第3話 大好きで初めましてのキミへ

 

―—————卒業式。

 先輩たちにとっては旅立ちの、在校生の私たちからしたら彼らを見送るための式。

 しかし、私にとってはそれどころではなく、式が始まる前も始まってからも気もそぞろで、少しも卒業式に集中することは出来なかった。(もともと別れを惜しむ先輩も居なかったのだけど…)

 だって、この卒業式が終わったら、私は図書室に行くか行かないか選択しなければいけない。その選択は正解しても間違ってももう二度と取り返しがつかないものだ。 

 そのことばかり考えてしまうのに、何も考えがまとまらなくて私の頭の中はぐるぐるし続けていた。そのせいで、起立の号令に気が付かず、周りの人たちが立ち上がったのに気が付いて慌てて立ち上がることになったくらい…。

 式が終わってしまう。終わってしまったらもう決めなくちゃいけない。なのに私はどうするか決められないまま、時間だけが過ぎていった。


 そして、うじうじしたまま何も決められない私を置き去りに、さっさと時計の針は回って、卒業式が終わってしまった。

 校庭にはたくさんの卒業生とその保護者達がいて、友達同士で記念撮影をしたり、部活の先輩後輩で泣きながら抱き合っていたりする。



 私は、走っていた。

 図書室へ向かっていた。

 正直なところ、覚悟なんて何も決まっていなかった。

 嘘がバレてしまうことは怖かったし、もうバレていて糾弾されることも怖かった。

 何よりそのことで嫌われてしまうことが怖かった。

 だから、本当は怖くて、怖くて泣き出してしまいそうだった。


 でも、


「………でも、やっぱり会いたいんだよ」


 夢の中みたいにうまく走れない。

 足がもつれて転びそうになるのを何とか堪えて、また走る。

 遠くから、先生が走るなー!って大声で注意してくる声がしたけどそんなの気にならなかった。

 一度足を止めたら怖気ずく気持ちで、もう進めない気がしたから。

 私は本当に憶病で、弱くて、ずるくて、うそつきだ。

 このまま、逃げ出してしまいたい気持ちだってある。でも。


「……あの図書室での日々を…このまま嫌な思い出にするのは絶対に嫌だ……!」


 だって、嬉しかったんだ。

 あの人の好きな人を装って、嘘をついた。

 嘘をついて、嘘をついてまであの人のたくさんの言葉を受け取った。

 それが許されるなんて思っちゃダメだってことはわかる。


 だから、私は謝らなくちゃ。

 そして、許されるなら… もし、許して貰えるのなら………


(ありがとうって言いたいの。私はあのメッセージのおかげで、学校が楽しかった。毎日に生きる意味を作れた。だから…)


 こんなことを言ったら余計に困らせちゃうかも、だけど――――………



 普段から不人気の図書室は、一応開いてはいたものの、卒業式の後と言うことで何時もにも増してひと気はない。貸し出しカウンターに座って居るのは、教室に本を届けてくれた図書委員の子だ。

 その子は、私が図書室に飛び込んできたのを見ると、少しだけ驚いた顔をして、その後少しだけ微笑んだ。


「いらっしゃい」


 図書室にきて、そんな風に言われたのも笑顔を向けられたのも初めてで、私はまたびっくりしてしまう。


「…え、えっと―……」


 口ごもってしまった私に、彼女は立ち上がってカウンターから出てくると、図書室の出入り口の方へと出て行ってしまう。


「え?え?」

「待ってるわよ。彼」

「…!!!?」


 私の動揺なんて今度こそ無視して彼女は外へと出て行ってしまった。

ああ、そうか…。彼女は"彼"と知り合いなんだ……!!

