龍脈救済編

第八話 火の地の精 ―― ① ――


 誰かが、静かに言葉を紡ぐ。


――――理不尽に抗いたくはないか。


 少女は答えた。


「私にはその資格がないから」


 三層、四層と連なる木々の尾根が、禅問答のようなやり取りを一室に押し込むように光を遮っている。

 木枝が揺れる。

 風が吹く。


――――戯言か。


 鼻で笑うように、少女の耳を撫でた。 少女の出立は汚泥まみれで、ここ数日の過酷な生き様をまざまざと見せつけている。 不規則な呼吸を抑え込むように、小さな手で胸元の布を掴み、天を仰ぎ見る。


「じゃあ、なんで神は私を見放したのですか」


 その問いは空を舞い、どこにもたどり着くことはなかった。 

 無音。 風音さえ言葉を渋るように間隙を辿ってくることはなかったのだ。 もしかしたら、自分を肯定してくれるかもしれないと淡い期待を抱くも、それは儚く消える。 

 途端に消えた音は少女の不安を駆り立てる。 自身が今どこに立っているのか、光も寄越さない地上では把握することも敵わない。 体勢を低くし、黒目を大きくしながら周囲を捉えようとする。 目は次第に周囲を霞ませる。


 ポン。


 一つの光の玉が少女の前を照らす。

 すると、そこから追随するように光は一つ、一つと小さな点が重畳し木の葉を揺らしていく。 突然の幻想的な光景に小さな口を、ポッカリと開け体を仰け反る。


「なに、これ」


 頭の処理が追いつかないあまり、開いた口は唾液を垂らし、恥ずかしくも腰は引け、地面へと座り込む。 少女はただただ呆然とこの景色を見ているだけしかできなかった。

 瞬間、小さな光は目の前にあった苔と蔦で覆われた石標に集まり、大きな風を起こしながら、一つのものへと姿を作り上げる。

 少女は、何度も目を擦るも変わらない光景に、諦めにも似た目で、そのものを畏怖を持って見つめる。 すると、そのものは小さく含んだ笑みを見せると少女を不思議な風と共に起こし向き合う。


――――もう一度問う。 理不尽に抗いたくはないか。


 その言葉はたしかに少女の目を揺らした。



    ◆  ◆  ◆

 


 なだらかな丘を登っていき頂に来ると、大きな円形のくぼみの中で赤く燃える岩漿は気泡を作りグツグツと熱気を滾らせている。

 ラグナを先頭に騎士や、教会のお偉方が後ろ手に待機をしている。 覚悟を決めたあの日から三年の月日が経ち、その顔立ちは少し大人びて見えるも相変わらずの可愛らしい童顔に変わりはない。 脇にはロイ、マヤが我が子を見守るように待機をしている。


「ラグナ様、大丈夫っすか。 無理って言っても良いんですよ。 帰って慰めてあげますから」


 ここまで来て帰ることなどないことをわかっていながら悪戯にからかうロイに苦笑いをするラグナ。


「そんな事しないってわかってて言ってるでしょ、ロイ」

「バレました」

「バレバレだよ」


 この状況に至っても自室と変わらない彼に少しの感心を覚える。


(相変わらずだなロイは、僕なんて心臓バクバクだよ)


 小さな手を胸に置き、大きく息を吐く。 

 ラグナはこの三年、ミドガルの救済のために自身の力を学び研鑽をしてきたのだが、初の実践でこの特異な力が上手く制御できるのか一抹の不安を拭えずにいた。 そんな気持ちを鎮めるように、何度か、「お力をお貸しください」と自身に小さく言葉をかける。 何度目かで少し気持ちが晴れたのか、呼吸が深く落ち着きを見せた。


 瞼を開け、赤黒い煮えたぎる景観を見つめる。

 すると、誰かに裾を引っ張られ後ろを振り向くと、そこには心配そうにこちらを見つめていたゾーイの姿があった。


「ラグナ様、大丈夫なのです? ギューッとするのです?」


 自分より少し小柄な女の子の大きな瞳に案じられ、きつく編まれた緊張の糸はゆるく解かれていく。

 ラグナは、ゾーイに微笑みかけながら小さな頭を優しく撫でた。


「撫でるなです。 私子供じゃないです。 おねーさんなのです」


 頭の上で揺れる白い手を振り解こうとするも、満更でもないのか、その手に力は入ってはいなかった。

 そんなゾーイに微笑ましく思いながら、手を離すと少し残念そうな顔をした。


(そういえば、ゾーイちゃん。 始めて会った頃から変わらないな)


