第8話 りゅうのカミさま⑦

☆☆☆


「喰わせろ!

 早くそいつを喰わせろ!」


 血気盛んな首が、けたたましく叫ぶ。

 大粒の唾が飛んできて、俺の頬にかかった。

 汚っ……。


「そいつを食えばすぐに四ツ首……いや、八ツ首になって余りある!」


「落ち着け阿呆!

 品位が落ちているぞ!」


「お前もだ阿呆が……」


 冷徹そうな首と、根暗そうな首が続く。

  

「それに今すぐ喰うのは惜しい! 

 村中の酒と川の幸を掻き集めろ! この娘はタダで喰うわけにはいかぬ!」


「俗にも美食を求めるか!

 品位が落ちたのはお前のようだな!」


「何を……ッ!」


「我は脳じゃ。コヤツの脳は柔らかく美味いのだろうな……。脳は絶対に渡さぬ」


「貴様……ッ!

 何を勝手に決めておるか! 早い者勝ちに決まっておろう!」


「……」


 しかしまぁ。

 流石はウィンだな。

 見事に、展開を的中させた。


 三ツ首同士の内輪揉め……それどころか、今までは相手の脳に直接語りかけるタイプのコミュニケーションをしていたらしいが、俺を見るなり声のコミュニケーションをしている。

 神と呼ばれるモノの品位が下がる、というのは中々面白い現象である。


 ま、それはいいとして。

 次の展開は……。


「龍神様、実はこの娘は聖都・セリザイアで幼き頃から修行を積んだマリィトワ教の女でございます」


 手錠をかけた俺を引っ張ってきた(フリをしている)村長が龍神へ言った。

 ここから先は、村長が言葉巧みに龍神を誘導することになる。


「そうかそうか! 聖職の者か!」


「得心が行く話だ。唯の小娘ではこうも穏やかで、しかして莫大な神秘を秘めているはずがない」


 龍神の首たちは、愉快に答えた。

 どうやら、神秘については文句がないようだ。


 俺は隙を伺って、茂みの奥で息を潜めているウィンやクルミ、セリーナに視線をやる。

 どうにも俺等の様子を見て、クルミとセリーナの2人には、心配するところがあるらしい。


「だいじょーぶれすかねぇ(^_^;)」


「確かに勇者様は美麗な少女へと変身しましたが、しかして純潔を穢したのに変わりありません。それも、男娼婦として身売りしたのですよ?」


 俺が縄で縛られて、龍神などという気色の悪い龍モドキ相手してるのにも関わらず、ずいぶんと悠長な雑談をしているものだ。

 つーか女の子のお前がやれよ、こういうの。


「私も神秘の徒の端くれとして、純潔の有無が神秘に大きな変化を及ぼすのは分かります。

 そして、神秘のモノの中には純潔を見分けるモノもいると聞きます。純潔ではないものを純潔と偽ること、それなりのリスクを伴うのでは?」


「安心しなさい、アンタたちが思うようなことは事は起きないわよ」


 ウィンは自信たっぷりに答えた。


「心配するようなこと、とは?」


 セリーナは確認するように尋ねる。


「勇者が処女じゃないって事実を、龍神が看破するかもしれないってことでしょ?」


 品のない言葉を使うな。


「確かに、そもそもあの龍は勇者にメロメロれすねぇ……。案外バレないかましれないれふよ?」


「ええ、しかし、騙るに堕ちるということもありますよね?」


「まぁ、そのリスクは有るわ。でも、まぁ見てなさい」


 ウィンは、まるで問題なく答える。

 ま、騙るに堕ちたらどんな事が起きるかは体験したことないが、ここはウィンに任せるとしよう。


「さて、龍神様。

 この度は上質な酒をご用意させていただきました。この女はセリザイヤから遣わせた使徒なのですが、その過程で大量の酒を持って参ったのです。

 それらも全て、我々村人には持て余すもの。

 なので龍神様に捧げます」


 そう言って、村長は大男たちに運ばせた大樽を見せた。

 大樽の中身は、件の八塩折酒である。

 ウィンと、少しだけセリーナが造った代物だが、実際は八塩折酒どころか酒ですらない。フォイフ川の水を汲んで、ウィンがそれを少し弄っただけだ。

 しかし、『下手に神秘に浅いものはあっさりと酔潰せる』。

 実際、盗賊姉妹は、あっさり酔い潰れた。

 

「良きかな良きかな! 最高の餌には最高の酒が付きもの!」


「錦上添花とはこのことか、はようその娘をこちらに寄せい。喰らう前に酒の一つでも注がせよ」


「此奴の足をツマミにしても良いか? きっと至上の味に違いない……」


 とりあえずプラン通り事は運べているようだ。


 しかし、まぁ。

 ウィンが弄り屋としてなら、スペシャリストと呼べる実力があるにしても、『俺が男であること』、『樽の中の酒が弄っただけの水であること』、なにより『ワーム《村長》の嘘』を見抜けないアタリ、この三ツ首も大したことはないだろう。

