第二章 9話#6-2 琉洲奈島陸自警備隊長 天寺還郷一佐

 アナウンスがあり、桟橋のゲートが開いた。桟橋を歩いてゆっくりと歩いてくる乗客の流れを縫って毛皮を着た女が小走りで通りぬけていった。少し後に不似合いな濃いピンク “マゼンダ” 色のペンギンカートを引いた中年男がゲートから出てきた。自分が持つ「才谷様」のカードを指さし、次にそれは私だと自らの鼻先を指さした。

 

 その派手なカートを引っ張っている男はタレントではなかった。自衛隊員モドキだった。自衛隊員は自衛隊員を見抜く目を持っている。その中年男の荷物を持っていない方の手がずっとグーだった。行進の練習を繰り返すと、自衛隊員は歩くときには手を握り締める癖を持ってしまう。ペンギンカートの男もそうだった。

 「才谷です。お世話になります」

 

 その男はすぐに九十見の隣に来て、手短に挨拶した。

 

 案内カウンターの横に立っている天寺に会釈して、才谷は下船口から小走りに走って出て行った女を目で追った。建物をでて左に曲がって歩道を歩いていた。自衛隊の琉洲奈警備隊の駐屯地のある方角だった。

 

 「才谷先生、何か気になることでも?」

 気づくと背後に天寺が立っていた。毛皮の女は速度を落としたもののどんどん遠ざかっていく。その女を天寺も見ていた。

 「毛皮なのに寒そうですね」

 九十見もつられて二人が見ている女を目で追った。隆一郎は得体のしれない不安を感じていたが、女の様子がおかしいというだけで二人にこの不安感を説明することはできなかった。

 「いや、たぶん、なんでもないでしょう。気のせいです」

 

 隆一郎は女から目を離し、天寺警備隊長に向き合って改めて丁寧に挨拶を交わした。

 「よく来てくれましたね。才谷先生。」

 天寺はニヤリと笑った。

 

 「天寺警備隊長、お久しぶりです。また、お会いできて光栄です。」

 「才谷先生、ご表情からお察しいたします。さぞかし琉洲奈島への訪問は気が進まなかったと見えますね」

 隆一郎は内心では、誰だってアンタに会うのは嫌だろうと言い返したかったが、顔には笑顔を張り付けていた。自衛隊という組織の中で階級が上の幹部に対しての所作はわきまえている。

 

 「警備隊長、私の顔は生まれつきの仏頂面ですから、お気になさらず。」

 うまく逃げたなと天寺は唇の端をクイッっとつり上げて苦笑した。しかし、それ以上は何も言わなかった。

 「では、本題に入る。まずは海上自衛隊の下琉洲奈島監視所に向かう」

 

 その言葉と目配せだけで九十見は車に向かって足早に動き始めた。警備隊長用の公用車は黒いセダンだ。ピカピカに磨いてある。二人は九十見の後に続いた。

 隆一郎が天寺に小声で尋ねた。

 「目的は海上自衛隊の患者ですか」

 天寺は耳のあたりを抑えるハンドサインで返した。その情報はすでに聞いているという意味をあらわす。

 「才谷先生は地獄耳だな」

 「耳はいいようです」

 「耳がよければ、それでいい」

 

 

 隆一郎は陸自の後に海上自衛隊へ寄るつもりだった。吉村パメラ海曹に予定が早まったことを伝える必要があるか考えたが、早く到着しても問題はなかった。

 

 公用車の後部座席ドアを九十見が開けた。二人は後部座席に乗り込み、車は静かに目的地に向けて走り出した。窓からあの毛皮の女が見えたが、すぐに追い越した。

 

 琉洲奈島は東西に二十キロほどある島だが、厳密には1つの島ではない。琉洲奈南島と琉洲奈北島が人口建造物の橋でつながっている。さらに合計百七の有人・無人の島が点在する形で、海岸線は非常に複雑になっている。


 港のある新厳原町はその島々の玄関口で、旧琉洲奈藩の居城もあった。島で最も人口が多く、ホテルや飲食店などが立ち並ぶ観光客で賑わっていた。


 やはりあの女も新厳原町にいくのだ。追い越しざまに振り返って女の様子をもう一度正面から見た。観光客とは思えない。手荷物すらない。博多港で一枚だけ彼女を撮影した写真がある。あの写真は残しておこう。

 

 隣でタブレット画面を見つめていた天寺は、ある画像を隆一郎に見せた。古い木造船の残骸のようだ。朽ちた船体は海藻や草木に隠れていて一部しか見えない。崖下の木造船を上から撮影した写真だった。


 「木造船ですね。国籍や持ち主は?」

 「調査はこれからだ。偵察隊を出した」

 天寺はさらに別の写真を見せた。水中スクーターが木立の中に隠されていた。

 「水中スクーターが近隣で見つかった。船はかなり切り立った崖の下だ」


 天寺が木造船と水中スクーターの位置が記された地図も見せた。

 「またですか?」


 渡されたタブレットを返しながら訪ねると、天寺は小さく頷いた。


 隆一郎は両手で目を覆った。こうすれば嫌なことを見ないで済むおまじないのように目の周りをこすって髪をかき上げる、車の天井を仰いだ。何が起こるにしても確認しないわけにはいかない。その事実は変えようがない。

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