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死者たちには 遺族の哀しみと陰がある

生存者たちにも 人に言えない苦痛と重みがある

エーイチは 父母や妻ハヤに哀しまれただろうか 村民や元級友たちにも

生まれた息子(わたしの父)は たびたび自分にも宛てた遺書を取り出して

声もなく さめざめと泣いた


父は遺書を見て泣くことしかできない 自惚れが強くて愚かで情けない男だった

エーイチの墓参りに行こうと言ったのも わたしからだった

戦没者共同墓地は 網走にあった

八月 晴れて心地よい日だった 

同じ墓石が延々と並び 草が一面に青々と茂っていた

見舞いにくる人はいない

エーイチの遺骨も魂もここにはない


定年を迎えた父が実家の近くに墓を建てた

その墓には父母の名前が記されたが

エーイチの名前もハヤの名前もなかった

なおさらわたしは父を軽蔑した

エーイチの名前は 墓碑があるからまだいいとして

エーイチの妻であるハヤの名前がないとはどういうことなのか

自分と血のつながった両親なのに

戦死したエーイチは 父にとってその程度の存在なのか

遺書を見つめながら泣いたのは あれは嘘の涙だったのか

祖父母と孫の排他的関係を見たような気がして わたしは分籍した


エーイチが呼んでいる わたしは指を止めて その声がするほうを見遣る

エーイチの声が強く大きくなる わたしは書き続ける そして目をつぶる

濃い乳白色のわたしの悩みは いつか晴れる


わたしは夢見る

ミルクのような濃霧に包まれた 不思議な惑星アツタを

もう誰も 何があったのか知る由もない 失われた過去の島 失われた未来の星を

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