第三章 38話 寿満子の夫 可機田学 2 



 警察車両が到着した時点で部屋にいたのは、ヨシカズ一人だった。隣の男が聞いたたくさんの人はそこにはいなかった。通報者も実際に多数の人がその部屋にいたかどうかの確証はなかった。なぜ、早朝に窓から飛び降りて走り去ったのかはわからないが、追跡者もおらず、部屋の中には怪我をした男が一人いただけだった。


 次にヨシカズが警官から事情聴取を受けた。


 「私はこちらにいる渡辺志津子さんとお付き合いをしているものですが、彼女の友達の佐々木寿満子さんから相談を受けてまして。寿満子さんは最近、勤めていた会社やバイト先からクビを切られて精神的に追い詰められてて。自殺願望というか攻撃的衝動というか・・・いろいろ不安定だったんですよ」


 ヨシカズはため息交じりに事情を話し始めた。


 「僕もあまり深入りしないようにしてたけどかわいそうで。朝も夜中も関係なしに連絡してきて、来てくれなきゃ死んじゃうって寿満子さんが言うわけですよ。それで仕方なく、彼女が思い止まるように説得していたんです」


 警官は怪訝そうに話を聞いていた。志津子が口をはさんだ。


 「寿満子はそのあと、私のとこにきたんだね。失礼な子だわ。」


 「2階から飛び出したから、心配してたんだよ。」


 ヨシカズは眉を下げて志津子に言った。


 通報した隣人が、最近の寿満子は栄養失調気味なのか目が虚ろで少しおかしかったと同調した。


 「ヨシカズは私の彼氏なのに自分の夫だと言い出したんだよ」


 「そうなんだよ。最近は僕が寿満子さんの夫だという妄想をしていて、何度否定してもそう言うんだ」


 「ヨシカズがあの子を相手にするからよ」


 「俺の彼女の親友だろ?心配するのは当たり前じゃないか」


 「ヨシカズは優しすぎるわ。私以外の女に優しくする必要ないんだよ。もうやめて」


 志津子はヨシカズの手を握って頬を膨らませて見せた。


 その様子を見ていた警官が志津子に訊ねた。


「それでは佐々木寿満子さんと渡辺さんは会ったんですね。彼女は自発的に2階から飛び降りてそこまでいったんですか?」


 「2階から飛び降りたことは聞いてないわよ。彼氏と喧嘩したって言った。その彼氏ってヨシカズのことだったんだね。厚かましいわ」


 「彼氏と喧嘩か」


 警察官はヤレヤレという顔をした。


 「誰かに突き落とされたとか、部屋に多数の男が押し入ったという話は聞いてますか?」


 「そんなこと聞いてません」


 二人の話を総合すると、友人の彼氏を自分の夫だと妄想した女性が、自殺すると脅してその男性を早朝に呼び出して喧嘩になった。その後、彼らは痴話げんかの結果、男は頭に負傷し、女は2階から飛び降りて友人宅に駆け込んだ。被害者の男性は被害届を出すつもりはない。


 通報者はその騒ぎを多数の男性が押し入った事件だとその騒音で感じたが、実際には2人の男女の痴話げんかにすぎない。となると警察が介入する事件ではない。


 警官は「ご近所迷惑になるので、今回のようなことは控えてくださいね」と告げ、大家さんに鍵を閉めてもらった。


家主が帰ったら大家から注意してもらうことで事件を終了とした

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才谷隆一郎の事件簿 自衛隊琉洲奈島の事例 おがさわら りえ @RIe-Ogasawara

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