第34話 髪に触れる

 三年生になってから面談が増えるためお兄ちゃんは憂鬱そうな顔をしている。

 中間テスト後、私だけの面談の時でさえ

「近づいてきた……」

と、ため息混じりに言う。


 学校での向月先生は相変わらずメガネをつけている。度なんて入っていないのに。

 わざとらしく女子生徒達が向月先生を囲んで笑っているが、先生は面倒な顔をして話を聞いているため、私が恥ずかしくなる。

 雨の日、今日も家には遅く帰るようにお兄ちゃんに言われたため将次さんに連絡すると早めに仕事を切り上げてくれた。

「小テストの採点があるとか言ってたので、ダメもとだったんですけど」

「いいんだよ」

車に乗る。

「これから本降りになりそうだね」

「はい」

将次さんは、車を運転しながら私の頭を撫でる。

「どうしたんです?」

「いえ、なんでもありません。なんかあったらすぐ言いなさい」

「はい」

と返事をする。私の頭を撫でるのが癖になってしまったのか、最近しょっちゅう撫でられる。

「将次さんは、私にして欲しいこととかないですか?」

「特にはない。茉裕ちゃんは何かあるのか?」

「うーん、将次さんと一緒に居れたらそれでいい」

「だよ。僕もそう」

将次さんは運転をしながら微笑んだ。

将次さんは、私と居る時だけ少し口調が変わる。

「ねぇ、将次さん」

と言うと嬉しそうな顔をするのとか、学校では誰にも見せてない。クールだけど、どこか脱力していて、でも、私の前だと少し表情が柔らかくなる気がしてそれが嬉しい。

「なにかありましたか?」

「呼んだだけ」

「はいはい」

将次さんは私の頬を引っ張る。

「夏なんてすぐにきちゃうんだろうな」

「そうだね」

将次さんは、また私の髪を触る。

「茉裕ちゃん、髪伸びたね」

「将次さんは短い方が好きなの?」

「いや、長い方が好きかな」

「そっか……」

「なんで?」

「クラスの女子が地理の先生に聞いてたんですよ」

「ふーん」

「将次さんは、ロングの方が好きって聞いたから伸ばそうかなって」

「……僕の好みに合わせてくれてるってこと?」

「まぁ、そうですね」

「可愛いなぁもう」

「えへへ」

と照れ笑いをした。


 夏の面談はなんとかお兄ちゃんには乗り切ってもらった。

「ごめん、毎回怖がって」

「大丈夫」

「情けないお兄ちゃんだよね」

「そんなことない」

私はいちごのフラペチーノをお兄ちゃんはチーズケーキを食べながら、面談帰りのご褒美時間を過ごしていた。

「お父さんのお金で学費は払います」

「了解」

「私もバイトしようかなぁ」

お兄ちゃんはチーズケーキを食べながら

「買いたいものでもあるのか?」

と聞いてきた。

「んー、お金貯めなきゃねって」

「俺のがあるよ。風李と過ごす時か茉裕のためぐらいしか使わないから、まだ余ってる」

「家賃とかあるでしょ?私ってなんのバイト向いてるかな」

と言いながらカフェの店員さんを見る。テキパキと行動していて

「私には無理だなぁ、どの道、受験が終わってからだけどね。お兄ちゃんは結構バイトしてたよね」

「新聞配達、宅配便、本屋、カラオケ、居酒屋……」

と、お兄ちゃんは思い出していく。

「私にでも出来そうなバイトあった?」

お兄ちゃんは考えて、

「んー、ないと思う、いや、無理しそうだしってことね」

と言った。

「やっぱりね……」

「でも、もししたいなら一緒に探すよ。茉裕がやりたいことをすればいい」

「うん……」

「茉裕は、何がやりたかったんだ?」

「私は……分かんないや、与えられたら割となんでもやっちゃうから」

「それが良くないんだよ。バイトなのにそれじゃ、正社員並みに働かせられるよ」

「確かに……」

「とりあえず、ゆっくり考えればいいんじゃないかな」

お兄ちゃんは言う。

「そうします……」

返事をしてストローを吸った。


 夏休みに入って、お兄ちゃんと将次さんは二人で旅行に行くらしい。

 将次さんは家に来てくれた。将次さんもゲームが強くて私は全敗する。

