私の赤い傘
赤い傘に憧れがあった。
会社の先輩が持っていた傘が、上品な傘だったからだ。
傘立てに立っていた先輩の傘は、朱色で持ち手に
一目で良い品だと分かる傘だった。
値段を聞くのはいやらしいので聞いたことはないが、たぶん非常に高価なものだと見受けられた。
先輩は同じ派遣の仕事をしているが、いつも良いものを身に付けている。
ブランドのバックをいっぱい持っているわけではないがうまくいくつかを使い回しているし、洋服もキレイな感じの物を着ていてくたびれたものを着てきたことはない。
DEAN & DELUCAのタンブラーに、曲げわっぱのお弁当箱。
もう年齢的には真っ白でもおかしくない髪も、いつもツヤツヤのライトブラウンのロングで白いときなどなかった。
美容室で渡される上品なファッション雑誌から抜け出してきたような女性だった。
私はと言えば、身の回りの物はほぼ100円ショップの物。
バッグは登山メーカーのとにかくいっぱい入るリュックサック。
服はたくさん持っているが気に入っているとなかなか捨てられず、くたびれたものもつい着てしまうこともしょっちゅうある。
お弁当箱は小学生のようなクマのキャラクター物だ。
髪もここ数年くるくるパーマの同じ髪型でパーマの持ちがいいことと、コロナ禍を理由に半年に一回程度しか美容室にも行ってないありさまだ。
*
身近に素敵な人がいると、少なからず影響を受ける。
私も例にもれず、少しずつ見習ってみた。
先輩がフルーツウォーターを始めれば、私もスポーツドリンクはやめて水を飲み。
くたびれた服は少しずつ捨て、髪もトリートメントをしっかりするようになった。
劇的に変わったわけではないが、少しずつ品のいい女性とは? 質のいい物とは? と考えるようになった。
100円ショップやキャラクター物が悪いわけではない。
ただ、一つや二つ毎日使うアイテムに消耗品ではない質の良いものを持ったり、美容室にマメに行ったり、
それにそれだけで、なんとなく気分もいいし、物を大切にしようという気持ちが芽生えて来るから不思議だ。
*
先輩は契約期間が満了して退社したが、雨の日に不意にあの傘のことを思い出した。
傘立てに立っていた、上品な赤い傘。
そこに人がいなくても、傘というのは持ち主の姿が想像されるものなのだ。
私の傘を見れば、気に入っているからという理由で、折れた骨を自分で接いだものを使っていた。
骨を接いでからもう何年もたっている。
白かった布地も、うっすら汚れてきていた。
毎日使わないものは、どうしても見落としがちだ。
私は、赤い傘を新調した。
今までは1980円程度の傘だったが、割引されていることをいいことに奮発した。
絶対に置き忘れできない値段の物である。
真っ赤な傘は、周りに白い縁取りがされていて気恥ずかしくなるほど可愛いらしい。
軸は金色で、持ち手も赤いシーグラスのような素材でできていてとても綺麗だ。
私は、その赤い傘をとても気に入った。
なるほど、いい物は洗練された形やデザインをしているんだな。
そして、私は大雨の日にその傘をおろした。
そして、気付く。
――― なんと、その傘は手開きの傘だったのだ!
長らくジャンプ傘を愛用していた私は傘の開閉に手間取り、若干濡れたことを妹にごちる。
「高くてかわいい傘だったけど、ジャンプ傘じゃなかった~。
ああ、文明の利器、ジャンプ傘!」
「姉よ……。高い傘はそういうものだよ。
お嬢様がジャンプ傘でボン! って開いたら、全然お嬢様じゃないじゃん?
お嬢様は手開きの傘なんだよ。もしくは執事が開くとかさ」
「そうか……。お嬢様は大変なのね」
こうして、私の赤い傘は雨の日のたびに上品さと利便性を問いかけて来る。
上品な女性になりたい私は、しゃなりと傘を開きさも当然のように傘をさす。
しかし、その心はジャンプ傘を恋しがっている。
* * *
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