 途端に私の足が竦む。


 待ってる…。


 待ってる。そう言うのなら、その場所は、きっと奥。

 メッセージを交換し合ったあの机がある席だろう。


 怖くて。

 でも会いたくて。

 会いたくなくて。

 でも会いたくて。


 開いた窓から風が吹き込んで、白いカーテンが揺れてる。

校庭に咲いた桜の花びらが数枚、風と共に図書室に入って来てテーブルの上を彩った。


「あ」


 私がその席が見える場所にたどり着いた時、もうその場所には一人の男の子が立っていた。

 窓からの風で飛んできた桜の花びらが舞う静かな図書室で佇む彼は、まるで絵画のワンシーンみたいで凄く凄く…綺麗に見えた。


「来てくれたんだね」


 誰だよって罵倒されることも考えていたのに、私を迎えた言葉は、考えていたよりもずっとずっと優しくて、私は泣きそうになった。


「あ、あの……わ、私……」


「あ、そうだ…。挨拶しないと…」


「…?…え?」


「初めまして…でいいのかな。僕は、渋谷貴弘。今日、卒業したここの3年です」


「せ、先輩だったんですか…」


 私はびっくりしすぎて、きっと間抜けな顔をしていたと思う。でも、その人は…渋谷先輩は優しい表情かおのまま。


「お、怒ってないんですか…?」


 私が恐る恐る聞くと、彼はむしろ驚いた顔をした。


「だ、だって、私… あのメッセージの向けられた相手でもないのに…勝手に返事を書いて…」


「…あ、 あー……」


 先輩は口元に手を当てて、視線を始めて逸らした。何だか極まりの悪そうな。照れたような表情に、私はちょっとドキっとした。


「あのさ、あれね…。あの、最初の書いたやつね…」


 しどろもどろ話す先輩は、何だか言い難そうだったけれど、あのメッセージのことを話してくれた。


「…僕ね、去年卒業しちゃった先輩に、好きな人がいたんだ」


「…え」


「でも、図書室で見かけるだけで、声もかけられなくて、そのまま…、先輩 卒業しちゃった」


「…!」


「それで、あの時は、寂しくなっちゃったというか…ちゃんと告白も出来なかったって後悔したというか…。それでさ…あの席に…先輩が良く座って居たから、あそこにまだ…先輩が座って居る気がして…あんな風に書いちゃったんだ…。」


 今思うと、凄く、未練がましくて、笑っちゃうよね…なんて、先輩はきまり悪そうに笑って自分の頭を掻いた。


「…じゃ、じゃあ…」


「うん、最初から…キミが先輩じゃないことはわかってたよ」


「…ご、ごごごごごごごごごめんなさい……!!!!!!」


 私はそのまま頭が地面に落ちちゃうんじゃないかという勢いで頭を下げた。

もう恥ずかしさと申し訳なさで顔を一生上げられない気がする。

それに、"先輩の好きな人"という言葉に、ショックと知らないその人に凄く嫉妬する気持ちが沸いて、とてもとても…辛くなってしまっていた。

 けれど頭の上から聞こえてくる先輩の言葉も、声色もずっとずっと優しい。


「あはは…。怒ってるわけでも、責めたいわけでもないんだ。ただ、自分の情けないところを見られちゃったから、ちょっと恥ずかしかっただけで……」


「………」


「むしろ、嬉しかったんだ」


「……え?」


「僕、そんな風に失恋しちゃって……、放課後いつも先輩がいた席を見ても誰も居なくて、なんだか心の中にぽっかり穴が開いたみたいになっちゃって、いつもぼんやりしちゃってたんだ」


「………」


「それで、今更 届くはずもないメッセージなんて書いちゃって。馬鹿みたいだって、消そうとして図書館に来た時に、キミの返事を見つけてさ」


「……ぁ」


「先輩には届かなかったけど、それでも、誰かが僕の宙ぶらりんになった想いを見つけて、拾い上げてくれたんだ…ってちょっと嬉しくなっちゃったんだ」


 先輩は照れくさそうに微笑む。


「…キミとメッセージのやり取りをするのがだんだん楽しみになってた。受験もあるし、図書室に毎日くることは出来なかったけど、放課後ここにくる度にこの机を覗いて…返事がる度に嬉しくなってた」


「………」


 信じられなかった。

 まさか、先輩も私と同じ気持ちでいてくれたなんて…!

 私はそれが本当に、本当に嬉しかった。


「だからさ、お礼を言いたかったんだ。卒業して、会えなくなる前に」


「………あの、私も…私も…謝りたくて……お礼が言いたくて………」


「……」


「始めは返事なんか返ってこないだろうって思ってたんです。…でも、こんな風にメッセージを書いて貰える人が羨ましくて…。自分もこんな風にメッセージを貰えたら嬉しいのになって……そんな気持ちで返事を書いてしまって……。

 …でも…自分が先輩を騙して、先輩の好きな人になりすましてやりとりをしていること、ちゃんと謝らなきゃって…ずっと思ってました…。」


「……」


「いつまで経ってもクラスに馴染めない…教室でお昼も食べられないような私でも、図書室に来て、先輩のメッセージを読んだら、心が弾んで…。救われた気持ちになってたんです……。本当に、本当にごめんなさい……」


