第10話 りゅうのカミさま⑨

「アッツウィ! 熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛ああああああ!」



「村長さん。なぜこんなことを? 

 そこの龍神を討伐することは、貴方の村のためにもなるはずですが」


 ウィンに短刀を向ける村長に対して、俺は相手を興奮させないよう問いかけた。


「村のため? 何を言いますか。龍神様が余所者相手に無惨にやられていて、黙っていられますか!」


 __セレーナ、洗脳の類?


 __呪いの類であれば、聖域に入った時点で分かります。

 __巧妙な呪いで気づかなかった可能性はありますが、ヤマタノモドキにそれほどの能力があるとは思いません。


 まぁ、真意は会話で解明させよう。


「燃゛え゛る゛ーゥ!!!灼゛け゛る゛ゥォゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


「龍神様は、我々ムンドォーの民の神です! それを、他所者に退治されたとなれば、それはムンドォーの恥!

 その屈辱を味わうのであれば、女子供なぞ、そこらの余所者や奴隷で賄うほうが幾分もマシです!」


「あまり理知的な人間とは言えないセリフですね。 自分たちのコミュニティが安全で、なおかつ誇りが保たれれば、他人なんてどうでもいいんですか?」


「我々は神秘高きムンドォーの村人ですぞ!?」


「……で?」


「……?」


「ガャァァァァァア! 萌゛え゛死゛ぬゥゥゥ!!」


 会話が成立しない。

 おそらく、元から日本の京都人に似たような田舎者の思考回路なのだ。


 京都の町並みは歴史を感じる。

 けれど、京都人本人は偉そうにするほどできた人間性はないのに、自分たちが優先されるべきだと勘違いをしている。

 平城京だかに近い場所に家があるだけでヒエラルキーがある頭の悪い、救いようもない田舎モノの集まりだ。

 まぁ彼らにも、何かしら歴史的な誇りがあったのだろうが、それが自己中心的精神を肥大化してしまったのだ。京都人は哀れだが、悪いのは性格と頭と運転マナーなので早々に国外追放した方が良い。


 そう考えると村長の行動は呪いではなく、環境が生んだ悲しき思想なのだろう。

 ムンドォー村も、そういった類なので、呪いとは無関係に違いない。


「理解はしかねますが、最終確認です。

 貴方が今している、俺の魔道士にナイフを突き立てる行動は、『自分が住んでる土地の神が余所者に殺されかけているから、それを阻止するため』と見て間違いないですか?」


「それ以外何があるというのですか! 

 貴方がたは今まで暴力で我々を支配してきましたが、今度こそ屈しません!

 我々ムンドォーは、誇り高き神秘の民族!

 余所者ごときに、我々の神を殺させはしない! 例えそれが、よそ者の軽き命がいくつ失われようと!」


「熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱゛熱」゛


 随分と、いかれた思考回路を持っている。

 呆れる俺を尻目に、龍神様とやらはえらく機嫌が良さそうに、高笑いを始めた。


「ヒヒヒッ、人間というのは愚かなもの。

 知っているぞ、それは人質というのだ。

 一人の命で、多くの命が拘束されるのだ。

 ヒヒヒッ、まったくヒトとは愚かなもの」


 随分と、気色の悪い陰湿な首を残したものだ。

 下卑た笑いをするそれを、俺は冷ややかな表情で尋ねた。


「しかし龍神殿よ、貴方も首2つ失ったはず。型落ちの神秘で、無抵抗とはいえ俺達を滅ぼせるかな?」


 俺はどこか挑発的な表情をすると、ヤマタノモドキはニヤニヤ笑いで答えた。


「一時的に優勢になっただけで、随分と偉くなったな、小娘。……きさま、小娘か?

 まぁ良い。

 何にしても、貴様を喰らえば我は真の神秘を完成させる」


「アガゃがゃガァガガガがカバァバァバァバァバァ!! 」


 そりゃあ、節穴すぎるなぁ。

 もうとっくに、俺は男になってるはずなんだけど。


「それに1つ首と侮るなら頓珍漢も甚だしい!

 我が神秘を蓄えもせず、今まで首3本ぶら下げているとでも思うたか!」


 ヤマタノモドキがそう叫ぶと、彼の体から薄紫の神秘が溢れ出て、いつしかその神秘は実体として形となる。

 そして、1つ首だったものは、再び3つ首の龍となった。


「新しく首を増やすのは難くとも、再び生やすくらいはお手の物ということかな」


 俺は答えを期待しない独り言を放つ。

 蓄えというからには、5本くらい生やすと思っていたが、その程度らしい。


「まず潰すべきは聖職者と特筆な生贄の娘か!

 聖魔法は厄介そのもの! 

 そこのムンドォーの長よ! その聖職者が魔法の類を使えば、すぐにその小娘を殺せ! 

