第9話 りゅうのカミさま

 獣人の高らかな咆哮と共に、大剣を携えたクルミが、龍神目がけて飛びかかり、その首の1つに剣を振り下ろす。


「くぅ〜〜〜! カッタッ!、堅いれすぅ〜〜〜!(,,゚Д゚)」


 歯軋りしながら大剣を叩きつけるも、龍神の頭がカチ割れることはない。


「小汚い獣人がッ!」


 首の1つは、怒号と共にクルミの大剣を弾く。

 空中で無防備になるクルミ。

 その隙を逃すまいと、残りの首2つが神秘のエネルギーを貯めていた。


「やっばっ……」


 逃げ場のないクルミに向けて、神秘の放射線が炸裂した。

 ウィンの情報によれば、ヤマタノモドキは水龍をベースにした龍神であるはずなので、おそらくは濃縮された水の波動であろう。それが直撃ともあれば、無事であるか考えるだけで恐ろしい……。

 

「クルミ!?」


 俺はとっさに、彼女へ声をかけた。

 攻撃を喰らったクルミの周りには、蒸気のような煙が立ち籠めていて状況が掴めない。

 普段であればこういったときはタンクの勇者が守るはずだが……今回ばかりはこいつらに任せると言った以上、俺は易々と手が出せない。

 

「セリーナ! クルミを癒やして!」


「は、はい! セリーナ・グリスバチィ。ソノ名ノ下、聖域ヲ広ゲル! クルミ・ラミキンノ傷ヲ癒セ!」


 神秘の光がクルミの周囲を包むと同時に、煙の中からクルミが姿を現した。傷だらけの体で落下しながらも、意識はあるようだった。


「Grrrr……」


 しかし、俺は聞いた。

 彼女が、ストレスMAXのゴロゴロ音を鳴らしているのを。


「shaaaaa!」


 クルミは目の色を菱形に変え、獣の様相でヤマタノモドキに飛びかかる。 

 マズい、クルミのスイッチが入ってしまった。

 獣人特有の、理性をフッ飛ばした野生回帰。

 こうなると、アイツは体がボロボロになってでも敵を殺そうとしてしまう。


「この下賤な獣風情がッ! 四肢を吹き飛ばして喰らい散らかしてくれるわ!」


「喰え! 喰え! 喰らえ喰らえ!

 獣人の神秘を喰らえ!」


「後ろの女2人も美味そうだ……、すぐに喰ろうからな」


 クルミが大剣を振るい、ヤマタノモドキはそれを弾く。

 クルミは百戦錬磨の獣人盗賊ではあるが、理性を飛ばした状況では頭が2つ多いヤマタノモドキのほうが手数が多く、空中ではクルミも動きが制限される。

 すぐにクルミは頭突きを食らって、吹き飛ばされた。


「“聖域ノ光ヨ、束ネ、集エ”」


 セリーナがそう唱えると、聖域の光はその領域を狭めるように、セリーナの周りを包み始める。

 高密度の光。

 これは、セリーナが展開した聖域のエネルギーを濃縮したものである。

 

「“穿テ!”」


 セリーナを包む光は、巨大な槍を型取り、ヤマタノモドキへと射出された。

 

「聖職の娘がッ゙! お前も楯突くか!」


 光の槍を迎えるは、ヤマタノモドキの水の波動。龍の首1つから放たれる水のエネルギーと、セレーナの光のエネルギーが激突し、火花を散らした。


 ___出力は互角ですか……。

 ___即興の聖域とはいえ、首1つと拮抗はプライドに傷がつきますね!


 セリーナが光の槍の出力を上げると、それを迎えるヤマタノモドキの首は唸りを上げた。


「何を押されているか。小娘1人に仕方がない……手を加えてやろう」


 そう言って、首の1つが水のエネルギーを圧縮し始めた。


「shaaaaa!!」


 その首を狙うは、もはやケモノと化したクルミである。

 大剣を振りかざし、エネルギーを圧縮している首に狙いを定める。


「黙らんか、この汚らしい獣が!」


 それに対し、手すきの首が、クルミをはたき落とした。

 やはり3つも手数があれば、チグハグなチームワークでは瓦解しかねるな。

 

「やい! 貴様、そこの飛び跳ねてくる獣もどうにかせんといかんぞ!」


「あやつくらいお前一人で何とかせい、そこの聖職者もなかなかの神秘をしておる。喰らえば我らの悲願達成の一助になろう」


「なれば報酬は聖職者の脳だ!」


「ならん、その獣の脚くらいはくれてやる」


「不公平な!!」


 そう言って、首の1つはクルミに対して小出力水の波動を放つ。

 クルミはそれを躱し、反撃に出た。


 首の1つVSクルミ。

 首の1つVSセリーナ。


 互いに拮抗しているように見えるが、残りの首がセリーナへ魔の手を伸ばしている。

 いま、新たな水の波動が加われば、セリーナの光の槍は一気に押し戻されるに違いない。

 ピンチか……?


