アルカナ・地図・導き 4

「だますような振る舞いをしていて、すみませんでした。

 私は前職で、そこそこやり手のエンジニアだったんです。しかし、社長が変わってから、開発チームの体制が変わってしまいまして……。

 新しいリーダーは技術も経験もないのに、たいそう高圧的で、私を目の敵にするようになりました。

 それで私は、体調を壊して辞めることになったのです。どうもそれから、プログラミングや、コンピューターというのが、怖くなってしまって」


 わたしは尋ねた。


「だとしたら、どうして助けてくれたんですか?」


 すると須藤さんは恥ずかしそうに、


「あなたが、こないだ声をかけてくれたからですよ。きっと、自分ならではの居場所が見つかりますよ、って。そんなふうに」

「いえ、わたしはただ、須藤さんが寂しそうで。励ましたくて……」

「ありがとうございます。あなたは、きっと、人を元気にできる人なんですね。それに、なんとなくですが。なにか、あなただけに見えているものが、ある気がするんです。その感受性に、私は救われたんです」



 翌日、なんとか無事にサイト公開に漕ぎつけた。

 昼の12時前に井澤さんに電話をすると、「やればできるじゃないですか。今後も頼みますよ」と、怒っているのか喜んでいるのかよくわからない言われ方をした。



 わたしは公開された『久魯川市観光マップ』を自分のスマートフォンで表示した。

 トップページには『さあ、あなただけの旅を探そう』という文字。

 そこから進むと、カフェやレストラン、展望台や美術館など、色々なスポットを示すアイコンが地図の上に並んでいる。

 アイコンをタップすると、詳細な写真や説明が表示され、予約までできる。

 そうやって見ると、なかなか悪くないサイトだった。

 でも、須藤さんや園原さんの助けがなければ、とうてい間に合わなかっただろう。

 エンジニアとしての自分に、価値などないのではないか。

 いったいわたしは、どこに行こうとしているのだろうか。

 そんなことを思った。

 もういちど、観光マップのトップページを見た。

 『さあ、あなただけの旅を探そう』

 わたしだけの旅。

 それはどんな道程なのだろう。

 わたしにはまだ、地図すらないというのに。

 どこへも行けないし、どこに行くべきかもわからない。



 夕方になり、わたしは帰ろうとしていた。

 そのとき、須藤さんが近づいてきた。


「サイト、間に合ってよかったですね」

「ええ、須藤さんのおかげです! ほんとうに、ありがとうございます」

「いえいえ。それでね、私、頼んでみようと思っているんです。開発部門に転属させてもらえないか」

「ぜひ、そうしましょうよ。それがいいですよ」

「はい……。やっぱり、人の役に立てることを、素直に考えると、それが一番かなと」

「人の役に立てること……」

「ええ。そう思ったんですよ」


 須藤さんから、明るい光が流れてくる気がした。



 その日の夜、わたしはスマートフォンを取って、ある場所へ電話をかけた。

 4コール目に応答した。


「はい、凜都です」

「すみません。以前、そちらにお邪魔をした、柚木と申します」

「え? ああ、どうしたの?」


 わたしは戸惑いながら、なんども心の中で反芻した言葉を伝えた。


「お願いがあるんです。わたしに、タロットカードを、しっかりと教えていただけないでしょうか」

「なんだって?」

「占い師になりたいんです」

「あー。……なんでオレなの?」

「凜都さんは、わたしのことを、瞬時に見抜きました……。それに、なんとなく、祖母の占いと、似ていると思ったんです。お願いします」


 長い沈黙があった。

 やがて、あの凜都さんとは思えない、不思議なほど優しい声がした。


「そうか、見つけたんだね。きみの道を」



 アルカナ・地図・導き おわり

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