 八塩折酒による法則の踏襲がなくても、流石にセリーナとクルミだけで勝てそうなもんだがね。


「オイ小娘! さっさと酒をこっちに持ってこないか!」


 うーむ、全く怖くない。

 ぶっちゃけ、その気になれば小指を弾くだけでコイツ等の頭を吹き飛ばせるだろう。今さら近寄るものを壊さないよう気を付ける心配もないけれど、だからってこうも弱い生物に、演技とはいえペコペコするのも気が乗らない。

  魔王を倒す前だったらストレスもほとんどなく、演技に徹していたのだろうが、最近はそんな余裕もない。

 ムカつくし、吹き飛ばしてやろうか。


 そう思っていたところ、ウィンのやつが低い声で呟いた。


「勇者。大人しくツルーキャ街の豪氏に抱かれてたときみたいにしてなさい。じゃないと、これよ?」


 ウィンは鉄パイプを見せびらかした。

 こ、こいつ〜〜〜。


「ふっ、ふぇぇぇ……。食べないでください(´;ω;`)。僕美味しくないれす(;O;)」


「愉快愉快! 無様に泣きわめくわ!」


「死にたくなくばはよう酒を注げ。酒の進み次第でお前の寿命も伸びることになるぞ」


「お、お酒、いくらでも注ぎますので食べないでくださ〜〜い!」


「めっちゃ女になっとるやん……」


 ウィンが呆れるように呟いた。


「ふふ、凛々しい勇者様があのように愛らしい姿をしているのを見るのは面白いですわ」


「とりあえず、順調に計画が進んでいるようでなによりれすね(*´ω`*)

 あとは勇者様がコケティックゥ〜! にゴマをすってとにかく龍神様にお酒を呑ませれば!」


 なんというか、魔王を倒すために艱難辛苦を共にしたパーティの仲間の前で、なぜ俺は娼婦の真似事をしているのだろう。

 さっさと終わらせてほしいが、おそらく龍神様とやらが酔い潰れるまで彼女たちは次の計画に移らないつもりだ。

 こんな奴さっさと倒せよぉ……。

 

「言っておくが、ワレは神の名を連なるモノ。機嫌を損ねればどうなるかは知らぬぞ」


「ひ、ヒェぇぇ〜〜。こ、怖いです〜〜」


「この前のマリトワだとかいう神の遣いは愉快だったな!」


「ああ、信仰する神の名をしきりに叫んでいた気丈な小娘か」


「ああ、愉快だった愉快だった。まずは左脚を苦労でやったのだったな」


「次に右腕! 右腕が無くなったときは流石にマリトワの名を叫ばなくなったな!」


「左腕、右脚と奪ったあとで、我らは恐ろしい魔法をかけてやった」


「魂の在処を頭に留める魔法!

 こやつは恐ろしいぞ! なんせ四肢をえぐられ、胴を喰われたあとも意識を保つのだからな! たった1つの首の上で!」


「……こ、こわー、い」


 俺は平穏に答えた。


「あ~~~これはまずいれすね〜〜」

 

 後ろから、クルミの心配するような声が聞こえた。

 ウィンは「かもしれない」と答えたが、セレーナは無言でいる。


「この魔法の最高の瞬間はの!

 頭を喰われる時の女の顔よ!」


「さんざん気丈に振る舞いながらも、我らの恐怖を前に屈するあの姿は至上の甘味である」


「しかし、アレは駄目だったな!」


「駄目といえば何だ?」


「駄目といえばまだ8にもならぬメスではないか?」


「アレは最悪だ! 

 ただ泣きじゃくるばかりの赤子であった!」


「……」


 俺は返す言葉がない。


「まず我らを見た瞬間、恐怖で涙し、縮こまるばかりで何も反応しない!」


「しかし、四肢をえぐっても拷問しても、変わらないのは鳴き声。つまらんメスであった」


「父親と母親の名を叫ぶだけ。平坦だ」


「だから、そうだったな」


「あのガキは、我らが喰うに値しない!」


「死体はそこらのイノシシに喰わせてやったな」


「最悪も最悪! 醜悪な女よ!」


「せめて、生きたまま体がイノシシの群れにくわれるようにしてやったが」


「おそらくアレはずっと、父と母の名を叫んでいたのだろう」


「つまらぬ娘よ、恐怖を感じぬ無知。こちらが恐ろしく感じるわ」


 この辺りの記憶は、若干おぼろげだ。

 後から、顔を真っ赤にしながら怒っているウィンの説教を聞いて、知ったのだが。


 俺は、つい。

 カッとなって。

 一瞬だけ。


 勇者の剣を、顕現させようとしたらしい。


「Laー! Lalalalaー!!」


 それを遮るは獣人の高らかな咆哮。

 大剣を携えたクルミが、龍神目がけて飛びかかり、その首の1つに剣を振り下ろす。




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