第5話 休憩と山頂と
「はぁ~、生き返る」
ザックを置いて、座り込む。さすがに何時間も歩いてきたから、足には疲労が蓄積されている。その疲労が、一気にあふれ出していく。
「疲れが一気になくなっていくんだよなぁ」
筋トレ直後のドーピングと同じ感じだろうか?負荷アリの状態から、急に負荷がない状態になると、一気に解放感を感じる。この解放感が苦手ない人もいるらしいが......個人的には、まぁ嫌いではない。
疲れが一気に流れて、文字通り生き返った感じがする。
「振り返ってみると、思ったよりも上ってないよなぁ」
数時間も歩けば、かなりの標高を獲得していると思うだろうが、今回は少ない。実際の標高は、700m程度でキャンプ場が350mくらいの場所にある。今日はこれから100mも登らないため、400m程度しか登らないのだ。
「でも、景色いいなぁ」
これくらいの標高であれば、全然ドライブやツーリングで見ることができるだろう。でも、こうして登山道の途中から、この疲労感で、今の心情で。苦労して獲得した景色っていうのは、僕一人のものだ。
僕が山に登っている理由の一つは、きっとこれなんだろうなと思う。
「でも、あの雲が邪魔なんだよなぁ。いつもベストなタイミング、ベストな景色が見れないことが、残念なことに現実だよな」
自然と向き合うとは、本当に難しい。何が一番難しいって、お互いにコミュニケーションが取れないことだ。そして、人工物と違いこちらの意思で無理やり捻じ曲げることもできない。
「なんでもいいや、ひとまずお茶を飲んで休もう」
これまで吐き出した水分を再度体へ供給して、自分の体調を整えていく。大事なのは、水分とカロリーである。栄養素も考えるべきだが、簡単な日帰り登山程度であれば、個人的には栄養素に関してはそこまで重視していない。
「ふぅ~~」
体の調子が整っていくのがよくわかる。足もまだまだ動くし、肩や腰、アキレス腱などもまだまだ元気だ。何より、自分の心が前向きである。
これが一番大事。
15分ほどの休憩を経て、僕は再び歩き始めた。
歩き始めてすぐに、登山道は僕に見せる姿を変え始める。
はじめは、傾斜の緩やかな登りだったが徐々に急になり始め、今では大股でいかないと登れない階段状の段差も少なくはない。それに、足場も悪くなり、こぶしサイズよりも二回りほど大きな石がゴロゴロとするように。足への体重のかけ方次第で、足を捻ったりする原因になりかねないので、少し注意が必要だ。
「この急な登りが、地味に疲れるんだよなぁ」
のぼりが急になれば、心は焦り始める。当然だ。自分の疲労度合い比較して、進む量が少ないのだから。それに、必要以上に足を上げて歩く必要も出てくるため、厄介である。
「ふぅー、はぁーーーー」
大きく息を吐きながら、焦る気持ちを抑えて一歩一歩慎重に。それでいて、足を休めることなく歩いていく。
「登山道とはいえ、この不自由度。不便さを楽しんでいかないとなぁ」
先ほどまで歩いていたけもの道と比べると、幾分かましではあるがそれでも歩きにくい。つらいという点では、共通している。
ただ、こうした大変さや辛さも楽しんで歩いて行こう。
しばらくそんな急登を歩くと、山頂まで残り0.3kmという看板が見えた。
「いつも気になるけど、この残り300mとかって直線距離なのか実距離なのか。非常に気になるんだよね」
たまに、残り300mとか表示が出てから20分以上歩くこともあるからね。本当に謎だけど、自分の歩く速度がそれだけ遅いということなのだろうか…………きっとそうなんだろうなぁ。
「残りがわからないことも不安で不満になるけど、あと少しと分かっていて手が届かないという現状もつらいよね」
精神的な辛さは我慢できるが、限度がある。数回程度ならば我慢できるが、それが何度も続くとなるとだんだん自分の心が荒れてくるからね。
ロングトレイルとかを本気で歩こうと思うと、そうした心の余裕を保つってことが重要なんだろうね。
「あっ、山頂見えた」
そんな下らないことを考えながら歩けば、山頂へ。今回は、300mの印が出てから結構早く着いてよかったよ。
太陽君もまだまだ元気そうだし、帰りも予定通りに帰れそうだ。
「山頂、到着!!」
三角点に片手でタッチをしながら、一人で声を上げる。山頂に来る道中も一人、山頂でも一人。本当のソロ登山とは、こんなことをいうのだろうか?
「ボッチ登山とか、本当極めてるよなぁ~~」
山頂での景色を楽しみつつ、この「独り」という空間を最大限楽しむ。一人でいることには慣れているし、むしろ大好きだ。
ただ、最近は何かと一人でいることに対して考えることが増えてきている。原因は、十中八九あのなのだが。これが自分にとっていい変化なのか、悪い変化のか。
自分でも楽しみなところではある。
「さて、適当に調理器具を広げてお昼にしますかね」
山頂の適当な平地を見つけて、僕は景色を楽しみつつカップラーメンを満喫するのだった......
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