第22話 メッセージ

 あの日、連絡先を交換した。何かあっても、なくても連絡して構わないと言って別れた。

 連絡はたまにする。先生の愚痴を聞けたりするので面白い。

 私の話にも返信をくれるので嬉しい。

 ああ、お兄ちゃんもこうやって風李さんを好きになったのかなと頭の中で考える。

 授業中の先生は素っ気ないけど、私がたまに教卓の前まで行くと、話しかけてくれるようになった。

 他の女子からも声をかけられるくせに、あんまり楽しそうじゃないのが、本当に好きな人にする態度なのだろうかと思った。


 バレンタインの日に、先生のスーツのポッケに小さいチョコを入れてみた。成り行きだ。みんなにバレたりしたら、色々言われそうで怖かったからこっそり。

 授業後、すぐにそれを決行したのだが先生は私を目で追っていたのか

「なんだよ、ゴミでも入れたのか?」 

と揶揄うようにニヤリと笑う。

「内緒ですよ」

そう言うと、荷物をまとめて教室を出て行った。

 メッセージが来たのは、学校から帰るために電車に乗った時。

ありがとうと美味しかったというメッセージ。

 なんだか私の存在を肯定してくれているようで嬉しかった。


 二月に熱を出した時、お兄ちゃんは風李さんと旅行に行っていたため、一人寂しくベットで寝ていると、先生からのメールが届き、私の家に来て慣れない手つきで看病をしてくれた。お兄ちゃんは休日もいなかったため、休日も潰して私の看病をしてくれた。

「せんせ」

「将次」

「そう呼んでほしいの?」

「嫌だ?」

私は朦朧とした意識の中、先生の下の名前を呼ぶ

「将次さ……ん」

「ん?」

「おでこ触って」

「いきなり距離が縮まりすぎじゃない?訴えられない?」

「訴える人なら、先生の連絡先知らないよ……」

ゴホゴホと咳をする。

「でもさ、風邪貰いたくないでしょ?帰ってもいいんだよ?」

私は先生を見て言う。

「ダメだよ。まだ、三十八度あるから」

マスクを着用している先生は、私のおでこを触る。

「冷えペタ貼ってるけど、熱いな」

と呟く。先生は立ち上がって

「ご飯食べれる?」

と心配そうに聞いてきた。

「食欲ない」

「ゼリーとかアイスは?」

「食べるかも……しれない」

「じゃ、買ってくるから待ってて」

と私の側から離れようとするので、裾を掴む。

「こんなに風邪の時に側にいてくれるの……嬉しいんだね」

へへっと微笑むと先生は頭を撫でてきた。

「茉裕ちゃんが素直だと調子狂うね……」

「将次さんのせい……」

「僕のせいなのか……」

はぁーと先生は大きなため息をつく。

「茉裕ちゃんは昔から風邪引きやすいの?」

優しくあやすように聞いてきた。

「そう、おばあちゃんが看病してくれてたけど、いないからね。お兄ちゃんが看病してくれたり、風李さんだったり」

「そうか」

「ありがとうございます」

「……今ぐらいだよ、兄さんがいないからこうやって風邪の看病が出来るの」

ああ、まだ風李さんだ。風李さんと関連させてしまう。

 彼の私服はラフであったかそうなパーカーを羽織っている。

「将次さんの私服、久しぶりに見た」

「そうだっけ?」

「うん」

「まぁ、学校は基本スーツ姿だしな、でも、車のあの夜も私服だったよ」

「学校に着てってる黒コート着てたから分かんないよ」

「そうか」

 それから、私は息を呑んで

「……将次さん、私のこと好きなんですか?」

泣きながら車の中で言ってたことについて、聞いてみた。

「え?」

先生は顔を赤面させていたので

「好きか……」

わかりやすい反応をしているからこそ分かる。本当に好きなんだと

「それで、迷惑ならやめるよ」

切なそうに笑っていた。

「んー……迷惑じゃない」

手を握られたので握り返す

「下がらないねー、熱」

先生は心配そうに私の顔を覗き込む。

「将次さん、今日泊まる?」

不思議そうに

「いいの?」

承諾を求めていた。

「うん、お兄ちゃんと風李さん、後三日は帰らないって」

「ありがとう」

お礼を言ってきたので

「私も、将次さんに甘えていいですか……?」

そっと笑って先生は

「いいよ」

私の方をちゃんと見た。

「ありがとう。もっかい、あの時みたいにハグしていい?」

「温もりがほしいから?」

「冷たい身体を求めてる」

と言う。

「起こして下さい」

手を伸ばすと、先生は私にまたがって腕を引っ張る。その勢いで先生の胸に飛び込んだ。

「ごめんなさい」

「大丈夫だから」

ぎゅっと抱きしめられる。冷たくはない、温かい。

「あったか……っていうか熱すぎる」

顔を触られる。

「良かった」

「良くないよ」

「先生、もうちょっとこのままでいて……」

「分かった」

先生は私の背中をさすってくれた。

「将次さん、寄りかかっていい?」

「どーぞ」

私は顔を先生の胸にピタリとくっつけた。

「将次さん、心臓の音聞こえる」

「そりゃあね」

ドクンドクンと鳴る音が心地よい。

「茉裕ちゃんのは僕より全然ドクドクしてないね」

「……うん」

「眠い?」

「少しだけ」

目を瞑ると先生は頭を撫でてくれた。

「おやすみ」

優しい声が聞こえたのでそのまま眠りについた。


 目を覚ますと先生が何かを開けていた。

「将次さん……」

「おはよ」

「おはよう御座います」

「これ桃ゼリー」

「将次さんの自腹?」

「まぁね」

「払う」

「いいよ。それより食べて」

起き上がって食べる。先生は私の隣に座った。

「美味しい?」

甘やかしてくれているのが、なんだか嬉しい。

「風邪じゃない時の方が美味しい」

素直に思ったことを言った。

「そりゃそうだよ」

と笑われる。

風李さんもそうやって笑う。

「将次さん、ご飯は?」

「コンビニで買って食べたよ」

「そう、ですか。お風呂沸かして入っていいですから。お兄ちゃんの服使っていいですから」

「シャワーでいいよ。借りるね」

そう言ってお風呂場に向かった。

 シャワーの音が聞こえる。

「先生の匂いする……お兄ちゃんのシャンプー」

と呟く。

 しばらくすると私の部屋にへと足跡が聞こえてくる。ドアが開くと、先生が入ってきた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

「どうしたんです?」

まじまじと見てきたため聞いた。

「いや?茉裕ちゃんが寂しいかなって思ってさ」

「別に……」

私がムッとしていたのか

「そうか、寂しかったか」

と言って、先生は私のベットに腰をかける。

「ちゃんと着替えてね、後で濡れたタオル持って来るから」

「はい」

「やっぱ今持ってくるか……どのタオルでもいいの?」

「脱衣所のタオル置き場の前の方のやつならなんでも」

「了解」

そう言って先生は脱衣所に向かう。戻って来て

「体、自分で拭いてね。終わったら言って。廊下にいるから」

私にぬるい水が入った桶とタオルを渡してきた。

「何?」

「拭きたいのかと思ってた」

「僕、ただの変態じゃん」

頬を軽く膨らませている。顔が少し赤い。

「違うの?」

「違わないけど」

ますます赤くなってきた。

「ふーん」

と言って脱ごうとする。

「脱ぎたいんですけど」

私が言うと

「兄さんなら……どうするの?」

「え?」

「風李さんなら拭いてくれる?」

赤面の顔から、少し切なそうな顔をするので

「脱がせて」

と言った。あまりにも平然と私が言ったからなのか、先生はまた、若干顔を赤らめる。

「えっと……じゃあ、失礼します」

私のパジャマに手をかけてボタンを外していく。上半身がブラジャーだけになると、先生は私の身体をじっくりと眺めた。

「そんなに見られたら恥ずかしいんだけど……」

「綺麗だね」

触れたりはしないが、興味はありそうだった。

「そうなんですか?」

「これが普通の男の反応だよ」

「へぇー……」

「興味なさすぎじゃない?」

「将次さんだから?脱がされたこと風李さんでも、お兄ちゃんでもないから」

「そうでしょうね」

そう言いながら背中を拭いてくれる。

「ブラジャーの下は自分でやって」

と言ってタオルを絞る。

「後ろは届かないよ」

私が言うと

「……フォックの外し方、分かんない」

ゴニョゴニョと言ってきた。

「あー、今度はスポブラにしときます」

私は、パッとフォックを外して、ブラジャーを床に落として、前の部分は、かけていた毛布で隠す。

 先生はそっと背中を拭く。躊躇いながらもゆっくりと優しく丁寧に拭いた。

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」

先生は頭を下げる。

「前は自分で拭いて」

「はい」

と言って部屋を出て行った。

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