第9話 出発

 予定通りにトレヴィル傭兵団は荷馬車を十輌引きつれて領都を出発した。

 商隊は先頭からゆっくりと動き始め、アレスたちは七輌目に入れられた。

 

「後ろは便乗する商人たちだ。いざとなったら見捨てても良い」


 フレデリコは打ち合わせでそう言った。

 先頭から六輌がジュリアン率いる本隊で、今回の商隊の中心だった。護衛を用意したのもジュリアンで、複数の出資者から請け負った荷物を積んでいる。


「ぶっちゃけ本隊が残れば問題ないんだ。それ以外は責任は持てない。まあ、あんたらは別だけどよ」

 アレスの頭を撫でながらフレデリコはバツが悪そうに言った。

「分かった。殿のつもりでいよう」

 マルコが答えたように、いざとなれば切り捨てられる位置が殿だ。

「悪いな」

「気にするな」


 アレスはそんなやり取りを見てため息を吐いた。

 実際のこと、危機に陥れば見捨てるのはアレスたちだからだ。


「いざという時は荷馬車を捨てて逃げるぞ。こっちは足の速い馬だし、身を軽くしたら追いつける奴はいない」

 マルコは仲間だけの会話でそう決めた。

 実際、アレスが連れる馬はハルブレッドの森で育てられた軍馬だった。竜馬と掛け合わせた特別な馬の中からアレスが選んだ。


「オーネもマネも良く走るからね」

 オーネとマネの名はアレスが付けた。どちらも牝馬で、せっせと世話を焼いたアレスに良くなついている。

 いまも、妖精が育てた果樹を貰って嬉しそうにしていた。


「ストームは大丈夫だよね?」


 鎧大熊の肉を貰って、むさぼり食らうストームはブルッと鼻を鳴らして『当たり前だ』と答えた。

「コクロもアニーもこっちにおいで、精霊樹の蜜をあげるよ」

 ストームの子は『コクロ』と名づけた。アニーは母馬で元からの名前だった。


 コクロはまだ乳しか飲めない仔馬だ。それなのに盛んに肉の匂いを嗅いでいた。

 黒鬼馬の血が騒いでいるのかもしれない。

 雑食の黒鬼馬は肉を特に好む。狩りが得意で大抵の魔物なら一息に倒す。


『群れを守るのは任せろ』と勇ましく言ったストームは、そっと肉のお代わりを強請るのだった。


 街道に出て長く伸びた隊列。先頭をフレデリコが馬に乗って先導する。トレヴィル傭兵団は総勢二十人。半分が荷馬車の左右を馬で随行し、残りは荷台で弓を使う連中だ。


 ストームに乗り、後ろを振り返ったアレスがマルコに訪ねた。

「後ろは誰が守るの?」

「それぞれ護衛は乗せてるだろう。ほとんどは冒険者だろうが」

 ざっと数えて後ろを付いてくるのは、七輌見えた。いつの間にか増えていた。

「殆どが新人ルーキーに毛が生えた程度の連中だが、狼を追い払うくらいは出来るだろう」

 ソフィが乗る荷馬車は小さめだが、キャラバン仕様の荷馬車はかなり大きい。後方は見えない位に隊列は伸びていた。


「今からそんなに緊張していたら、目的地に着くまでもたないわよ」

 不安そうに警戒しながら馬を進めていたら前の荷台から声をかけられた。

 フレデリコの子供のロルカが手を振っている。


「ねえ、そっちに行っても良い?」

「親父に怒られるぞ」

「マルコさん大丈夫よ。退屈したらアレスの馬車に乗っても良いって言ってたもの」

 あらかじめ許可は得ていた様子だ。

 十歳のロルカは見習いの兄たちと違って、荷物扱いだから飼い葉と一緒に乗せられたらしい。


 マルコは「分かった」と馬を近づけ、ロルカを抱き上げるとソフィの横に放り投げた。


「きゃっ!」と悲鳴を上げたロルカは「ちょっと! レディの扱いじゃないわ」と口を尖らし文句を言う。

