第28話 たからもの
雨は強くなるわけでも弱まるわけでもなく、降り続けている。
幼い女の子の瞳に力が入っているような気がした。
「現実に……?」
僕が聞き返すと
「ずっと、みんなが幸せならいいのに……」
何が言いたいのだろうか?この女の子の言っている意味が分からない。
「幸せばかりの人なんていないよ」
僕は自分で何を言っているんだろうと思った。小学生の願いを否定するようなことを言っていると分かっているのに、続けて
「魔法にかかったままでいられるのは、本の中だけだよ。大人になるにつれて、大人のことを覚えていく。それが幸せだと思う人も、そうじゃない人もいる。僕は……どうしたらいいのか分かんないから、本の中にもここにもいられないのかもね」
女の子の顔なんて見られなかった。ああ、僕は本当に何を言っているのだろうかと窓の外を見た。雨は小粒で、真っ直ぐ降っている。
「そうなんだ。大人、羨ましいって思ってた」
「どうして?」
顔も見ずに僕は聞いた。
「だって、一人で色んなところに行けるから。楽しそうだなって」
「どこに行きたいの?」
「……お母さんに会ってみたい。お父さんも最近会えてない」
どういうことだと考える前に口が動いていた。
「仕事で会えてないの?お父さんも?」
質問しすぎてしまっただろうか?でも女の子は答えてくれる。
「お父さんとは、たまに会うけどお母さんは分かんないから」
訳アリだなと思ってそれ以上深入りするのはやめようと思った。
「ご両親が好きなんだね」
子供らしく執着したいのだろうか?と思って聞いた。
「分かんないよ。好きって何?」
不思議そうな聞き方をしてきたので
「お兄ちゃんは好きじゃないの?」
僕はまだ、顔を合わせずに質問した。
「お兄ちゃんたからもの。おばあちゃんもたからもの」
「たからもの?見つけて嬉しいってこと?」
僕が沈んだ声で聞くと
「ピカピカだからかな」
女の子は嬉しそうな声をしてた。
僕もお父さんが亡くなる前に旅行ばっかり連れて行ってもらっていた時は、ピカピカに感じていたのかも知れない。人も、世界も輝いて見えていた。それが、大きくなるにつれて輝きか薄れていく。錆びていくように。
兄さんの好意も迷惑で、疲れてて。僕は輝きが消えそうだった。
「たからもの。僕は見つけられなくなっちゃったんだ……よね。どうしよう」
鼻で笑って言った。自分は何を本当に言っているんだろうか。すると女の子は、僕の手を握って
「大丈夫、大丈夫」
言い聞かせるように声に出した。僕に言ってくれているのか、自分に言い聞かせているのか分からずにいると
「おばあちゃんが教えてくれた、魔法の言葉。案外どうにでもなる。私は、そー思ってるの」
僕がちょっとだけ女の子を視界に入れようと見てみると、微笑んでいた。可愛らしくて、上品で、でも素直になってくれるには時間がかかりそうな子だと思った。
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