 と、俺が危惧した瞬間である。


 光の槍は一気に、ヤマタノモドキの水の波動を貫き、首の1つを粉砕してみせた。


「なっ!?」


 すぐに加勢しようとしていた首の1つが、槍に貫かれた首を見て驚愕した。

 余りにも、唐突な出来事に、俺も少しばかり目を丸くした。


「この世の神秘には、それを晒し上げた弱点が存在するものよ」


 そう語るは、魔法を撃てない少女、ウィン・ティラミスコである。

 彼女は無い胸を堂々と張りながら、得意げに、そして、酒瓶を地面に溢しながら言葉を続けた。


「ヤマタノオロチ、それを亡き者に追いやった八塩折酒は必ず、モドキだろうと弱点になりうるわ。

 例えそれは、史実通り呑ませようと、ぶっかけようと、攻撃魔法に付与しようと、ね」


 ウィンは、ただ無闇やたらに酒を溢しているわけではなかった。


 セリーナの聖域、つまり光の槍のエネルギー源に対して八塩折酒を染み込ませることによって、ヤマタノオロチ用の特攻状態を付与していたわけである。


「このアホンダラがッ!」


 首の1つが怒りを露わにした。


「喰らう首が1つ減った!」


 対して、奇特な首は愉快に笑う。


「酒を持ってきた時点で八塩折酒くらい気づきなさい、読書が足りないのではなくて?」


「ファインプレーですわ、ウィンちゃん」


 セリーナはウィンに手を伸ばし、ウィンはそれに応えるようにハイタッチをした。


 ウィンは元々、学園都市・ツェーブの図書部を管理し、100万を超える蔵書の記録に当ててきた一族の末裔である。

 彼女の頭脳は膨大な秘書、禁書、生きている文字の情報群さえ記憶する歩く図書館。知識の多さという点で、この大陸に彼女に勝るものはいない。


 しかし、その優秀で特殊な体質故に、彼女は魔法が使えない。

 初歩の火球はもちろん、初歩の初歩、指先にライター程度の火を点けることさえ、彼女にはできない。


 だからこそ、彼女は知識で勇者パーティに貢献する。


 敵の弱点、自然神秘の特性、ダンジョンの罠などをすべて看破し、上回る知識で布石を撃つ。

 明確にルール、相性が存在する魔法神秘世界において、彼女の知識は絶大な効力を為す。

 あえて異名を付すなら、『神秘の案内人』。

 彼女の知識は、魔王軍幹部にして悪逆非道の参謀『スカータハ』との化かし合いに勝利し、パーティ全滅の危機を石ころ1つで撃ち破ったほどである。


「MYAGYAAAA!」


 息継ぐ暇さえ与えず、クルミがヤマタノモドキに飛びかかった。


「立ち向かうか獣よ!

 ならばその四肢から抉り喰らってくれようぞ!」


 そして、首の1つが大きく口を開け、クルミを喰おうとするが、俺はウィンがニヤリと笑ったのを見逃さなかった。


「セレーナ」


「了解、ウィンちゃん」


 ウィンの合図で、セレーナが指を鳴らした。

 すると、セリーナの指先から神秘の糸を伝い、クルミへと火花が走った。


「おいおい、まさかとは思うが……」


 この後に起こる光景を想像し、俺は不安を拭いきれなかったが、残念なことに想像通りの現実が現れた。


 セレーナの指先から伸びるその糸は、クルミが隠し持っていた『八塩折酒』の小瓶に繋がっており、糸を伝った火花は酒に引火し、爆発した。


「武ギャバ馬場バハマ、?!?、!??!! バナマナノカバカナバナカナタ!?!?」


 クルミは野生回帰さえ忘れ、おかしな悲鳴を上げた。

 確かに、知能が低い悲鳴なのである意味で野生的とも呼べるが、そもそもクルミは知能が低く、この悲鳴は野性的ではなくクルミ的な知能の低さなので、たぶん野生回帰は忘れてしまっている。


「これ、同意取ったんだよな?」


 神を酔わせるための酒が、八塩折酒である。

 ともなると、それなりの度数のアルコールなわけで、小さな火花1つでそれはクルミの体を火炙りにした。

 

「あっ、熱っウィ! あっぅぅ、熱っウィ!

 燃え、燃え……


 萌え萌えキュン! キュン! になってしまうれすぅ!!

 萌え系ケモっ娘ォ゙!」


「あ、大丈夫そう」


 クルミは全身火の車になりながらも、その大剣を叩き落とし、ヤマタノモドキの首の1つを粉砕してみせた。


「グァァァァァアアア!」

 

「ケモっ娘萌え萌えェッ゛! お還りなさい負け負け弱々ドラゴン情けな〜い♡ なんて全然好きでもなんでもないんだからね!」


 もう何を行っているかわからないが、とにかくクルミは確かにヤマタノモドキの首1つを討ち取った。

 なるほど、事前にクルミに八塩折酒を持たせておいて、それを戦闘中に引火して纏わせる作戦だったのか。

 考えているな。


「やっぱり盗み取っていたわね」


「そのおかげで、『火属性付与エンチァントファイア』できたし良かったですわ」


 あ、事前相談はなかったんだ。

 ウチのパーティは相互理解が高い職場でなによりである。


「ヴァぅつ!? あっっつぅぃい! 焼けちゃう焼けちゃう!」


「あのバカはダメみたいだし、セリーナ。残りの首は任せたわよ」


「ですわね。勇者様! その龍は私がトドメを刺しますので、クルミ殿を連れて戻ってきてください!」


 いやぁ、ホント。

 やれやれという感じなのだが。

 我が勇者パーティ、仮の名をエンドライバーは、俺抜きでも土着か何かの龍神様を倒すくらいの力はあったようだ。

 それが知れただけでも、この戦いに意味はあった。

 俺はホッと一息ついて、未だ燃え苦しんでいるクルミを拾うとした時、


 その声は高らかに、主張強く響いた。


「全員動くな!

 こいつの命がどうなってもいいのか!」


 その声を聞いて、それはハッと振り返った。

 そこには、ウィンに短刀を突き立て、人質に取っている村長の姿があった。






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