第7話 妖精の使い魔

 ソフィはアイグル・ザセクソン五王国出身の獣人だった。

 アイグル・ザセクソン五王国はヴァルデマ国の東に位置する小国群で、獣人族が王族として君臨している。五王国と言うように、統一された国家ではなく複数の獣人種族が集まる連合体に近い形で、複数の王が存在していた。


 ソフィはアムール族出身と名乗った。

 豪快に手にしたジョッキをあおる。


「貧しい暮らしに嫌気がさしてね、さっさと逃げ出したよ」

 領土が高地にあって貧しいアムール族は、虎系獣人での中では好戦的ではないらしい。

 それでも、売られた喧嘩を買わなければ舐められるのが獣人社会で、近隣との諍いは絶えないと言った。


「熊や犬っころを追い払うのも飽きたから、手っ取り早く傭兵になったのさ」

 獣人が傭兵になるのはよくあることで、いくつかの傭兵団を渡り歩いたソフィは現在、領都オルヴォーでくすぶっていた。


「色街の女の取り合いで壊滅するなんて、馬鹿の集まりだよね? あはは」

 傭兵団が解散したことで、ソフィは一人割を食った。

「誘ってくる連中は、どいつもこいつも胸しか見てねえ」

 そう吐き捨てて、お代わりのジョッキに手を伸ばすと、一気に飲み干した。

 傭兵仲間から誘われることは多いらしい、多少愛想よく振舞えば潜り込むことは簡単なのだと言った。女の傭兵はどうしても色目で見られるから、それは仕方がないとも言った。

「がはははは! そうか! それは災難だったな」

 マルコもあおるかのようにジョッキを打ち鳴らし「おかわりー」と店員に告げる。

「そうだろう? でも、あんたの飲み方最高だよ!」


 アレスは目を丸くして、次々と増えていく空のジョッキを凝視した。

「くそっ、この酔っ払いどもめ」

 アレスから見てソフィの見た目は確かに良い。良いのだが……。

「……最悪だ」

 騒ぐ酔っ払いたちに付き合っていられるかと思うアレスだが、ここは領都の外れ。一人で帰るわけにはいかなかった。


 赤髮の傭兵ソフィと飲み始めたマルコはすぐに意気投合した。互いにジョッキを突き合わし、飲み比べはいつの間にか周りも巻き込んで大宴会に発展していた。



「ところで、あんた達って何者なんだい?」

「ん? どうした」

「なに、大したことじゃないけど、あたしの感がささやくのさ。ただ者じゃないとね」


 昼のさなかのバカ騒ぎが続く中、周りの傭兵たちが酔いつぶれたころの会話である。

 ソフィは真剣な顔つきになった。

「どう見ても良い所のお坊ちゃんと、お付の護衛じゃないか」

「ほー、そう見えるのか」

 マルコは半目になりながら腰に手をやった。

「ちょいまち! 切られるのはごめんだよ!」

「ふん、まあ、ここで暴れるわけにはいかないか」

 アレスを見て、そう呟くとマルコはバツが悪そうに頭をかいた。

「おっかない人だな、まったく……肝が冷えたぞ」

「ふっ、心にもない事を言うな。何とか出来るだろうに」


 隣で会話を聞いているアレスは冷や汗が止まらなかった。

 さっきまでバカ騒ぎをしていた二人なのに、いきなりぶわっと魔力が膨れ上がったのだ。

 一瞬の事で気づいたのはアレスだけのようだが、腕には鳥肌が立つほどだ。思わず腰を浮かせていた。


「何だい、この子もかなりやるじゃないか」

「あー、試すのは止めておけよ。アレスに手を出したら本当に怖いのがやってくるから」

 マルコはチラッとアレスを見て笑った。


「で、いきなりどうした? アレスが良い所のお坊ちゃんだとしても、あんたには関係ないだろう」

「いや……そうなんだけどさ。この子が教えてくれたんだよ」

 そう言ってソフィは「ララ、出ておいで」と後ろに声を掛けた。

 声をかけられて飛び出したララは、長い体毛に覆われたユキヒョウの幼体だった。

「あたしの相棒のララだ。よろしくやってくれ」

 ララは喉を鳴らしてソフィに身体を擦り付けると、目を輝かせてアレスに飛びついてきた。

「うわっと! あはは、元気のよい子だね」

