第2話 星空と君と

「うぅ、微妙に舌をやけどしてしまった」


 火傷すると、ヒリヒリとした痛みが継続的に来るから結構つらいんだよね。しかも、僕のうどんはまだ半分ほど残ってるし。


「はぁ、伸びないうちにさっさと食べるか」


 自家製のうどんをズルズルと音を立てながら啜っていく。ラーメンとかだと、豪快に啜るのは問題ないけど、うどんそばでも同じなんだろうか?まぁ、今は食べ方が汚くても文句を言ってくるような無粋な人間はいないからいいけど。


「ふぅー、おいしかった」


 適当調理とはいえ、個人的には満足のいく出来栄えだった。めんつゆの可能性は無限大である。


「問題は、残ったスープなんだよなぁ。さっき火傷したところが、やっぱり痛いし」


 本当はスープも全部暖かい状態で間食してしまうべきなんだが、流石にスープは無理だった。というか、したくなかった。かといって、冷めたスープを飲むのも嫌だしなぁ。


「今日はもう食材を持ってきてないから、飲むしかないのか~」


 あきらめて、一思いに全部飲み干すしかないのだった......




 キャンプ場によっては、炊事場がありそこで焚火をしたり調理をしたり。場所によっては、残飯を捨てるゴミ箱があり、今回のようにスープの残りを流せる場合もある。しかし、今回のキャンプ場は炊事場などの設備はあるものの、山奥になるためスープを流したりはしたくなかった。

 理由としては、スープを流した後に大量の水を流す必要があるからだ。確かに利用料を払っているからスープを捨てて水を流せばいいのだが、こんな山奥まで水を引くのも、その水道料金もかなり高い。何より、動物が寄ってくる可能性を高めるのは今後の利用客のことを考えれば最悪だ。それに、自分で調理した食材ぐらい自分で責任もって処理するべきであると僕は思うのだ。(※あくまで個人の見解です)



「ふぅ~、片付けはこんな感じでいいでしょ」


 クッカー類を簡単に洗浄して、キッチンペーパーを使って拭き取れば片付けは終了。豪華で良いものを作らなければ、片付けなんてこんなもの。今回に至っては、油で炒めるなどの調理すらしていないため片づけは秒で終わったね。



なぜこんなに簡単に済む晩御飯にしたかというと.........


「おお、やっぱりだ。想像通りっ!!」


 そう言いながら、首をこれでもかと後ろにそらせて真上を見上げる男性が一人。遠めに見れば不審者間違いない格好で、ぼーっと空を見上げていた。

 というか、僕だった。


「このキャンプ場は、やっぱり星空がきれいだ」


 そう、僕が今回簡単に済ませたのはこの星空をゆっくりと楽しむためだ。工場や軽などとは違い、本物の夜空にはそれだけの価値があると思っている。こうして山の上から見る星空は別格であると個人的には思っている。


「冬と比べると、空気が乾燥していないけどこれはこれでいいな」


 やはり星空を見上げるなら冬の空が一番だ。残念ながら、今は春だけど。でも、年中夜空は僕たちを照らしていて、季節ごとに見れる星座だって違う。それに、春は夜空に輝く星の数が少ないことが特徴だ。でも、その分星々の輝きが強く大変見ごたえがあると、僕は思う。


「手を伸ばせば、あの星まで手が届かないだろうか」

「それは無理よ、いったいどれだけ離れていると思ってるの?」

「ふぇ??」


 思わず馬鹿なことを呟いてしまったら、何故かあるはずのない声が。一体、いつの間に僕の隣に来たんだ?


「ふふっ!何情けない声を出してるのよ?」

「いや、誰だって驚きますよ」

「そうかしら?」


 そういって、楽しそうに笑うのは天道先輩だ。僕の会社で働いている人で、飛び切りの美人。ちょっと前にいろいろとあって交流を深めて以来、こうして稀に僕を揶揄って遊んでいる。


