第二章  第17話 #8-3 下琉洲奈監視所 吉村パメラ

舗装されていない山道の先に海上自衛隊・下琉洲奈監視所はあった。ちいさい建物ながらもヘリポートがある。

 このレーダー監視所以外に建物は無く、自衛隊員の他は近寄りそうもない場所だった。


 すでに海上自衛隊員がゲートで待っていた。天寺警備隊長の車に敬礼し、駐車場へ誘導した。

 

 九十見士長はすぐに天寺警備隊長側のドアを開けて敬礼した。

 続いて隆一郎も車外にでた。九十見が基地内に進もうとするのを隆一郎は左手で遮った。

 

 「九十見さんはここでストップ。天寺さんと私が中田与志男さんの隔離室へ行きましょう。私は先に準備があります。屋外のほうがいいので、玄関先を借りられますか?」

 

 隆一郎は出迎えた自衛隊員に聞で入り口前のポーチに車のトランクから取り出したマゼンダ色のカートを置いた。皇帝ペンギンの特大シールがニヤリと笑っている。

 そのカートを開けると内部は細かく仕切られ、小さな小瓶に入っている注射薬や経口薬、一升瓶の液体、赤い弁当箱のようなもの、防護服、ヘアキャップ、N95マスクが整然と納められている。

 

 自衛隊の教育機関に防衛医大があり、医官や看護官、薬剤官といった医療スタッフがいる。

 

 防衛医大病院や自衛隊中央病院といった指定感染症医療機関でもある総合病院も自衛隊にはある。


 約24万人いる自衛隊員全員に対して自衛隊の医療スタッフは看護官などもいれて900人余りしかいない。その大部分が自衛隊病院に集中しているため、自衛隊の個別の部隊に医官がいることはほとんどない。


 護衛艦や潜水艦、航空部隊でも救難を抱える拠点には診療所はあるが、ほとんどは衛生隊長と呼ばれる准看護師免許をもつ隊員がいるだけだ。

 

 准看護師では医師の指示がなければ注射や点滴などの医療行為はできない。


 結果、自衛隊のほとんどの基地・駐屯地では、発生した傷病を自衛隊の部隊内で治療できる場合は少ない。


 例外として、巨大ないずも型護衛艦や海賊対処で海外への派遣が決まった護衛艦や練習艦隊といった特殊な環境の部隊には医療スタッフが同行する。自衛隊の基地や駐屯地、特にレーダー監視施設は辺境の地にあることが多い。人里離れた場所で傷病が発生してもすぐに治療はできない。

 

 新型コロナ感染症に対して自衛隊病院も一般の感染者を受け入れている。またワクチン大規模接種会場も運営しており、ただでさえ少ない医療スタッフが借り出されるため、自衛隊の基地内の医療事情は崩壊状態だ。

 

 「これは酒か?」

 天寺が興味深げにカートの中を覗き込み、緩衝材で保護された一升瓶を指さした。ゴムバンドで固定されている。

 

 「酒にもなりますよ。警備隊長、いかがですか?」

 取り出して、天寺のほうに持ち上げて見せた。

 

 「いらん」

 「エタノールです。純度が高い薬品ですが、薄めたら酒の代わりになります。」

 「消毒用アルコールか?」

 「そうです。消毒用といっても飲めますよ。そのままだとアルコール度数70%ですから、飲むときははお茶割りにしてます。」

 「本当に飲んでるのか」

 「酒がどうしても手に入らないときにね。まあ非常用ですね。」

 

 フンと鼻で笑って天寺は先にいくと告げた。


 隆一郎と九十見、海上自衛隊の隊員一人をのこして誰もいなくなった。隆一郎はゴム手袋を手にはめた。

 

 隆一郎の申し出で基地内からパイプ椅子が運び出され、玄関先に即席の屋外診療所ができあがった。

 屋内の会議室で診察することも考えたが、感染症であれば九十見を基地内に入れないほうが二次被害は少ない。

 

 隆一郎は少し離れた場所で不安げに待っている九十見を呼んだ。


 「さて、診せてくれ」と断ってから、九十見の右腕を取った。九十見は頷いた。

 

 右腕の制服をめくりあげると手首から少し上に腫れがあった。

 腫れものの中央部分に大きな黒いカサブタがある。

 

 

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