アルカナ・使命・梟の目 2
2日後、優真はまた明け方に夢を見た。
夢の中で、あたりは昼間のようだった。
聡美は1階の夫婦の寝室で昼寝をしている。
するとリビングの窓に男が入ってくる。
男は寝室に入っていき、聡美にナイフを突き立てる。
――優真はベッドの中で目を醒ました。
本当に恐ろしい夢だった。
ずっと祈った。
お願いです神様。
たんなる夢であってください。
気のせいであってください。
朝、優真は両親の顔をまっすぐ見られなかった。
聡美は体調が悪そうに言った。
「きょう、風邪っぽいみたい……」
優真は玄関を出て歩きはじめた。
しかし足どりが重かった。
通学路にあるさびれた路地のあたりまでくると、とうとう立ち止まった。
夢のことを、言わなくていいのだろうか。
あんな悪い夢は、勘違いに決まっている。
夢の話をしたら、また怒られるだろう。
「どうしたんだ」
と、声がした。
顔を上げるとそこに、黒いジャケットに銀の十字架のペンダントをぶら下げた青年がいた。
「あ、は、はい。あの……」
「中に入れよ。そんなに騒がれると、気になる」
青年は親指で、『喫茶店 蒼幻』と書かれた看板を示した。
優真は思った。
そんなに騒がれると、と言ったのだろうか。
声なんて出していないのに。
店の中はコーヒーと木のにおいがした。
優真はココアが飲みたいな、と思った。
入口の左手のカウンター席には、ガラス製のフクロウの置物があった。
帽子をかぶったマスターは、
「凜都くん。その子は?」
と言って、少し戸惑っていた。
凜都と呼ばれた青年は「問題ない」と、奥のテーブル席に行った。
そこで凜都はマスターに言った。
「ココアと、アメリカンコーヒーを」
「はいよ」
と、マスターは応じる。
優真は通学カバンを抱きかかえ、テーブルの前で立っていた。
すると凜都は、
「座りなよ。オレのおごりだから」
「あの、ぼ、僕は……」
「話してみろよ」
そのとき、マスターの声がした。
「その人はね、見た目はそんなだけど、まあ、悪いやつじゃないよ。それに、話を聞くことにかけちゃ、プロだからね」
優真は思いきって凜都の前に腰をおろした。
優真は学校に欠席の電話をしてから、ココアのカップを掴んだ。
甘く香ばしいにおいが漂ってきた。
息を吹きかけてから、ココアをちょっとだけ吸い上げる。
口の中に甘さとぬくもりが広がる。
そこで凜都を見ると、コーヒーカップをずっと見守っているだけだった。
「気にするな。オレのタイミングが、ある」
それっきり、凜都はなにも言わなかった。
優真は目の前の青年が、話を聞くプロだということを信じはじめていた。
なぜなら、寄り添うだけで、なにも言わないからだ。
『言いたいことは、口に出してはっきり言いなさい。さあ』
とかは言わなかった。
――いや、そうではない。
こんどは優真は凜都に恐れを抱きはじめる。
店の入口で、『そんなに騒がれると』と言った。
『そうか、この人は、わかる人なんだ』と思った。
そのとき、凜都が顔を上げた。
意外なほど、透きとおったまっすぐな眼をしていた。
だから、優真は話しはじめた。
明け方に見る夢のこと。
先日の聡美の怪我のこと。
今朝の恐ろしい夢のこと。
同時に優真は後悔した。
大人にこんな話をすると、どうせ馬鹿にされたり、ストレスがたまっているんだろう、などと言われるに決まっている。
しかし、そうではなかった。
「色は?」
たしかに凜都はそう言った。
「色、ですか?」
「ああ。じゃあ、自転車の、お母さんが怪我をするときの、夢の色は?」
「え? あの。どうでしょう。薄いオレンジ色って感じです。そういうことですか?」
「ああ。それじゃ、今朝の夢は?」
そこで優真は思い返してみた。
夢の光景のすべてが、赤く、ドス黒い印象に包まれていた。
あの夢を思い出すと膝が震えだし、なぜか涙が出てきた。
凜都は言った。
「優真くん。いいかい。人には、使命があるんだ。きみは、伝えなくちゃいけない。つらいかも知れないが、視える者は、語らなければ」
優真は顔を上げて、スマートフォンを持ち上げた。
母親の聡美に電話をしたが、留守電になった。
父親の修司は電話に出た。
「お父さん。僕、言わないといけなかったんだ。お母さん、きょう、殺されちゃうかも。ねえ、お父さん……」
するといらついた声がした。
「これから商談だから。またか……。いい加減にしてくれよ」
電話が切れた。
優真は泣き顔のままで凜都を見た。
すると、凜都は右手にトランプみたいな、不思議なカードを持っていた。
そのカードの下部には『THE MAGICIAN』と書かれていた。
ローブを着た、魔法使いみたいな男が右手を天に掲げ、左手で地面を指している。
「これは、神のメッセージを授かる、魔法使いのカードだ。きみのように、真実を知ることができる。またその真実に従って、行動をする人物でもある。――さあ。きみの心が、命じることをしろ」
優真は立ち上がって、店を飛び出した。
家に帰って、早く母親に危険を伝えなければ。
そして、すぐに家から逃げ出そう。
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