第8話 別の感情

 梅雨どき特有の風を伴わないまっすぐな雨が降っているのを、私は朝のホームルームの話を聞きながら雨の音を聞いている。この梅雨の時期はあまり好きではない。

 一時間目の音楽の授業は音楽室に移動する。部活がなければよく一緒に帰る実佳と音楽室に向かった。音楽室に行くには講師室に前を通る。私は講師室が見えると珍しく向月先生が廊下出ていた。実佳が話しかける。

「向月先生ー!廊下で会うの珍しいー!どうしたんですか?」

先生の前で私達は足を止めた。

「別にー」

「じゃあなんで窓に寄りかかって教科書持ってるの?」

「生徒待ち」

「お説教するんですか?」

実佳が苦笑しながら言うと

「さぁ、どうでしょう」

と言って、講師室の中に入って行った。心なしか私の方を見てたような気がしなくもない。

「先生、生徒待ってるのに講師室入って行ったよ。なんで?」

 私も不思議に思う。もしかしたら、ほんの数パーセントの確率だが、私のことを何か聞き出そうとしているのか……。心の中で、やっぱりバレてたかと言う気持ちが増した。いや、まだ分からない。分からないから、どうしたらいいのか分からないのだ。

 雨の日が続く中、風李さんはいつものように私の家に来ている。

 私が家に帰ると、ケーキ、タルト、プリン……などの色々なスイーツを買って来る時もあれば、お兄ちゃんが作ると時もある。そのスイーツを食べながら話したり、ゲームしたりする。私は弱いのですぐ負けてしまうが、お兄ちゃんと風李さんはいい接戦をしてる。それが少し羨ましかった。かと言って、ゲームの練習をするかといえばしない。

 雨が降っている。今日は小雨。私は傘から滴れる雫をトントンと家に入る前に少し落として家の中に入る。

 家の中に入ると、ゲーム音声が聞こえた。お兄ちゃんかあるいは風李さんか……。

 この家の鍵を持っているのは、お父さんとお兄ちゃんと風李さん。お兄ちゃんがお父さんに内緒で風李さんに家の鍵を渡した。お母さんの顔はもうほとんど覚えていないし、お父さんと離婚しているのでそれ以来会っていない。

「ただいま」

と言ってその音がする方へ歩く。リビングのテレビで一人ゲームをしているの人は金髪の男の人。

「風李さん……?」

「あ、茉裕ちゃんおかえりー」

ゲームのストップボタンを押して、私の方を見てニコッと笑ってくれる。それが向月先生と少し重なった。

「はい……」

「望はまだ仕事だって。一緒にいよう」

「はい!」

私は限りない喜びに満ちた……と言ったら大袈裟だろうか?でも素直に嬉しかった。

「宿題やる?」

「学校で終わらせました」

私がそう言うと

「お、いい子だなー。俺は宿題をやりもしなかった」

「私だってやりたくてやってるわけじゃないですよ」

自然と笑顔になる。

「勉強なんて好きなわけがありません」

「よく分かる、でも『やれよ』って大人に強制されるように言われるから、さらにやる気がなくなるんだよなー」

「よく分かります!」

風李さんがソファーに座ったので、私はその隣に座った。

「将来、何になりたいとかある?」

風李が現実的な質問をしてくるので

「急に現実的な質問ですね」

笑って言った。それから続けて

「いや……これと言っては。だから勉強も好きじゃないのかも」

私は窓の外を見て

「普通の生活が出来ればいいです。高望みはしません」

「そう……。俺も現状維持かな。高望みはしない」

「ですよねー」

外の雨は強くなってきた。私は、風李さんに飲み物を入れた。それから実況者の友達の話になった。あまりコラボをしない主義らしく、よく一緒にゲームをするのは四、五人だそう。確かにコラボする時は、その四、五人と、ホラーゲーム、バトルゲームをしてることが多い。実写の動画もそのうちの三人で動画を撮っていることが多いし、基本はそうだ。ミアシロタというゲーム実況者さんと特に仲がいいイメージがある。

「佐名家の二人はホラーゲームやってもビクリとも驚かないよねー」

「私、ホラー結構好きだし、お兄ちゃんも嫌いではないと思います」

「へーでもさ、結構怖いやつでも驚かないでしょー俺も得意な方ではあるけど、怖い時は怖いよ」

「例えばどんなゲームが怖かったですか?」

風李さんは少し考えて

「数え切れない……けど、エイリアンが廃墟ホテルにうじゃうじゃいる奴は色々トータルして怖かった。ほら、去年か一昨年に一緒にその映画観たでしょ?そのゲームバージョンは更に怖くなってるっていうから、買ったんだけど、俺は動画撮るから一人でやったんだけどさ、望も買ったらしいね。あんまり怖くなかったって言ってたよ」

確かに映画館まで足を運んだ。お兄ちゃんも私も平然としてたけど、お兄ちゃんの席の横で風李さんは恐怖の顔で満ちてたのを覚えてるし、お兄ちゃんがやってたそのゲームを少し覗かせてもらっていたが、すごく怖いかと言われたら少し怖い程度だった。

「俺、結構怖かったんだけど」

と笑って言った。

「私でも出来そうなゲームありますか?ほら、私あんまりゲーム得意ではないし、操作方法間違えるし……」

風李さんは嗚呼と声を漏らして

「音ゲーは?スマホゲームだけど。今、学生の間で人気なやつだったら男女の高校生アイドルキャラクターが背景で踊ってて、ボタン長押ししたりして操作するやつ有名な曲とか新曲とか結構あるし、よくコラボしてるミヤシロタも最近それハマってるからおすすめよ。俺はたまにやるぐらいだけど」

「今、速攻で入れて試します」

「お、じゃ感想待ってるわ。俺帰るんで」

「え、お兄ちゃん待たなくていいんですか?」

「んー、気分が変わった。明日もここ来るしねー。望には予定が入ったって言っとくから」

「分かりました」

そう言って雨の中、風李さんは帰って行った。外まで送ろうとしたら止められたので、玄関で見送った。


 夕食の支度をする。お風呂を沸かして、それから明日の学校の支度をしているとお兄ちゃんが帰って来た。

「ただいまー」

「おかえりー」

私は自分の部屋から玄関にいるお兄ちゃんに

「今日はカレーだよー」

と言うと

「はーい」

と返事が帰ってきた。それにしても……

「お兄ちゃん結構濡れてない……?今タオル持ってくるからそこで待機してて!」

「了解ー」

私はお風呂場にあるタオルを持ってきてお兄ちゃんに渡した。

「風邪引かないでね」

「引かないよー」

お兄ちゃんはヘラヘラしてる

「フラグになるよ」

私が少しむすくれると

「大丈夫だよ。ありがとう」

髪の毛を拭く。

「でも、俺より体調崩しやすいの茉裕の方なんだから気を付けて」

「雨、本降りになってる感じ?」

「んー横殴りに降ってる感じ」

「あーね。夕食の前に、お風呂入ってきなー」

「はーい」

 夕食を食べてお風呂に入り、風李さんが言っていたゲームをしばらくやる。初めのうちは調べた時に出てきた説明通りにやるので退屈ではあったが、慣れてくると面白い。流石、風李さんだと思った。

 それに、風李さんと二人で過ごせたのは嬉しかった。別にお兄ちゃんがいても嬉しいが、また別の感情に浸っていた。

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