第二章 8話#6 琉洲奈島陸自警備隊長 天寺還郷一佐

(第2章)

 早朝、天寺還郷は迎えの車に乗り込むとすぐに新厳原港の時刻表を確認した。警備隊長専用車には何本か立て続けに電話が入った。どの電話にも短く答えると、タブレットを広げて必要な資料を確認した。その間に陸上自衛隊琉洲奈警備隊の正門に到着した。守衛は指揮官だけに行われる捧げ銃(ささげつつ)の敬礼で出迎えた。

 

 天寺は身長170㎝ちょうどで隊員の中では小柄な男だが、習志野で空挺の隊長も引き受けた精鋭だ。肩から首にかけての僧帽筋の盛上りのシルエットだけで彼が指揮所ですわっているだけの幹部ではないことが簡単に想像できる。太い眉と眼力が西郷隆盛のような胆力を感じさせる。一言も発さずとも威厳のある警備隊長だった。


 隊舎の正門で定例の出迎えと定例報告を受けた。服務中諸事異常なしとの声が上がる。「よし」と短く答える。ピクリとも表情が動かない。運転席の九十見醒惟(くつみせい)士長は、今日の指揮官送迎を務めるよう天寺警備隊長から命令を受けていた。昨夜、警備隊長直々に送迎を命じられのだ。


 「迷彩服、N95マスク、皮手袋、雨合羽を用意しておけ」

 

 自衛隊員には迷彩服が支給されているが、客人用とのことだった。客人に迷彩服を用意する理由が想像できなかった。いったい誰が、どんな目的でやってくるのか気になった。

 正門脇に2台の軽装甲機動車があった。反対側に偵察バイクも2台ある。各々別ルートで動く予定だ。琉洲奈島の自衛隊員と島の人々はとてもいい関係を築いている。島内の険しい岩場や森林の清掃活動は訓練になる。自衛隊員は海岸に流れ着いたゴミを回収して、島の美観に貢献している。それをよく知る島民は自衛隊車両に手を振って挨拶する。年1回の自衛隊パレードはまるでお祭りのように全島あげてのイベントになっている。

 

 軽装甲気動車は通常の島内巡察やボランティア清掃の際の装備だった。

 

 定例の朝礼が終わり、次に警備隊長へのブリーフィングが続いた。幕僚や中隊長から天気予報や部隊内の報告事項が告げられ、決済資料に目を通し終わるとすでに昼食時間となっていた。天寺警備隊長は通常なら食堂で幕僚との昼食だが、この日は違った。副警備隊長に、後は指示通りに頼むと声をかけて足早に公用車に乗った。すでに九十見士長は待機していた。

 「新厳原港に」と短く告げて、車に乗り込んだ。

 

 命令された物を事前に準備して九十見醒惟は警備隊長を待っていた。警備隊長の指示で他に誰も乗車していない。九十見士長は警備隊長と二人きりで車を運転するのは初めてだった。緊張で肩がガチガチに硬くなっていたが、悟られないように車を走らせた。

 

 正門脇にあった軽装甲機動車やバイクはすでに出発していた。琉洲奈警備隊の中で朝から外出しているのは情報保全隊だけだった。

 

 情報保全隊は自衛隊内で大臣直轄の情報収集(諜報)と情報保全(防諜)を司る。情報保全隊に所属するには秘密保持への適格性が審査される。大戦時の旧陸軍中野学校の伝統を引き継いでいる訳ではないが、自衛隊内の情報機関とされている部隊だ。

 

 その情報保全隊が一斉に出かけるような演習や訓練が予定されていたのか、所属の違う九十見には知る由もなかった。

 

 九十見はニュースで報道された大雪による交通網の麻痺と、各地で起きている雪害情報が気になった。琉洲奈島でも山間部を中心にかなりの積雪となっていた。災害派遣要請は来ていないが、突然の要請が来てもおかしくない。公用車はスタッドレスタイヤだが、警備隊長がこれから行く場所によってはタイヤチェーンが必要かもしれない。

 

 天寺を乗せた車はジェットフォイルの入港より少し前に新厳原港へ到着した。下船口で「才谷様」のカードを持って立つようにと指示をうけ、九十見は待った。

 

 「天寺警備隊長は琉洲奈島を熟知していて、誰も知らないような山道を走らせることがある。覚悟しておけ」と今までに運転手をした経験のある先輩が言っていた。公用車を運転する場合、これまでは先輩の3曹と一緒だったが今日は一人で警備隊長の足になれと命じられた。突然、まだ不慣れな士長の九十見を天寺隊長が指名したのか不思議だった。

 

 警備隊長直々にお出迎えするお客様となると相当偉い人だろう。

 

 「ドピンクの派手なカートが目印だ。子供じみたペンギンのシールをでかでかと貼ってる。」

 これから出迎えるお客様について警備隊長から聞かされた情報はそれだけだった。お笑い芸人やバラエティ番組のタレントかもしれない。ときおり、琉洲奈島にもバラエティ番組のロケ班がやってくる。だから芸能ネタに詳しい自分が抜擢されたのか。

 

 天寺は下船口とは反対の案内カウンターに近寄った。その横に琉洲奈島観光案内のパンフレットが並んでいる。上から2番目に新厳原町のレストランを集めたA4一枚のチラシがならんでいる。そのうちの一枚を中程から抜いて、折り畳んでポケットにしまった。

 

 「琉洲奈島の新厳原港にジェットフォイルが入港いたしました。案内にしたがって下船ください。お疲れ様でした。」

 

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