 動揺で、少しは優勢になるだろう!

 酒の力を借りれば、容赦なく小娘を殺せ!」


「わかりました、龍神様!」


 ヤマタノモドキは、その首3つすべてを使い、水の波動の神秘を練り始めた。

 おそらく、次に放たれる一撃は、これまでの全ての攻撃を凌駕する、最大の一撃必殺。

 それを、八折酒なしで防ぐのは至難の業である。


「さて。ウィン。こんな状況になってしまったな」


 俺は短刀を向けられるウィンに視線を送る。

 ウィンは少しばかり屈辱的な表情をしている。


「……」


「それ以上だまっていると、俺は『勝手に動いてしまうよ』。

 分かるよね? 俺は勇者なんだ」


 ウィンは俺の意地悪に対して、「ウゥゥゥゥゥ!」と唸ってみせたあと、


「助けてください、勇者様……」


 ちょっと瞳に涙を蓄えながら、意地を張るようにウィンは答えた。


「ほいよ」

 

 俺はクルミを人質に取る村長の首を斬った。

 宙に舞う村長の頭は、ポカンとしながら、「へ?」、と間抜けな声を出している。十数メートルくらいの位置から、彼が瞬きした短い時間の隙をつき、斬られたのだ。

 ワケがわからないのも納得であるが。


「お怪我はないでしょうかお嬢様」


 俺はお姫様抱っこでウィンを救い出すと、


「……はいはい」


 少しばかり不貞腐れ、目を逸らしながら、ウィンは答えた。


「さて、この人からはちゃんと報酬貰わないといけないからね」

 

 そう言って、俺は聖魔法をかけて村長の首を胴体にくっつけ、蘇生させた。


「へっ、は? あえ?」


 昨日何度も体験しただろうが、やはり蘇生という経験は慣れないものらしい。

 村長は動揺で言葉もまともにできない。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ」


「いつまで燃えてるの? クルミ……」


 何となくで放ったらかしにしていたが、ずっとうるさくしているクルミがすぐ近くで燃え転がっていた。

 俺は魔法でクルミに水をかけ、燃え盛るクルミを消火してあげる。


「こんなに燃えてるのに、誰も反応してくれなくて悲しいですぅ(´;ω;`)」


「まぁ、うん、ごめん」


 馬鹿みたいな身体能力で忘れかけるけれど、クルミは魔法の類が不得手だった。

 消化する手立て、無かったんだな。

 

「でもたかが一発喰らっただけで野性回帰しないでよ」


「それは面目ないですぅ……(;´Д`)」


 溶けたような顔で、クルミは謝る。


「阿呆阿呆!

 我の神秘を見て逃げ惑うかと思いきや、呑気な遺言を残しているとはな!」


 ヤマタノモドキが神秘を束ねながら、愉快に笑う。

 確かに、結構なエネルギーが俺達へと矛先が向いているみたいだ。


「セリーナ」


「はい」


「さっき、なんでクルミにアタッカーを任せて、聖域を防御に徹しなかったの?」 


 俺の問いに対して、セリーナは動揺し始めた。


「……とっさの判断で、攻撃をしてしまいました」


「クルミの奇襲が失敗した時、お前は真っ先にクルミの治療をしなかったよね。少しでも行動が早かったらクルミが野生回帰しなかったかもしれないのに。

 ヤマタノモドキの首を落とした時、なぜ油断せず、すぐに聖域を展開しなかった? ウィンが人質にならなかったかもしれない」


「……はい」


「最後に。セリーナ、なぜ君が攻撃をしているの? 仲間に加護の恩恵と守護を行う聖職者は、君だよ」


「……申し訳、ございません。

 つい、モドキの話を聞いていたら、感情的になってしまって……」


「気持ちはわかるし、それが君の良いところだよね。 けど、聖職者の心得を忘れるなら、たとえそれがどれほど能力が高くても、俺は勇者パーティにいらないと思う。

 意図して死球デットボールをするなら良い。けど、意図しない死球デットボールだけは絶対するな」


「毎回思うけど、倫理観が欠落した心得ね……」


 ウィンは呆れた顔で反応した。


「申し訳ございませんでした。

 ここまでの失態、これらはすべてセレーナ・グリスバチィにあります。マリィトワ神の友として、私はすべての罪を償います」


 セリーナは、厳かに態度で深々と頭を下げた。

 酒の力に頼り、聖職者らしからぬ感情的に行動する彼女の姿は、もうここになかった。


「じゃあ」


 俺は一呼吸おいて、後ろの方で神秘を束ね、攻撃に備えているヤマタノモドキを指さした。


「セレーナ、あの攻撃、1人で防いで」


 俺は思いついたように、適当な具合に言い放つ。

 そんな俺を見て、ヤマタノモドキは今まで以上に面白そうに笑ってみせた。


「バァカなコトを!

