第7話 笑った顔
体育祭をやる日だった日は雨で変更になり、体育祭は三日後になった。
体育祭当日は曇り、体育祭には絶好と言える日ではないだろうか?晴れより曇りの方が過ごしやすい。午前の部が終わり、お昼はいつもの仲良しのメンバーと一緒にお昼を食べる。午後一の種目は借り人競争。私は井上さんと借り人競争に出場する。私の前に走った井上さんは一つ上の先輩のクラスが座っているブルーシートまでに行き、同性の先輩と仲良さげにゴールして行った。
私はそれをスタートの合図が鳴った時に目で追っていたので少し出遅れる。まあ、紐のついたボードを取って人を探してその人にボードを首にかけてもらいそのままゴールという感じ。
とりあえず、ボードのところまで走る。すぐに終わるお題か、出来たら同じクラスの子で解決しそうな問題なら……と思って裏返しになっているボードをめくってそこに書いてあったのは
「今日誕生日の人……?え……」
遅れて驚く。とりあえずクラスの子達がいるブルーシートへとボードを高く上げて見せたが、みんな笑って首を横に振ったり、手でバッテンを作っていた。あそこまで行く必要はないと思い、途中で他クラスの方へと向きを変えた時、誰かが私の肩を軽く叩いた。少しの息切れをしている声で、その人は男の人だと分かる。私は振り返る。
「……向月先生」
「行こう」
「……はい」
ボードを首にかける。少ししゃがんでくれた。先生が体育祭に来ていたという驚きと何故か競技に参加していて驚いている。誰かに言われて今、私の隣を走っているのか、自ら動いて隣を走っているのか……でもどう考えても後者だ。何故なら、先生は自分のことを好んで話さないし、みんな知らないと思う。
一位ではないが、三位でゴールしたので、三位の旗の列に座る。先生は
「あー、疲れた。じゃ」
ボードを私に渡し、グラウンドを抜けて帰ってしまいそうなところを
「あれー、向月先生!走ったんですか?」
と言って向月先生を井上さんは止めた。先生は井上さんのトークで、仕方なく私と同じように三位の旗の列に座る。『はぁ』と小さくため息をついていた。そんなのお構いなしに私の前を座る井上さんは話しかける。
「先生今日誕生日なんですか!おめでとう!」
私の持っているボードに触れてはしゃいでいた。
「……どうも」
違うはず……いや違う。先生の誕生日は十二月とか、一月とか冬休みの時期だった。風李さんが先生の誕生日の話をするのはその頃だ。少なくともこの時期ではない。
嘘をついてる。誰のために?自分のため?可能性は低いが私のためなのか……?いや、自惚れるのはやめとこう。私は先生にお礼を言った。
「ありがとうございます……」
ゴニョゴニョと自分でも自覚している小さい声で。先生は私を見て
「別に」
満更でもなさそうな声色。その単語だけでは冷たい印象を持つかもしれないが、その表情は優しく笑っていた。豪快ではない。目を細めて笑っていた。井上さんは見ていない。一緒に走っていた先輩と喋っている。私だけに見せてくれた。
私は目を大きく見開いた。少し動揺した。先生は笑うことはある。クラス内でふざけた話をした時……とか。でもこんなに優しく笑ってくれるのを見たのは初めてだった。風李さんの撮る先生の写真は大抵ムスッとしているので、笑って顔はあまり見たことはない。実際、自分の目で見るとそれがあまりにも綺麗で、でも同時に風李さんと重ねてしまう悲しさ、苛立ちが同時に込み上げてきた。でも、私に向かって笑ってくれたのは本当に嬉しくて、嬉しさに動かされて反射的に私も微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます