アルカナ・水玉・声 5
冴木くんは展望台の近くの地面を選び、穴を掘りはじめた。
絵がおさまるように、地面にスコップで長方形の線を引いてから、冴木くんはスコップを土に差しこんだ。
私は絵の袋を抱えながら、穴が掘られていくのを見ていた。
このときまだ、冴木くんがどこで凛都さんと出会ったのか、聞けていなかった。いや、それは凛都さんだったのだろうか? それすらわからない。
質問できない。まるで、それが冴木くんに対する弱みになるような気がして。
「あの。……疲れたりしないんですか?」
冴木くんは汗を流しながら、ふと顔を上げてそう言った。
「疲れ? それは、きみに言いたいけどね。よくそれだけ、体力があるものね」
「そうですね。まあ、引っ越しのバイトとかもやるんで。……いや、疲れっていうのは。ルカさんの、占いの仕事とかで」
そのとき、冴木くんからは、どこかいたわるような、やさしい光が見えていた。私には言葉の意味がわかった。私の悩みのことを言っていたのだ。
「疲れ、か。そうね。私は、師匠にも言われていたの。心をコントロールしろ、って」
「心、を?」
「うん。私は、相手に入りこみすぎてしまって。焦ってしまって。相手の運命をどう変えるべきか。なにを言うべきか。それを考えて、一生懸命なの。それに、疲れちゃって……」
「そうですか。なんとなく、わかります。実は、そんな気がしていたので」
冴木くんはまた、穴掘りに集中しはじめた。私は私で、冴木くんに本心を語ってしまったことを恥じた。まるで、自分が安っぽくなった感じがした。
そんなことより、私は聞きたかった。凛都さんはどこにいるの?
やがて穴が十分に掘れた。
絵がぴったりおさまるくらいの大きさで、深さは三十センチくらいだった。
冴木くんはスコップを持って、休憩所の脇にある蛇口に向かった。そこで背中を丸めて、手とスコップを洗った。最後に冴木くんは、きれいになった白いスコップを太陽にかざした。
白い光と、どこか甘いパンみたいなにおいがただよってきた。それから「埋葬しましょう」と言った。
私はそのとき、もっと穴を掘っていればいいのに、と思った。
冴木くんは絵を袋から出した。そして、その絵がしっかりとそこに描かれていることを確認するように、まじまじと見つめた。それから、
「見ておきます?」
と言って、絵を私に向けた。
そこには、黒色と金色の混じった背景に、青白く透明に光る球体――そんな水玉みたいなものが無数に描かれていた。大きな水玉や小さな水玉が、宇宙空間にただよっていると言うべきか。
秋の傾きはじめた陽射しの中で、ぽっかりと空中に開いた異次元の窓のようでもあった。
水玉は、お互いを映していた。水玉の中に水玉があり、共鳴しあい、引きつけあっているようだった。
「ねえ、これってさ、水玉ってさ、人間ってこと?」
すると、冴木くんは首をかしげた。
「え? そうなんですか? 僕は、それがわからなくて、ルカさんのところにきたんですけど。……でも、あのひとも、言ってました」
「なんて? その、路地で出会ったひとは、なんて言ったの?」
冴木くんはしばらく目を閉じて考えだした。それから、ふいに目を開けた。
「すべては、縁でつながっている。――――そんなことを言いました。それから、ルカさんの店に行くように、って」
そのときふと、ある直観を感じた。
私が占われている。私が占うんじゃない。
人と人が見えない縁でつながっているのだとしたら、ある瞬間に、どの縁を選ぶのかは個人次第だ。私は他人によって、偶然の中で選ばれた一枚のタロットカードにすぎない。
だから、占われているのは私だ。冴木くんによって。凛都さんによって。いろんなお客さんによって。
だから、他人の人生を変えようとする必要はない。変えることはでない。
人生という織物は、人間の想像を超えた縁のはからいによって、精妙に織りなされているのだから。
――そう思うと、なんとなく、肩に力を入れすぎていた自分が、馬鹿らしくも思えた。
冴木くんは絵を地面の穴の中に寝かせた。絵は上を向いている。そこに両手で土をかけていった。
ざ、ざ、と音をたてて、絵が埋まっていく。私もそれを手伝った。
埋葬は終わった。すると冴木くんは顔を上げて、安心したような顔をした。それから、蛇口の方へ向かって手を洗った。私も手を洗った。
西の空が赤らみはじめており、冴木くんの髪も赤みをおびていた。桃色の光があたりに満ちた。本当の光なのか、心の光なのか、よくわからない。やわらかいパンのにおいがした。私は冴木くんの汗にぬれた背中に触れて、帰りましょう、と言った。
冴木くんはうなずいて、白いスコップを手にとった。早く車に戻らなければ。夜がくるまえに。
凛都のアルカナアイズ 浅里絋太(Kou) @kou_sh
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