「みぁー」

「初めまして僕はアレスだよ」

 ララは挨拶らしき鳴き声をあげて、耳をピピピと揺らした。赤い首輪に使い魔の鑑札を下げたララの、愛らしい姿にアレスはたちまち笑顔になった。


「ララはあたしの使い魔なんだ。子供の頃から一緒」

 里の森で子供の頃に出会ったらしい。

 ユキヒョウの幼体に見えるララは妖精だ。妖精が使い魔になる事は稀ではあるが、よほど相性が良かったのだろう。

「この子が言うんだ。アレスは森の子だから、仲間にしてと頼んだらって」

 困窮していたソフィにアレスと会うように勧めたのはララだ。


 ララはソフィの事を一生懸命に話してくれた。

『困ってて大変なの』とか『嫌な雄が寄ってくるから追い返すのに苦労している』などだ。


 その中に『たまにご飯を忘れるので注意してほしい』があったのには笑った。


 アレスはここで、ソフィに対する警戒を解く事にした。妖精は悪心を持つ者に決して心を許さないからで、ソフィは信用できると思った。


 実はマルコの事も妖精たちに調べさせた事がある。

 その結果は『面白いー』とか『だらしないー』で、妖精はよく見ているとアレスは思ったものだ。


 アレスの警戒が解けたのを感じたのか、マルコは深く息を吐くと「なあ、ソフィ」と初めて名前を呼ぶ。マルコも警戒を解いたから、信用することに決めたようだ。

 もっとも、筋金入りの騎士マルコが全てを信用するとは考えられなかった。


     


 商人ギルドに顔を出したのは翌日の事だった。


「蛇の道は蛇ってな。俺たちが動くよりソフィに頼んだ方が上手くいく」

 ソフィに依頼を出した。

 商人ギルドで情報を集め、商人を探す役割だ。


 領都の商人ギルドは、クロフォード家の持つ商館の中にあった。

 どうりでテオドールが信用調査に自信がある訳だ。自分の縄張りの中で商人を飼っているのだから。


 忙しそうに出入りしている商人たちの混雑を尻目にソフィは何人かの商人に話しかけていた。

 ララは大人しくアレスと一緒だ。アレスは持参したおやつの干し肉を千切りながら時々与えている。

 周りの商人が愛らしいララの姿に「可愛いね」と目を細めて声を掛けていくが、アレスの与えている干し肉の正体を知ったら驚くだろう。

 野生の飛竜の干した肉は、金貨を積んでも庶民の口には入らない高級品なのだから。

 ちなみにマルコが「少し分けてくれ」と言ったので口に放り込んだら目を丸くしていた。

 それほど美味しいのだろう。


 ソフィは「おまたせ」と恰幅の良い男を連れてきた。

「ジュリアン・サレだ。商隊に同行したいと言うのは君たちかね」

 日に焼けた肌の典型的な白人は横柄な態度で尋ねた。

「ああ、フレデリク王国まで行きたいんだが、子連れなんでな。出来れば安全に旅をしたい」

「ふん、親子には見えんな? どんな関係だ?」

 流石に商人だけあって二人の関係に疑問を持つようだ。

「戦友の子供だ。母親の所まで連れていく」

「なるほど、父親は亡くなったのか」


 アレスとの関係を怪しまれないように考えた事情は、子供を母親の元に届ける戦友とした。


 長く傭兵をしていれば所帯を持つことも多く、子が出来るのも普通だ。足を洗えば別だが、ほとんどは家族単位で傭兵団に参加して仕事を続ける。

 どこの傭兵団を見回してみても、戦う連中よりも生活を支える人間の方が多いくらいだ。父親が戦う間、子供が雑用をするなど普通の事で、親が戦死すれば遺族のもとに子供を届けるのもよくある話だった。


「いざという時に、戦ってくれるのならば私は構わないが、護衛の許可は取ってくれ」

 荷主一人が仕立てた大キャラバンを除くと、商隊の責任は傭兵団が持つことが多い。

 複数の荷主では利害関係が複雑になるからだった。


 ジュリアンから傭兵団が利用している宿を聞いたアレスたちは、すぐに交渉するために向うことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る