「ははは、すまんすまん」

 まったく反省の色も見せず笑うマルコ。

 ぷんぷんと怒るロルカはひとしきり文句を言った後「きゃー! 可愛い」とララを構い始めた。

 さっそくソフィと、おしゃべりを始めて化粧やドレスの話で盛り上がっている。


 そんな賑やかな旅のはじまりにアレスは笑顔を浮かべた。そして、ようやく緊張を逃れたことに気が付いたのだ。



     


 荷馬車の流れはゆっくりだ。四頭引きでも難所が続けば、歩くことの方が早い。一刻二時間ごとに小休止を入れた一行は、太陽が昇るころに大休止を取ることになった。


 街道脇の草原は見通しもよく、水場も近くにあった。

 フレデリコの説明では、ここで二時間休み、馬の世話をするという。

 馬たちは疲れた様子で水を飲みに行った。


 後ろの隊列は残念ながら、かなりちぎれていたから、ここで合流させるのかもしれない。

 休息の時間がどれだけ取れるか心配だ。


 アレスはストームから降りて、大きく伸びをした。『鞍を外せ』と催促されたので、外してやると仔馬を連れて草原に飛び出していった。

 周りで疲れた顔をしていた、誰かの御者が口を開いて驚くのを見て「大丈夫ですよ。家の馬は元気ですから」と声を掛けた。


 軽く汗をぬぐう振りをして、浄化の魔法をこっそり使った。光の魔法は大変便利ですっきりとした。

 それを見ていたソフィが「ずるい」と言いだし、一緒にいたロルカも早くかけてとせがんでくる。

「周りに知られると大変だから、内緒にしてね」

 アレスは口止めをして二人に浄化の魔法をかけた。

 マルコが俺にも頼むと偉そうに言うので「自分でかけてね」と相手にしなかった。


 聖騎士マルコは光魔法を使えるのだ。

 下手だけどね。


 そんなやり取りはさっさと終わらせて、昼食の支度をすることにした。

 大抵の旅人は昼食を干し肉と水で済ませる。余裕があれば湯を沸かしてお茶を入れ、固焼きのビスケットとチーズをつまむが、これは貴族か裕福な商人くらいだった。


 だがそんな常識はアレスには通用しない。


 アレスは袋から金属の板を出すと、組み立て始めた。互いに差し込むように板を組むと簡単なかまどに変わる。そこに木炭を差し込み火の魔法を使った。

 指先からほんの僅かに出された炎はたちまち木炭を燃やしだす。

 アレスは鍋に水を張りナイフで干し肉を削ると、乾燥した野菜と塊を放り込んだ。

 ここまで一〇分も掛かっていない早業だ。


「それってドリュアス様から貰ったものか?」

 出発前にアレスが色々貰ったのを見ていた。何に使うのか見当も付かなかったが、目の前で見ると便利なのがよく分かった。

「うん、携帯の焚き火台で、何でも『あうとどあ』って遊びのための道具だって」

 マルコはアレスの説明を聞いても良く解らなかった。

「茶色い塊はなんだ?」

「ええとね、スープをずっと煮込んで最後に魔法で水分を飛ばしたの。それをぎゅっと固めた『キューブこんそめ』って食材だよ」

 マルコは余計にアレスの説明が解らなくなった。

『あうとどあ』も『キューブこんそめ』も聞こえてくるのは奇妙な音で、エルフの言葉でも無かったからだ。


 美味しそうな匂いが漂い始めた。アレスの周りではロルカが騒いでいる。

 食事の催促でもしているのだろうか?


「まあ、良いか」とマルコは呟き笑顔を見せた。アレスが不思議なのは、いま始まったことでは無い。


 次はどんな不思議を見れるだろうかと、期待しながらマルコは楽しんでいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る