「そりゃあ、僕は一人でいるつもりでしたからね?」

「あっ、やっぱり本気で私の連絡見てなかったのね」

「連絡?」


 先輩に言われて初めて、僕はスマホを取り出して電源を入れる。先輩はそんな僕の様子を見ながら、小さくつぶやいた。


「いや、電源を完全オフにしているなら確実に見てないわよね」

「ええ、こういう場所に来たら基本的に電子デバイスとおさらばしたいので」


 先輩は何か言いたげな表情をした後、「まっ、神崎君だから仕方ないわ」と言って納得してしまった。

 そんな先輩の姿にやや疑問を感じつつ、自分のスマホが立ちあ上がってメッセージアプリを起動すると確かに先輩から連絡が来ていた。


「なるほど、確かにこっちに向かうと連絡が来ていますね」

「うん、そうなんだけど神崎君が見ていないのなら意味ないわよね」

「それに関してはぐうの音も出ないほどに僕が悪いので、気にしないでください」


 連絡先を交換しても、連絡しなければ意味がない。さらに、連絡したのに相手が確認していなければ、自分では何もできないからね。これかに関しては、本当に僕が悪い。


「それで先輩、どうしてここに?」

「今日は君がここに来るって聞いたからね。久しぶりに後輩の顔でも見ておこうかなと思って」

「そうですか」


 何やら僕は先輩に、とても心配されているようなのだが何かしてしまったのだろうか?別に労働災害を出したり、働きすぎだったり、残業しすぎだったり。そんな事は無いはずなんだが......

 こうして関係の薄い後輩でも心配して様子見をするなんて、なんて人ができているのだろうか?


「えっ、それだけなの?」

「すみません、僕はどう反応したらよかったんでしょうか?」


 「心配してくれてありがとうございます」といえばいいのか?それはそれで、なんとも不思議な光景だと僕は思うのだが......


「そうね、そこは『天道先輩にあえてうれしいです!!』とでも言ってくれたらよかったのよ?」

「僕がそんな反応をしてる姿が、想像できます?」

「無理かな」


 そういって先輩は面白そうに笑った。きっと、想像できなかったのか実際に想像してみて違和感しかなかったのだろう。ひどいなぁと思うが、自分でも嬉しそうに反応する姿は想像がつかないので、致し方ないだろう。



 楽しそうに笑っている先輩を放置して、僕は再び夜空を見上げる。ぼーっとただ空を見ているだけなのだが、僕はこんな静かな時間が大好きなんだ。それこそ、一人であれば眠気が襲ってくるまでずっとこうして空を見ていただろう。


「ねぇ、神崎君。私はいつまでこの星空を眺めているといいのかな?」

「そうですね、後12時間くらいですかね?」

「それはもう、朝日が昇って太陽を直視している時間だよ?」


 そういわれて、改めて腕時計で時間を確認してみれば既に夜の11時を回っていた。危ない、気が付いたら1時間以上こうしてボーっと空を見ていたらしい。


「本当ですね、気が付かなかったです」

「まだ夜風にあたるには、少し寒いわ」

「そうですね。すみません」


 好きなことに没頭し始めると時間を忘れてずっとその行為を続けてしまうのが僕の悪い癖だ。今回のように、空を眺めて一時間経過するなんてよくあることだし。


「それで先輩はどうするんですか?というか、どうやってここまで来たんですか?」

「私は車があるから、ここまで乗り入れしたわよ」

「でも、営業時間終わってますよね?よく連絡がつきましたね」

「連絡自体は昨日しておいたのよ。メールを一通送れば大丈夫みたいだったからね」

「そうなんですね」


 じゃあ、先輩はもともと此処に来る予定だったのか。にしては、かなりゆっくり来たみたいだったけど......


「来るのが遅れたのは、想像以上に渋滞をしていたのと........」

「??」


 言いながら先輩が取り出したのは、大きなレジ袋。それを掲げながら、ニッコリと微笑みを浮かべている。


「なるほどですね」

「ええ、これで今晩を楽しみましょう!!」

「せっかくのお誘いですが、僕は明日朝早いので遠慮してもいいですか?」

「え?」


 確かにこれから先輩と晩酌をしたい気持ちもあるが、残念ながら僕には明日の予定があるので付き合うことはできない。明日の予定的に、これからすぐに寝ないと困るのだ。


「すみません、そういうわけですから」

「え、いやちょっと待って。神崎君、明日もこのキャンプ場よね?」

「?はい、そうですが」


 なんで先輩は僕が明日もこのキャンプ場を予約してることを知っているんだ?そのことに関してはまだ誰にも話していなかったと思うんだけどなぁ。


「明日、何をするつもりなの?」

「僕は登山するために、今回来ましたので」


 そういうと、先輩は固まったまま動かなくなってしまった。そんな先輩を前に、僕も「?」を浮かべることしかできなかった。


 そんな僕たちを、変わらず星空は明るく照らし続けてくれているのであった......

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