アルカナ・水玉・声 2

 本当のことをいうと、私は数秘術や占星術や手相などの『相術』あるいは『相占そうせん』をあまり活用していなかった。つまり、タロットカードみたいにランダムなもの。――いわゆる『卜占ぼくせん』を信じていた。まあ私が『相』を使いこなせていないだけかもしれないけれど。


 誕生日や時間をもとに統計学的に導きだす答え。私にはどうもうまく使えない。


 それに、たまに聞くのだけど、占いというものに統計の理論をあてはめようとする向きもある。


 統計学? 科学的? そういうのもあるけれど、私にはあまり必要がないと思う。オカルトに頼りながら、科学的であろうとするのはいささか滑稽だ。占いは誇り高きオカルトであり、より人間らしいものなのだ。


 ――とはいえ数秘術みたいな手技も、ないよりはいい。矛盾しているようだけど。



 冴木くんの生年月日をもとに、数秘術の方法で計算していくと『3』の数字が導き出されたため、冴木くんにその結果を伝えた。


「あなたは、順応性にすぐれた性格を持っていますね」


 しかし冴木くんにはぴんと来ていなかったようだ。冴木くんから、疑いを持つような紫色の光が流れてくるのが視えた。




 ――以前から私は共感体質で、この世には理屈で説明できない力が働いていることを、自然に理解していた。


 例えばすれ違った人が、なにを考えているのか分かるときがあった。教室で近くに座る生徒が、教師に隠れてなにをしているのかわかった。横文字で言うと、エンパスなどと呼ぶらしい。


 それでいて私は、このエンパス能力を乗りこなせていなかった。冴木くんと対面したこのときも、私は早くもくたくたになりはじめていた。そう、私はあのころ、深刻な問題を抱えていた。


 話を戻そう。あのとき私は苦手な数秘術を披露したあと、気を取りなおして尋ねた。


「で、なんの相談なのかな?」


 すると冴木くんは、自身が座る椅子に立てかけた平板を見つめ、そのへりに右手を載せながら、


「これについてです。これについて、占っていただきたいんです」


 その展開はある意味で、私の溜飲を下げることになった。私はそこを聞きたかったのだ。


「なるほど。悪くない話ね。それじゃ、まず、その袋から出してみてくれる?」


 すると冴木くんは意外そうな目をした。


「え、なぜですか?」

「……なに? なぜですか、ですって?」


 私はため息まじりに続けた。


「その物体について占ってほしいって。きみは、そう言ったよね?」

「はあ。それはそうですが、そう言われましても……」

「まずそれを見せなさいって。それからでしょ? そんなふうな、卵を割らずにゆで卵か生卵かを当ててみろ、みたいなことをされてもさ。馬鹿にしてるの? って思うじゃない」


 すると、冴木くんは真顔になり、うつむいて黙りはじめた。冴木くんのうなじが見えた。へそも曲がってそうな、腹立たしいうなじだった。柔らかい毛がねじれ、不細工な渦をなしていた。燃やしてやりたい衝動にかられた。


 やがて冴木くんはなにごとかをつぶやいてから、立ちあがった。私はびくりとなり、筋肉店主の壁をちらりと見た。


「わかりました」


 冴木くんはそう言ってから、屈んで手を伸ばして茶色の袋を持ちあげた。空中で器用に袋の口を開き、平板状のそれをだしていった。


 そうしながらも迷っているみたいだった。まるで、自分自身が裸になることを恥ずかしがっているように。


 ――――やがて、袋が取り払われた。


 それは、キャンバスに描かれた油絵だった。


 冴木くんは私に向けて絵を見せつつ、いちど、首をかしげて、そこにきちんと絵が描かれていることを確認した。もちろんそこには絵が描かれており、真っ白になっているようなことはなかった。


 その絵は奇妙なものだった。


 黒色と金色が混じりあう背景に、青い水玉のようなものが、無数に描かれていた。水玉の中にはさまざまなものが映りこんでいるようだった。


 不気味な中に、妙な柔らかさを感じたことを憶えている。


「僕は、この絵を描いてから……。いや、多くの水玉について……。それについては……」


 冴木くんはなぜかしどろもどろに、よくわからないことを口走りはじめた。だから私は手で制するようにして、


「わかった。わかったから、いったん座ろう。ね?」


 すると、冴木くんは鼻息を二度吐いてから、スイッチが切れたように椅子へ腰をおろした。


 本当はまだ話を聞くべきだったが、私はあきらめて、タロットカードの束を手にとった。




 シャッフルして、黒いマットの上にカードを並べてゆく。三枚のカードは裏向きになっており、カードの背面には紺色に幾何学的な金色の線が描かれていた。


 そういえば、と私は言った。


「この店のこと、どうやって知ったの?」


 冴木くんはしばらく裏向きのカードたちを眺め、無言だったが、ふと気がついたように顔を上げた。


「そうですね。あれは、夢を見たんです」

「夢を見た?」

「そうです。そこは、とても広い空間でした。暗いんだけど、広くて光がある。そういう感じです」

「え、暗いのか明るいのかどっち?」


 などと聞いてしまう自分にあきれた。私自身が道化師なのに、別の道化師を貶めているような気がした。


「それで言うなら、じゃあ暗いです。――続けていいですかね?」

「うん。ごめんね、どうぞ」

「ありがとうございます。……その空間には、たくさんの球体が浮かんでいました。大きな水玉のような……。そして、その水玉の中には、いろいろな映像が映りこんでいるんです」

「ふうん。変わったイメージね。それで?」

「ええ。それから僕は、その夢の光景を元に、絵を描きはじめました。そして、二週間後に完成しました」

「そう。完成して、どうだったの? 気がすんだの?」


 冴木くんは心外そうに言った。


「いえ。そんなことはありませんでした。それより、もっと、この絵がなんなのかを知りたくなって……。絵が完成した日の夜、ズボンや手に絵の具とかが付いた状態で、街中に行きました。なにか、答えがあるような気がして。――――歩く間じゅう、この絵のことを考えて。そう、ぼんやりと、路地を歩いていたんです。で、そうだ。そのときでした。その、男のひとに出会ったのは」

「男のひと?」

「そうです。そのひとが、このお店のことを教えてくれました」

「だれだったの?」

「ここにきたことのある、お客さんみたいな感じでした」

「なるほどね。まあ、その話はもういいかな。――さて、はじめましょうか」

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