第6話 温泉と先輩と
PM3:45
「ふぅ、やっと帰ってきたな」
朝早くにキャンプ場を出発してから、丸一日。結局、ずっと山の中で過ごして何とかキャンプ場まで戻ってくることに成功した。日帰り登山にすると、少しだけ無理をしてしまい、このようにギリギリの時間になることが度々あるのだ。
「日の出が早くなっても、日の入りはまだまだ早いからなぁ」
午後六時を過ぎると、一瞬で暗くなってしまう春先。7時には街頭なしには街中だって歩きにくい。登山道、ましてや獣道なんて夕方以降の時間で歩いていると確実に遭難するからね。早めにキャンプ場に帰ってこれてよかったよ。
「おーい、神崎く~~ん」
「あっ、先輩」
キャンプ場の中を自分のテントに向かって進んでいると、途中で先輩を発見。というか、僕のテントの横で陣取っていた。
?装備を見た感じ、そこまでしっかり纏まっていないけど、どうしたんだろ?
「先輩は今日はデイキャンプですか?」
「いや、昨日車中泊してたでしょ?道具一式は神崎君に借りれば十分だと思ったから、別にいいかなぁって」
「なるほど」
焚火系の道具を除けば、確かに不便が無いように道具の準備はしている。それを活用して、二人で簡単な炊事は行えるし問題はないか。
「それより、汗すごいねぇ~」
「ええ、失敗しました」
帰り際、自分の想定よりも太陽君が頑張ってくれたので汗だくになってしまったのだ。日帰り登山であるからよかったが、縦走を想定したり旅を想定したりしていたら今回の登山は失敗だったな。
汗をかかないことが重要なのだ。汗をかくと、その分エネルギーを消費するし、体の水分などを放出してしまう。何より、汗冷えしたり不快感が大きかったりと、幸せになれる要素がない。
「お風呂入ってきたら~」
「ええ、そうします」
このキャンプ場の近くには、温泉施設が存在する。キャンプ場の周りにはほとんど何もないのに、温泉が存在するのは最高だ。こうしてアクティビティをした後でも、さっぱりする事が出来るのだから。
「それでは先輩、またあとで」
「はぁ~い」
荷物をまとめて、僕は温泉へと向かった。
PM5:00
「はぁ~、気持ちよかった」
温泉でゆっくりと自分の疲れをいやして、心と体のリフレッシュを済ませた。この後のキャンプである程度汚れてしまうことは仕方ないが、やはりお風呂はいいものだ。
「そういえば、夜ご飯の材料が何もないんだけど......」
晩御飯に関しては、登山の後に売店で買えばいいかと思っていたが、この時間だ。確実にしまっているな。温泉に入る前に買うべきだった。
「ここから近くのコンビニまでは結構な距離があるし、スーパーなんてないよなぁ」
温泉施設で買えよ、と思ってもこの温泉は何もないのだ。あるのは、温泉と自動販売機のみ。ある自販機も、ジュースとアイスだけの簡易なものだ。
「仕方ない、ここは先輩に直談判してみるか」
最悪、先輩の車で買い出しに向かえばいいでしょ。ダメだったら、今日の夜ご飯はカロリーメイトバー4本である。平時であれば、晩御飯にここまでこだわらないが、登山後はカロリー不足と栄養素不足に陥りがちであるため、注意したいのだ。
『もしもし、神崎君?どうしたの?』
『あっ、先輩。すみません、突然電話して』
『ううん、それは大丈夫だよ?もしかして、のぼせちゃったかな』
『いえ、そうではないのですが。実はですね、自分の晩御飯をどうしようかと思いまして。買出しに向かいたいのですが、先輩の車をお借りすることはできますか?』
『ああ、そのことね。大丈夫よ、私が二人分買っておいたから』
『ホントですかっ!!ありがとうございます。お金は後程お支払いしますね』
『いいえ~。お金も大丈夫だから、早く戻っておいで』
『了解です。ひとまず戻ります』
『はぁ~い、それじゃあまた後でねっ!』
『ありがとうございました。失礼します』
どうやら、先輩がすでに僕の分まで晩御飯の買い出しを済ませてくれていたみたいだ。こういう時、一人じゃなかったことに感謝だね。
助け合いができるって素晴らしいね!!
「おっ、おかえり~。晩御飯の準備を何もしないで出かけて行ったから、もしかしてと思っていたけど、やっぱりなんも準備してなかったんだね」
「ええ、失敗しました」
今日は朝しかまともなご飯を食べていないからなぁ。お昼はカップラーメンで、他は行動食しか口にしていない。水は飲んだけどね!!
「登山の帰りに買う予定だったの?」
「ええ、そうだったんですがすっかり忘れてしまいまして」
「それは失敗したね。気を付けないとだめだよ?」
「はい、すみません」
こうして、僕のような人間のことでも心配してくれる先輩はとても人ができているなぁと改めて思う。こうした、優しさを持っていて誰が見ても美人。先輩が会社で超絶人気になるのも、うなずけるというものだ。
こんな人と、こうして繋がりがあることが未だに信じられない。
「今回に関しては、私があらかじめ用意していたから大丈夫なんだけどね。むしろ、君が買い忘れてくれてちょうどよかったよ。材料が余ってしまうところだったから」
「そんなに準備してくださったんですか?」
「そりゃあ、神崎君は登山してくるから疲れてるだろうし、栄養面でも正直心配だったからね」
「ありがとうございます」
そういいながら先輩が取り出していく材料の数々。肉類に始まり、野菜、キノコ、麺類、白米、シーフードミックスと、本当に何でも出てきた。
「今回は焚火はしないでしょ?今朝の道具を見た感じで判断したけど」
「ええ、焚火してもいいですが正直面倒ですからね」
「というわけで、こんなのも用意してみました」
そういって取り出すのは、アルミで器が作られたものだ。中にはすでに食材が入っていて、これをガスバーナーを利用して加熱すればすぐに料理が完成するという寸法なのだろう。
「これのすごいところは、使い終わった後はクッカーの代わりに使えることかな。君のクッカーをお皿にして、このアルミ鍋で調理をすれば後片付けは簡単でしょ?」
「おお、さすがです先輩。僕はこれ使ったことないので、思い付くことすらなかったです!便利ですね」
料理後何が一番めんどくさいって、あと片付けなのだ。アヒージョとか定番系のキャンプ料理は油の使用率がエグイ。油を紙で回収して、汚れをふき取って、水洗いして、水けをきって......考えただけで嫌になる。
キャンプくらい、全部を手抜きにしても許してほしいものだ。
「さぁ、夜は長いよ~!!」
「ええ、お世話になります」
「楽しんでいこうねっ!!」
こうして僕たちのささやかな晩御飯が幕を開けたのだった
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