王国人は南部の訛りの強い男だった。

 海沿いの町トレヴィル出身で、そこから傭兵団の名前を取ったらしい。

 結成した町や出身地の名前を借りるのはよくあることで、同国人に売り込みやすいから、これに倣う傭兵団は多かった。


「マルコだ。女神の盾の端くれだが、傭兵扱いで頼む」

 マルコはそう言うと胸を二回拳でたたいて聖印を見せた。


「おお! その印はアウクシリア騎士団!」

 フレデリコはそう叫ぶと、三本の指で額に触れ十字を切った。

 その仕草は女神信仰のもので、女神を信じる民草は多かった。

 無学の彼らにとって、戒律が緩く解りやすい教義は受け入れやすい。

 そして、死を身近に感じる傭兵にとっては、死後に魂を救済し『ヴァルハラ』に連れて行ってくれるありがたい教えまである。

 傭兵たちに溶け込んでいったのは当然の事だった。

 戦いを生業にする彼らが恐れるものが自分の死後とは皮肉なものだが、彼らは救われることを願って神に祈るのだ。


「勇猛なアウクシリアの騎士が同行されるとは、なんと心強い事でしょう」

 握手を求められ、抱き着かんばかりに陽気にフレデリコは喜んだ。


 マルコがわざわざ騎士の聖印を見せたのは、信用を手っ取り早く得るためだ。


 カストラ正教国は女神信仰の国で、そこにに本拠を置くアウクシリア騎士団は女神の盾として有名である。

 名誉に誇りを持ち『勇猛果敢で敬虔な女神の使徒であれ』をモットーに、マルコが持つ五芒星の聖印には誓いが込められていた。

 その人気は絶大で、弱者の庇護に身体を張り、死を恐れず戦う集団としての姿は尊敬を集めていた。


「戦友の忘れ形見を届けるのが目的だ」

 アレスの頭を撫でながらフレデリコに紹介する。

「アレスです。お世話になります」

 ぺこりと頭を下げて言葉少なに挨拶をした。

 その姿が庇護欲を誘ったのか、フレデリコは途端に笑顔を見せるとアレスを抱きしめた。

「おうおう、心配しなくても大丈夫だ。こう見えてもおじさんは強いから」


 アレスはきつく抱きしめられながら、汗と埃に混じる血の匂いを感じて顔をしかめた。


     


 商隊の出発は二日後。

 テオドールは心配だからとごねたが、ルーカスに説得されて諦めたようだ。

 その代わりに馬は連れて行くように言われた。

 当初は領都に預けるつもりでいた。

 馬は餌を与えておけば良い生き物ではない。

 飼い葉と水は当然だし、汗を拭き塩を舐めさせブラシも掛けなければならない。

 厩舎のある宿が取れれば大丈夫なのだろうが、土地勘のないアレスたちでは水場一つ見つけられる保証はないのだ。

 だから諦めるつもりだった。


「馬の世話ならお手の物さ。まかせなさい!」

 旅慣れたソフィも同行するなら。

「にゃ!」

 もちろんララも一緒である。


「でも、二頭の馬じゃ足りないよね?」

「商隊と一緒なんだ。荷馬車を用意しないか?」

 マルコの提案でどうせなら馬を増やして荷馬車を引かせることに決めた。


「家の馬車じゃダメなのか?」

 親バカのテオドールはそう提案してきたが。

「却下」とアレスがすげなく断った。


 どうも貴族の常識では荷馬車は乗り物ではないようだ。あまりにもしつこいので、ルーカスを呼んで何か仕事をさせるように頼んだ。


「それはそれは、アレス坊ちゃま助かります。さあ! テオドール様、休息のお時間は終わりです」

「ちょっと! 待て! まだ約束の時間は過ぎてない!」

「はいはい、文句は仕事しながら聞きます」

 相変わらずの塩対応でルーカスはテオドールを連れて行った。

 小声でアレスに「助かりました」と告げて言ったので、忙しいのは本当だろう。


 周りでは屋敷に勤めるメイドたちが肩を小刻みにして振るえている。

「申し訳ございません。旦那様は久しぶりにお坊ちゃまにお会いできたので、はしゃいでいるのです」

 執事が笑いながらそう言った。

 貴族家で仕える者たちが、ここまで気安く出来るのは珍しい。またそれを許す主人の懐の深さも感じた。

 父のその姿に満足を覚えると、アレスはハルブレッドの森を思い出した。

 そして、ちょっとだけ父の事を見直すことに決めたのだ。


     


