第二章  第16話 #8-2 下琉洲奈監視所 吉村パメラ


  女性隊員を基地まで送り届けてから、九十見の車で光点のあった今郷町の金田城跡水路入り口へ向かった。


 中田と九十見の探索でパメラの見た船はなかった。しかし、不信なドラム缶を発見した。

 

 波打ち際に置かれた新品のドラム缶は、流れ着いたわけではなかった。

 わざわざ人の手で満潮でも沈まない大きな岩の上に置かれていた。


 その辺りは大きな船舶が停泊できる場所はない。上陸するなら沖合からゴムボートに乗り換えてくるしかない。周囲には民家も無い。誰かが上陸したとしても目撃する者はいないだろう。もちろん、徒歩でやってきた誰かが置いていった可能性もある。


 船影は見つからなかったが、不審なものは見つけた。誰かがこのあたりに来たのかもしれないと報告するだけで、少しはパメラの気が晴れるかもしれない。あの女性海上自衛官(WAVE)がこれで気が晴れればいいなと思った。観光客か釣り客が彼女のみた光点であったとしても、すくなくとも波頭を見間違えたわけではないと自分に言い聞かせることはできるだろう。

 

 中田にはパメラと年恰好が似ている妹がいた。妹は両親が年配になってから生まれた子供だったので溺愛された。妹は母によく似た腫れぼったい一重瞼だったので、思春期になるとその目に強いコンプレックスを持った。

 「お母さんのせいで私はブスに生まれてきた。これじゃ、私をかわいいって言ってくれる人なんてどこにもいない」

 そのころから妹は家族や友人を避けて学校を休みがちになった。かろうじて高校は卒業し、電話オペレーターの仕事についた。

 容姿へのコンプレックスで声以外に自慢できるところがないからだという。

 

 中田は妹の目は確かに細いが知性的に見えるよと慰めた。


 だが、妹の言うには日本中の男はパッチリした大きな瞳でないと女として相手にしない。


 吉村パメラ3曹は妹が憧れた大きな黒い瞳を持っていた。妹はきっと吉村パメラのような容姿になりたかったんだろうと思う。

 

 その妹はずっと私なんて絶対に男性から声をかけてもらえないと言い張っていたが、就職直後に会社の上司に見初められさっさと結婚した。

 思春期のコンプレックスはどこにいったのか、今では「旦那は私にベタ惚れでなんでもいうこと聞いてくれる」とノロケを聞かされる始末だ。思春期の女性の悩みなんてまともに聞いちゃいけないと思った。


 

 吉村三曹はパメラという名前から、両親のどちらかが外国の人なのか聞いたことがある。


 自衛隊内では親がアニオタだったのではという噂も流れたが、どちらも違っていた。

 

 彼女がパメラという印象的な名を持つのは、宝塚歌劇団のせいだった。両親の初デートが宝塚歌劇鑑賞だった。その歌劇にはかわいらしい王女様「パメラ」が主役だった。吉村家は初デートの王女様の名前を娘に名付けた。彼女の名前は由緒正しい歌劇の王女様に由来する。

 

 中田はパメラにをレーダー監視員として独り立ちさせなきゃなと思った。

 

 その日の探索の成果はそのドラム缶だけだった。


 ドラム缶の中には白い粉末がファスナー付きパックに入っていた。中田は粉末パックを開けて中身を嗅いでみた。粉末は無臭だった。ただ、かなり酒がはいっていたので臭覚が正常だったかはわからない。元の小型ドラム缶にパックを収めて密封した。


 誰の落とし物かはわからないが、いったん基地に持って帰り後日警察に届けようと思った。


 小型ドラム缶は下琉洲奈監視所隊舎内の中田の居室に保管された。

 その次の日から中田は仕事や当直に追われ、すぐに警察に届けることはできなかった。気がつけば持ち帰ってから1週間になろうとしていた。

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