第3話 朝食と準備と先輩と
Am:5:30
チュンチュン
ピー
「んお、朝か」
鳥だか虫なのかわからないが、森の生き物たちの声を聴きながら目を覚ます。もぞもぞと手を動かして、ズボンの右ポケットの中をまさぐれば目的の固形物にヒットした。
「マミー型の寝袋は暖かいのはうれしいけど、こうしたちょっとした動きに制限がかかるのが気になるところだよなぁ。かといって隙間が増えても、それは意味ないしなぁ」
取り出したスマホを確認すると、時刻は朝の5:30を示していた。目標起床時刻まで残り五分であるため、そのまま目覚まし機能をOFFにして起きる準備を始める。
「しっかし、何度見てもミノムシだな」
ライムグリーンをしているマイ寝袋は、その色と形から誰がどう見てもミノムシのようにしか見えない。以前、寝袋にくるまったまま動こうと足掻いている姿を録画してみたが、どう見てもミノムシ。その動作は尺取虫でしかなかった......やめよう、悲しくなってきた。
「どうせ今日も使うし、寝袋はフルオープンにして乾燥だけしておけばいいだろ。あとは、適当にテントの隅にでも寄せておこう」
適当にテント内を片すと、簡易テーブルと座布団、クッカーなどの調理器具をもってテントの外に。ここまでテキパキと行動したからか、起きてからまだ10分もたっていない。
「いいね、朝はゆっくりできそうじゃないか」
腕時計をチラ見しつつ、ザックの中からコーヒーセットを取り出してすぐさまお湯を沸かす。湯を沸かしている間に、今日の朝ごはんであるフランスパンを二本取り出す。
「こんなところまできて、フランスパンなんてなぁ。贅沢じゃないか」
贅沢と、自分では思うが二本で200円もしないフランスパン。しかも賞味期限切れを狙って購入したから40%OFFの値引きシールまでご丁寧なことに貼ったままだ。
そこに、昨日の朝準備して小分けにしておいた食材を取り出して机の上に並べてゆく。
「おはようー、神崎君」
「おはようございます、先輩」
朝食の準備をしていると、先輩がビニール袋片手に歩いてきた。
昨日、なんだか会話がかみ合わないままお互いに就寝したが先輩のほうも朝は早く起きる予定だったようだ。
「先輩も朝早かったんですね。てっきり、お昼前くらいまで寝ている予定なのかと思っていましたよ」
「う~~ん、本当はそうしたいんだけどねぇ」
そういいながら先輩は意味深な視線を僕に送ってくる。なんだろう、僕は何か重大な見落としをしてしまったのだろうか?
「さすがに女一人でテントとか車の中でぐーたら眠っていたら何をされるか分かったものじゃないからね。いくら日本が安全・安心な国とはいえ、ほらっ。私って、美人じゃない?」
「あ~、なるほど。確かにそうですね」
人によっては気にする気にしないはあるだろうが、確かに女一人で昼すぎまで爆睡は何かと危険だろう。自分でも、なるべくその事態は避けたく思う。
男の僕ですらそうなのだから、先輩のような女性はなおさらだろう。
「ちょっと~、私が美人ってところはおいておくの?」
「いえ、先輩は十分美人な部類だと思いますが。正直、そこら辺の雑誌モデルさんよりも、個人的な感想になりますが美人な人だと僕は思いますよ」
「そ、そうなんだ。……えへへ、ありがと」
先輩はうれしそうな、しかしどこか恥ずかしそうにそう笑った。自分で美人と評価している割に、こうして他人から言われることに慣れてないのだろうか?
「いえ、別にお世辞でも何でもないですし。求められたことに対して答えただけですので、お礼を言われるようなことではありません」
「そ、そうなんだね………」
それきり先輩は少しうつむいて、自分の顔を手でパタパタと仰いでいた。まだ朝早いから、そこまで暑いとは思わないけど。やはり直射日光はお肌に悪いのだろうか?
なんだか少しだけ様子がおかしい先輩をよそに、僕は止まっていた手を動かして作業を開始する。持ってきた材料は、スライスチーズが一枚と、3mm角程度のサイズに切った玉ねぎに野菜ミックス。肉類としては、こちらも安売り豚コマ肉。
~適当!!パン雑炊~
Step1;野菜と肉をクッカーに投下
Step2;油を敷いて、材料を炒める
Step3;材料にあらかた火が通れば、水を加えて少し煮込む
Step4;コンソメ(出汁)の投入(今回は、フランスパンを漬けて食べる前提のため、コンソメがおすすめ)
Step5;チーズを切り裂く
Step6;クッカーの蓋サイドを利用して、少しだけフランスパンを温める
Step7;フランスパンの上にチーズをのせて、スープをかけて食べる!!
貧乏なので、チーズの量に対してパンが阿保のように多いのは仕方ない。まぁ、チーズがなくても問題ないが。フランスパンは、そのまま軽く表面がパリッとなる程度に焼いて食べてもおいしいからね。さすがにフランスパンをおかずに、フランスパンを食べるのは難しいけど、一食ならいける。
「わ~、いい匂いだねぇ」
「先輩も少し食べます?」
「あっ、いいの~~♪」
言うなり先輩はフランスパンを一つちぎると、チーズを乗せることなくスープに浸してその小さな口に放り込んだ。
「んっ、おいしい!!」
「お口に合ったようならよかったです」
先輩のようなおしゃれな人からしたら質素すぎてどうしようかと心配だったけど、お口に合ったようで何よりだ。こんな適当なご飯でも、楽しんでもらえれば正直うれしいものだ。
「チーズのせて食べると、さらにおいしいですよ?」
「でも、君のチーズでしょ?いいよ、そこまでお世話にならなくても」
「そうですか?」
先輩はそういうなり、小さなビニール袋を掲げて見せる。そうだった、確かに先輩だって自分の朝食程度用意していて当たりまえだよな。
「それよりもさ、神崎君」
「ふぁんでふか?」
「食べてから返事をしなさい」
口いっぱいにパンを詰め込んで、モキュモキュしながら上下に首を振って意思表示をする。「……………か、かわいい」
「かわいいは、ひどくないですかね」
「そうかしら?」
「ま、いいですけど」
男に生まれたならば、「かわいい」よりは「かっこいい」にあこがれるでしょ。やはり。
「それで、どうしたんですか?」
「ああ、神崎君今日は登山って言っていたけど、どこの山を登る予定なのかなと思ってね。ここら辺って、登山道はなかったわよね?」
「ああ、そのことですか。確かに登山道はないんですが、ここら辺は、けもの道が多くあるんですよ。けもの道を経由して、猟師が使っている道に入ってこの山を散策してみようかと。下調べしていないので、三角点やら山の名前すら把握していませんがね」
今日は登山をする予定だが、正直これが登山といっていいのか。僕でもよくわからない。勝手に「フリーハイク」と命名はしているが、絶対に違うとは思っている。
その証拠か、さすがに先輩も絶句したまま動かなくなってしまった。
AM6:10
「よし、準備OK!残置ヨシッ!!」
朝六時少し過ぎ、まだ太陽が山の稜線少し上にあるような時間帯に僕は歩き始めた。
さぁ、今日はどんなトレイルに出会えるのだろうか。楽しみである。
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