「…キミが先輩じゃないって知っていたのに、キミ自身のこと、もっとちゃんと聞かなかったせいで気に病ませちゃったね…。ごめんね」


「え?」


「……えっと。あのさ」


「……」


「…あのさ、名前…教えてくれないかな?」


「…あ、はい…。千春…。広瀬千春です」


「…ん。…こほん、それじゃあ…、広瀬千春さん」


「は、はい…」


「冬休み前くらいから図書室に返事をくれなくなったのは、僕のことが嫌いになったから…じゃなかったんだね」


「…そ、そんなの当たり前です!」


 確認するような先輩の言葉に、つい力を込めて答えてしまって、はっと我に返って恥ずかしくなってしまう。


「そっか」


 先輩がちょっと照れたみたいにはにかんだ。なんだか安心したみたいだった。


「……僕たち会ったのは今日が初めてだから、こんな風に言ったら困っちゃうかもしれないんだけどさ……」


「…?」


「これからは、机に書いたメッセージじゃなくて、こうやって直接言葉で、キミのこと教えてくれないかな?…それと…僕のこと、知って行って欲しい」


「…え………」


「……僕も、メッセージのやり取りをしているうちに、顔も知らないキミのこと段々気になり始めちゃって。……ずっとずっと、会ってみたいって思ってたんだ」


「…先輩…それって…」


「うん。……好きです。良かったら、僕と付き合ってください」


 信じられなくて。ビックリして。

 嬉しくて。信じられなくて。嬉しくて。嬉しくて。嬉しくて。


「……っっっ…」


 涙で視界が歪んでしまう。

 先輩の姿がぼやけてしまう。


「わ、わっ…」


 先輩が心配そうな、慌てたような様子で私に駆け寄ってきてくれる。


「…………ご、ごめんね…。その嫌だったら―……」

「嬉しい…」

「…え………?」

「嬉しいです…。もっと、もっと先輩のこと知りたいです…私のことも…知って欲しいです………」


 私は泣いてしまって。

 顔も涙でぐちゃぐちゃで、こんな顔見られたくなくって…。

 でも、先輩は優しい指先で私の涙を拭いてくれた。


「……でも……私のこと、知っても嫌いにならないでください…。

 私、とってもずるくて…弱くて…嫌な処たくさんたくさんあるから……」


 泣きじゃくる私の背中を、先輩はずっとぽんぽんと撫で続けてくれた。

 大丈夫だよって、優しい言葉を繰り返しながら。




 私はそんな風に、顔も知らなかった好きな人と初めて出会って、気持ちを伝えあって、お付き合いをすることになった。

 先輩はもう卒業してしまったから、学校で先輩に会うことも、図書室のメッセージが新たに書き込まれることもないけれど、これから先は直接先輩に会って、お話をすることが出来る。

 春休みにはデートの約束までしてしまった!!

ああ、私の人生にこんな予定が組み込まれる日がくるなんて……!!


 そして、先輩と付き合い始めることになって、私は決めたことがあった。

 まず一つ目は図書室で毎週2冊は本を読むこと、ふたつめは、3年生に上がったら、新しいクラスでちゃんと友達作りを頑張ることだ。

 一つ目は先輩のお勧めの本を読みたいのと、先輩にお勧めする本を自分でも見つける為。二つ目は、ちゃんと学校生活を全力で楽しむ為だ。

 メッセージ交換をしていた頃は、もうそれだけで良いって思ってた。あそこに逃げ込んで自分の心を守っていればそれで救われた気持ちになれた。…だけど、それは逃げていただけだったのだと思う。

 先輩に、私が友達が作れないことを心配されちゃうのは嫌だし、私自身本当は、先輩とのことを話したり、恋バナを聞かせてくれるようなお友達が欲しい!!!

 今までは、友達が出来ないことを相手のせいにして頑張らなかった。…けど、今のままじゃダメだって思ったから…。だから、今度こそ頑張ろうって思えたんだ。

 先輩が知りたいって言ってくれた私のこと、誇れるような自分になっていかなきゃって思ったんだ…!



 こんな風に、私と図書室の机に残されていた愛のメッセージを巡るお話は幕を下ろした。

 でも、これは終わりじゃなくて、私の恋の本番はきっとこれからで、これからたくさんたくさん大変なことが待っているんだろうって思う。それでも、それを乗り越えて行くために、私はたくさんたくさん頑張ろうって思うんだ。

 …だって、私と先輩のこんな出会いと告白のお話を、いつか…自分の子どもに話してあげることが出来たら、それってなんだかちょっと素敵だと思わない?








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指先で紡ぐ愛の言の葉 夜摘 @kokiti-desuyo

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