 今まで気にしてはいなかったが、月日の流れを感じさせない姿に妙な好奇心を沸き立たせた。


「ゾーイちゃんっていくつなの?」

「ゾーイちゃんって呼ぶなです。 私はおねーさんなのです。 それに、女の人に気安く年齢を聞いてはだめなのです。 タブーなのです」

「そうだね。 失礼なこと聞いちゃってごめんね、ゾーイちゃん」

「ちゃんって呼ぶなです!」


 好奇心に負け失礼な質問をしていたことに、素直に反省するラグナ。

 だが、ゾーイは相変わらず呼ばれ方に不満があるのか呼び名変更デモを熱烈にしていると、マヤに後襟を掴まれる。


「はいはい、そこまでですよー。 ゾーイちゃん」

「マヤまで呼ぶなです。 ぶん殴るです」


 ラグナのときとは打って代わり、明らかな殺意が乗せられた攻撃がマヤの顔へ向けて繰り出される。 洗練された蹴りや拳を既の所で躱すマヤ。


「フッ―! 怖い怖い。 相変わらず血気盛んだねーほんと」


 あの頃から、ラグナはこの二人によくお世話になっていた。 目の前の攻防に動揺しザワつく騎士やお偉方も居たが、ラグナにとってはいつもの日常なのだ。 その光景を見ていると自然と声となって笑みが溢れ出す。

 この場にいる殆どは、今日このために集められた者達ばかりで、ラグナとは一切面識のないものがほとんどだった。 この場所までの道中も、普段決まった人たちとしか関わることがないラグナにとっては、すべてが慣れないことの連続で少し気疲れをしていた。


(エレナも一緒に居てくれてたらな)


 エレナとはあの出会い以降、何度か庭園で話すようになり、それがラグナにとっての日課になっていた。 だが、二年前ぐらいから、彼女はあまり姿を見せなくなってしまった。 何か気に触ることを言ってしまったのかもしれないと思っていたのだが、ロイが言うには彼女は今やりたいことのために勉強をしているとのことだった。 理由を聞いて嫌われたわけではないと安心はしたのだが、やっぱり一緒に来てくれたら心強かったのになと、すこしばかり思いに耽る。


「ラグナ様、心配しなくても大丈夫っすよ」


 何かを察したのだろう、ロイは一言そう言ってニカッと笑ってみせた。


「うん、そうだね」

「ラグナ様、覚えていると思いますが、龍脈の石碑に入れるのは世界樹の祝福を得た神子だけですから、もしなにか危険があればすぐその場所から逃げてくださいね」

「うん、ありがとう。 マヤ先生」

「いざというときには、この『キンキンひえ〜るver361』を使えば灼熱地獄もイチコロです!」

「あ、ありがとうございます。 マヤ先生」


 先程まで、真面目な言葉をかけられたと思っていたら、いつもの奇っ怪な魔工具を出され、やっぱりマヤ先生はこうでないとと納得しながら、苦笑いで答えた。


「どうしたんだ、ロイ副団長殿」


 マヤは、先程から後方を気にするロイに声をかける。


「いや、そういえば部下にちょいと伝えなきゃいけないことがあったのを思い出しまして。 マヤ先生、ラグナ様をよろしく」

「ロイ」

「ラグナ様なら大丈夫っす。 もしものことがあれば俺達がいるんで! 最悪の事態にならないためにも、部下に少しお灸をすえてくるだけなんで。 しっかりしろー!ってな感じで」


 いつも通りおちゃらけながら、叱る真似をしてみせる。 ラグナは笑いながら「なにそれ」というと、「再現っす」と誇らしげに答えた。

 そして、いつもの笑顔を向け、中指と薬指を立てウインクをしながら「じゃあ」と後ろの方へ駆けていく。


 ラグナはその姿を見守ると、目の前の景色へと向き直り、片膝を付いて手を合わせ、深呼吸をするようにゆっくりと目を閉じた。


「世界の理から産まれしもの、溶岩の間にて邂逅を願う。 炎火に続くかの地へと我を導き給え」


 紡いだその言葉が体に宿る光とともに目の前の溶岩湖に吸い込めれていく。 すると、火の海がラグナの目の前で2つに裂け一本の細い道ができる。 ラグナはゆっくり目を開き立ち上がるが、先程体から抜けた物が貧血のように体をふらつかせた。 周りの付き人たちが、支えようと動くが「大丈夫です」と手で制し、目の前に続く道のりへとゆっくりと進んでいく。


 両側に壁のように反り立つ溶岩が熱気を放っているが、思ったよりも暑さを感じないことに少し驚きを感じた。


(これが神子の力……?)


 自身に起きてることに少し動揺を見せたが、これからやらなければいけないことに目を向け歩き出した。

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Re:birth(リ・バース)〜信託の神子と九つの世界〜 すだち缶 @sudachikan

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