 荷馬車を引く馬を探しに馬具屋を訪れた。クロフォード家の出入りの馬具屋は貸し馬車も営む大きな店で、馬も揃えている。

 厩舎に案内され、好きに見てよいと許可を貰えたアレスは機嫌よく馬房に入った。


 馬たちはアレスが顔を出すと一斉に顔を向けた。

「家の馬はみな大人しい子が多いですよ」

 案内の馬丁がそう言って手前の馬の首を撫でた。気性が大人しく良く言うことを聞く馬が多いと自慢する。


「それにしても……お前ら今日はどうした? やけに行儀が良いじゃねーか」

 馬丁がさかんに首をひねるが、馬たちは並んで大人しく、まるでアレスが近づくのを待っているかのようだった。


「僕と一緒に旅に出る子はどこかな?」

 アレスは鼻歌を歌いながら、呑気に馬たちに話しかけた。

「えっ? あはは、それは君のご飯でしょ? 大丈夫だよ僕はお腹空いてないから」

 飼い葉の桶を鼻で押し出されたり、かまってくれと顔を押し付ける馬の姿を見て従業員が目を丸くしている。


「にゃにゃにゃ」

 ララも一緒になって参加していたから、ソフィとマルコも思わずニッコリだ。

 アレスは持参した野菜や果物を次々と与えて馬たちに声を掛けた。

「さて、どの子にしようか?」

 アレスがそう呟いたとき。

 ふと気配に気が付いて、目を向た。

 馬房の奥にジッと佇む黒馬が目に入ったのだ。

 黒馬は背に仔馬を庇いアレスを見ている。


「あれ? あれれ? 何でここにいるの」

「みゃっみゃっ、みうっ!」

 ララも何かに気がついたように飛び出していった。

 黒馬の足にしっぽを擦り付けて「みゃう、みゃー」と盛んに鳴いて仔馬にまで話しかけている。


 アレスが傍に行こうとしたとき。

「あああ! お坊ちゃん! その馬は気性が荒いから危険です! 早く離れて!」

 馬丁が慌ててアレスを止めに入った。


 それを聞いて、マルコが素早く動き、ソフィは背中の剣を抜こうとした。


 アレスは「大丈夫」と手で示し、黒馬の傍に寄っていく。


 静寂が辺りを支配した。

 誰かがごくりと喉を鳴らした瞬間。


 黒馬は突然、後ろ足で立ちあがり、前足を空中で振り回しながら『久しぶりだな森の子よ』と、気高く嘶いた。


「うん、久しぶりだね。元気にしてた」

 周りが息を飲むなか、呑気にアレスは友達に再会したのだった。



 結局アレスは馬を三頭買うことにした。


『我が妻と子を頼む』

 黒鬼馬のストームは妖精だ。気ままにあちこち出歩くのが日課でその日も森の外に出ていたのだ。

『街道を風のように駆け抜けていた時、出会ったのだ』

 ストームは恥ずかしそうにそっぽを向くと、そっとアレスに呟いた。

 一目ぼれしたと……。

『なっ! 何を笑っておる!』

 アレスはニヤ着く顔を抑えきれず、ストームに抱き着く

「おねでとう」の言葉を送ったのは言うまでもなかった。


 幻惑の魔法で潜り込んだストームは、口説き落とした牝馬と結ばれて子を生したのだ。

 馬丁を含めて誰も気にもしなかったのはそのためである。


 アレスは頼まれたとおりに馬具屋の主人に馬を買うことを告げた。


「ねえ? ストーム。森に帰る?」

 家族が出来たのだ。仲良く三頭で暮らすのかと尋ねた。


『馬鹿を言うな。アレスに付いていくに決まっておろう』

「ええ! でもちびちゃんはどうするの?」

『ふふふ、我が血を引くのだ連れて行くに決まっている。ああ、そうだ。飼い葉ばかりで力が出ぬ、肉を少し分けてもらおうか』


 力強く宣言したが、恥ずかしそうに強請るストームだった。

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