「手加減するんじゃなかったんですか?」

「したよ」

笑われる。あー、まだ風李さんだったらと思ってしまう。こんな私をどうして好きになったのか……。

「僕は、茉裕ちゃんと二人きりだから幸せ……」

と言われてしまった。

「私もですよ……」

私が目を逸らしたのを不審がって

「何?」

心配そうなでも、嫉妬も混ざった声色だった。

「なんで、私を好きなったの?魔法の言葉って?」

将次さんは、目を少し見開いて

「沢山、好きを伝えてると思うけど?足りない?」

「そうじゃなくて!」

私は思ったより大きな声を出してしまって、すぐに小さな声で謝罪する。

「理由がないと好きになったらいけないの?」

優しさが滲む瞳に私がいる。将次さんが汚れてしまいそうで嫌になった。

「だって、一途じゃないし……なんか浮気してるみたいで。でも将次さんも好きで」

ああ、ダメだ。泣きそう。

 将次さんは目の前で座っている私の前で手を広げてきたが、私が拒むように立ち上がると将次さんもサッと立ち上がって、無理矢理胸に引っ張ってきた。

「ちょ、ちょっと!!」

「離したら、どこかに行ってしまいそうだからね」

「……嫉妬させてしまってごめんなさい」

将次さんの匂いが心地よい。顔を胸に近づけた。もう考えることが疲れてきた。

「その想いごと好きになったのかもしれないね」

顔は見えないけれど、将次さんはきっと笑ってはいるけれど、真意は分からせないような顔をしているだろう。

「僕、ハンバーグ食べたい」

唐突に言ってきた。

私は思わず馬鹿馬鹿しくなってクスッと笑ってしまった。

「魔法のハンバーグを作りましょう」

と言って、夕食の作り方を教えてあげた。

「ハンバーグ簡単ですよ」

そう言ってハンバーグを作る。

「なんか、僕、慣れなさすぎて全然作れてない。茉裕ちゃん早いね作るの」

「慣れてるんでね」

笑う。

「茉裕ちゃんの手料理が食べられるのが嬉しい」

「そうかー」

笑った。


「美味しいよ」

そう言って食べてくれた。お風呂は狭いから一人ずつ入ろうと言ったが、一緒に入った。将次さんは私の身体を見ても何も言わないし、私も将次さんの裸を見たけど、恥ずかしくはなかった。慣れてしまったのだろうか?いや、数回だ裸を見たのは。慣れているわけがない。

「将次さん、背中流しますよ」

「ありがとう」

私の頭を撫でる。

「将次さん、私、髪伸びたんですよ」

髪を見せる。

「そうだな」

将次さんは、私の髪を触る。

「茉裕ちゃんは、髪が綺麗だね」

「いつもそう言ってくれますね」

と言って洗い流す。

将次さんは、私が髪を洗っている間ずっと私の髪を触っていた。

「ねぇ、将次さん」

「ん?どうしました?」

「将次さんは、私にして欲しいこととかないですか?」

「ないかなぁ」

「ないの?本当に?」

「ないよ」

と微笑む。

将次さんは、私に何をしてほしいんだろ……

「将次さんは欲がなですね」

「一緒に居てくれるならいいよ」

「前もその流れになりましたよね」

「んー?うん、でも僕は生徒の君とこういうことをしたいって強欲を出さないようにしている。けど出ちゃう」

「そうなんですね」

「うん」

また私の髪を触る。

お風呂から出て、将次さんの髪を乾かす。

「茉裕ちゃん、髪乾かすの上手だよね」

と言われる。

「お兄ちゃんの髪、やってたんですよ」

「へぇ、そうなんだ」

「お兄ちゃんの小さい頃は元気過ぎるぐらい元気だったんですけど、引きこもってた時期があったので」

「そっかー」

ドライヤーの音が響く。

「はい、終わりです」

「ありがとね」

私を抱きしめる。

「えっ!?」

「ごめん、つい」

「びっくりした……」

「ごめんごめん」

と笑って私を離す。

「もう寝ようか」

「はい」

ベッドに入る。

「お休みなさい」

「おやすみ」

と言って、キスをする。唇に軽く触れるだけ。

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