 ここにあるはムンドォー村まで滅ぼす神秘の咆哮!

 そこの小娘1人、神秘でやり合うまでもないわ!」


「って、あの人言ってるけど。

 どーする? セリーナ。

 俺がやってもいいけど」


 ちらりとセリーナを見ると、彼女は嬉しそうに微笑み、少しして口を開いた。


「いえ……。いえ、是非、やらせてください」


 そう言って、彼女は詠唱もせずに聖域を広げた。 少しばかり、焚き付けすぎた気がする。


「無垢ナ貴方ヨ。

 穢ナキ瞳ノ神秘ヨ。


 争イの刃ヲ許ス貴女在リ。

 灼ケル炎へ微笑ム貴女在リ。

 虚偽溢レル虚無デ座ル貴女在り。


 茨ノ道ヲ素足デ進ミ。

 一輪ノハヲ愛シム貴方ニ敬愛ヲ。

 

 マリィトワ神ノ加護ハ此処ニ在リ」


 セレーナを中心にして、煌めかしく輝く聖域が展開される。普段の、簡単な聖域より一層に強い輝きが放たれている。

 ふと、俺が視線を外すと、光の量子が綿毛のように宙を舞い、光る小人が愉快に戯れている。精霊の小人が遊ぶのは聖域の神秘の証。その地に潜む『秘めたるモノ』を呼び寄せている。


 あー、本気になっちゃったんだ……。


「酒の力を使わんかッ!

 良い良い! その純真と騎士道を持って、無様に滅びるも良いわ!」


 ヤマタノモドキの咆哮を解き放つ。

 濃密に圧縮した神秘のエネルギー、それは確かに、その先にあるムンドォー村まで届いてもおかしくはない。少なくとも、ここにいるウィンや村長あたりの生身の人間は五体満足で済まない衝撃が起こるだろう。


 しかし。


「“守護よ”」


 それを迎えるは、セリーナ・グリスバチの聖なる盾。

 神聖を極め、練り上げ、土地の神秘を小人の姿として映し出すほどの聖域の守護を担う盾は、ヤマタノモドキ程度の神秘を一切遮断した。


「な、なァ!?」


 自身の一撃必殺に対して、一切動じないほどの強固な盾に、ヤマタノモドキは、動揺を漏らした。


 セリーナは、マリィトワ信徒の聖地であるセリザイヤが誇る大問題児にして、マリィトワ神の唯一の理解者。

 聖魔法を引き出す素質に関して、彼女を超えるものは多くない。

 本来ならば、龍神などという仮初の神なんぞの一撃必殺はアクビをしながらでも防いでもらわないと困る。


「こ、このメス数匹ごときがッ゙!」


 ヤマタノモドキは血管が破裂するのではないか、と思うほどの勢いで神秘を放つが、それは蛇口を止めたシャワーのように、次第に勢いを弱くする。

 神秘、晒されたり。

 ヤマタノモドキの神秘の底は、すでに見透かされた。


 二度と、彼の者は我らに敵わない。

 人間どもに敗北をした神に、存在する意味はない。


「全くもって、無駄な時間を過ごしたと思う」


 俺は為すすべのないヤマタノモドキに向かって、独り言のように呟いた。


「雑食になったとはいえ、“アイツ”がお前程度の『龍』を『竜』と見間違えることなんてありえない。

 そもそも、感知できたかさえ疑わしい。


 ま……」

  

  俺は右の手のひらに神秘を束ねる。

  周囲に影響がない程度に、ヤマタノモドキを滅ぼせる濃度にまで神秘を凝縮。属性は炎。ギラギラと、迎えるものを苦しめてやらんと言わんばかりに炎は光る。


「な、何だソレは……」


 自身を滅ぼす炎を見て、ヤマタノモドキは目を丸くした。


「お前程度、期待外れ。失せろ」


 俺が炎を発射する。

 直視すれば目を狭めてしまいそうな炎の光を見て、ヤマタノモドキは叫んだ。


「美しいッ゙!

 喰わせろ! 

 その神秘は我のものだ! その神秘があれば大陸全土を支配するに不足ない!

 その神秘は我のものだッ!」


 ヤマタノモドキは、狂喜乱舞するように、その炎を喰おうと飛びかかった。

 しかし、たかだか小さな村でふんぞり返る程度の神秘のモノが、受け入れきれるような炎ではない。

 まるで狂うようにマグマに飛び込み、マグマを飲もうとしているかのように、それは体を溶かしていく。


 そんな哀れな神秘のモノを眺めながら、俺は呟いた。


「フォン。頼みがある」

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魔王を倒した勇者です。そろそろ許してください。 @real_de_yaruo

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