第二章  第24話 #9-6 中田与志男三曹 呼吸停止

 「なんだとっ?」天寺も怒鳴り返して一瞬手が止まった。

 「声をだしても手は止めるな! バカっ」隆一郎が叱り飛ばした。

 「バカとはなんだ。バカとは!」天寺は怒鳴り返したが、今度は手を止めなかった。

 ダメだ。天寺も所詮は素人だ。


 心臓マッサージは1分間に100〜120回で胸を押すのだが調子が合わせられない。


 迷っている時間はない。即座に指示を出した。

 「パメラ、大きな声でカエルの歌を歌え!」

 「カエルの歌ってなんですか?」

 「カエルの歌が聞こえてくるよ。そういう歌い出しだ。大声で歌え!知らんのか?」

 「はっ……はい?知ってます!」

 パメラがこの非常時に何を言い出すのかと、戸惑った顔をした。

 


 「いいから、早くっ。大声で歌え!」

 隆一郎は怒鳴った。

 「はいっ!」

 パメラは仕方なく歌い出した。(なんなんだろ、これって……。)

 「声がちいさい!もっと大声で!」

 

 鋭い声で指示が飛ぶ、顔つきも病院長から海上自衛隊三等海佐に変わっていた。

 「はいっ! 」

 パメラが直立不動でになって「かえるの歌が……」と半ばやけっぱちの大声で歌い始めた。その場面だけだと、まるで訓練のようだ。

 「天寺さんも一緒に歌って」

 「なんだと?」

 天寺がドスのきいた声で聞きかえした。かなりムカついているようだ。

 

 天寺の心臓マッサージは訓練を受けたために方法は適格だが、リズムがおそい。1.2.3.4と数を数えるテンポが最初から狂っている。

 

 天寺還郷あまでらげんきょうはボストン大学に短期留学していた。ボストンにはマサチューセッツ工科大学もある。工学系に進まず、ボストン大学になったのはひとえにその英語の発声にあった。天寺警備隊長の英語の成績はとても優秀で、米国の陸軍大学でも十分に授業の内容を理解できる。筆記試験ではトップクラスの成績で、短期研修でその英語力は実証済みだ。だが、彼はしゃべれないのだ。イントネーションや発音のテンポが微妙に狂ってしまう。だから、天寺の英文論文は完璧だが、発音ではじかれてしまう。

 

 彼はたぐいまれなる天性の音痴だった。だから、心臓マッサージのリズムも崩れる。

 

 隆一郎は時折、心臓マッサージを天寺と変わり、歌を歌いながら歌のタイミングでリズムを同期するように教えた。どうやらこの歌のリズムに合わせることは可能なようだ。発音はダメだが、耳は少しマシかもしれない。

 

 「この現場は医者のオレが指揮する。指示に従ってくれ!」

 隆一郎は全員を圧倒する大きな声で怒鳴った。

 全員がビクッとした。

 

 「患者の命がかかっているんだ!やってくれ!」

 隆一郎はかなり早いテンポでカエルの歌を歌った。

 「天寺さん、このリズムで歌って。1分間120回に合わせて。」

 

 「才谷……。オレに歌えだと?」

 「いいから、怒らないで。アンタの仲間でしょ?しっかり歌って!」

 「了解!」口元は不満でとがっていたが、天寺も大きな声を出して歌い始めた。やっぱり激しく音痴だった。だが、気にせず歌わせた。次第にほかの人の合唱に合わせて天寺の歌のリズムが修正されていく。

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