くちびるに魔法を

 マスクと言うのは非常に便利だ。


 私は、季節の変わり目は必ず寒暖の差アレルギーから鼻炎になり、その後のど風邪をひく。

 咽頭炎いんとうえんだ。その後、のどの炎症が治っても咳が止まらない日が長く続く。

 感染後咳嗽がいそうというらしい。

 毎年、季節の変わり目は、鼻、喉、咳のフルコンボだ。

 なので例年、なるべく季節の変わり目や空調機で空気が乾燥する時期は鼻喉を守るようにマスクをしていた。


 私にとって、マスクは風邪予防の必須アイテムだ。

 


 しかし、2020年に日本で新型コロナウイルスが流行しはじめたころから、マスクは私の風邪予防のアイテムではなく、みんなのコロナ予防のアイテムとなった。

 そうすると、喉鼻の保護という私のマスクの利用方法とは別のマスクの用途、別の効果が発見される。


 冬の寒い時期は呼気こきで温かいし、メイクが崩れても顔半分が覆われてるので見られることもない。

 仕事中にあくびをしても、ちょっとグミをもぐもぐしていてもバレない。

 恥ずかしがり屋の私は、人の顔を正面から見るのは少し苦手だ。

 目を見て話すのは、どうしても照れくさい。

 そういう時は、口元やのど元を見るといいと言われるが、それすらなんとなく気後れする。

 その点、マスクがあるとどちらを見てもそういう気持ちにはならない。


 この3年であまりにもマスクに依存し、マスクに頼りすぎてしまったが一生しているわけにはいかない。

 特に夏場は息苦しい。熱中症の危険もある。

 表情が半分隠れることでの、幼児の心理的な成長も懸念される。

 やはり必要最低限にするべきものなのだろう。


 そうして、コロナは2023年5月に二類感染症(SARSや結核など)から、五類感染症(通常のインフルエンザや風疹など)に移行となり、マスクやパーテーションでの感染予防対策は緩和する運びとなった。

 

   *

 

 そうなって、はたと気付いたことがある。


 化粧箱にある口紅の賞味期限だ。

 口紅に対して、賞味というのは語弊ごへいがあるだろうが他にどういえばいいのかよくわからない。


 適切なのは使用期限なのかもしれないが、口紅は食べるつもりはなくても口に入ってしまうものだ。

 女性は生涯で口紅を5本から10本食する計算らしい。


 となると、3年間使わなかった口紅を再び使っていいのかは大変気になる。

 マスクをつけ始めた当初は、口元が隠れているとはいえ口紅をつけていた。

 いつマスクを外すかはわからないし、やはりそれまでの習慣として当然のことだったからだ。


 しかし、マスクをほぼはずさないということに慣れてくると、マスクに付く口紅が気になり段々と使用しなくなった。


 それまでは一年に1,2本は購入していた口紅をこの3年間一度も買っていない。

 今更ながら、化粧品メーカーは苦境に立たされていただろうと心配になった。

 

   *

 

 かくして、5月からあっという間に猛暑の8月がやって来た。

 連日35度を超える暑さの中で、マスクをしているわけにはいかない。

 

 私はドラッグストアで新しく口紅を買った。

 今まで化粧箱で3年眠っていた口紅と同じ色番だ。

 私が買わずに化粧品の消費も落ち込んでただろうに、まだ生産してくれていて本当にありがたいと思う。

 

 マスクを外し、口紅を塗ると見慣れた自分の顔がぱあっと華やいだ。

 ベージュピンクの馴染みの色だが、そこに紅があるのとないのとでは表情が違って見える。

 

 新型コロナが無くなったわけではないが、それでも真夏の暑い時期にマスクをしなくてもいいことをしばし喜びたい。

 

 鏡に映る私は、とりあえず口をいーと横に引き、うーと口をとがらせてみる。 


 笑顔の練習だ。


 少しぎこちないが、口紅はそれを十分に補ってくれるだろう。


 頼りになる魔法のアイテムだ。



* * * 


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天のお城でブランチを(日常エッセイ集) 天城らん @amagi_ran

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