アルカナ・石鹸・夜の百合 2

 瑠香は凛都の背中を追って、新宿の歓楽街を進む。

 ネットで調べた限り、土井という男は『ミルラ』というキャバクラの店長のようだった。

 また、SNSなどもたどっていくと、風俗店や飲食店の経営にも関わっている、半グレじみた人物のようだった。

 何人もの女性を使って稼いできたようで、すこぶる評判が悪かった。



 颯爽と歩く凛都の姿は夜の街になじんでいた。

 そんな凛都を見ながら、瑠香は不思議に思った。

 なぜ凛都は占い師などをやっているのか。

 だれに習ったのだろうか。


 そのとき、凛都は立ちどまって振り返ってきた。


 瑠香は『しまった』と思った。

 心をコントロールできていなかったかも知れない。こんなことでは、また凛都にのぞかれてしまう。

 そんなことを考えていると、凛都は横の看板を指して、


「ここだ」


 そこには『ミニクラブ ミルラ』と書かれたピンク色の看板があった。

 客引きの男性が近づいてきた。


「お兄さん、いらっしゃいませ! 女性同伴ですか? セット料金は5千円です。すぐに入れますよ! どうぞどうぞ」


 凛都はその男に近づいて、


「土井完二ってやつはいるか。そいつに会いにきた」


 すると男は引きつった表情で、


「何モンだよ、てめえは」

「土井と話をしにきた。呼んできてくれ」

「てめえなんかと、話さねえよ」


 瑠香は急な展開にたじろいだ。

 いきなりこんな、正面突破になるとは思わなかった。

 そのとき、背後から声がした。


「なにやってんだ?」


 そこには、白いジャージを着た、金髪のオールバックの男がいた。

 呼び込みの男は言った。


「ど、土井さん。こいつが……」


 すると凛都は土井に向かって、


「ふうん。アンタが、土井か。土井完二」


 土井は眉をひそめて、凛都に顔を近づけた。


「ああ? なんだてめえは。ホストか? なんの用だ? うちのキャストから、売り掛けの回収か? 店にくるんじゃねえよ」

「なるほどね。たくさん見える」

「見える、だ? なにがだよ」

「見えるよ。アンタが食いもんにしてきた、女の人たちが」

「なにいってんだテメー。イカれてんのか?」


 そう言って土井は凛都の肩を掴んで、鼻に頭突きを入れた。

 凛都は後ろによろめいて顔をおさえた。

 土井はさらに威圧するように、


「なめてんじゃねえぞコラァ!」


 凛都はハンカチを出して鼻血を拭き、にやりと笑った。

 瑠香は凛都に駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああ。問題ない……」




   *   *



 土井完二は目の前の、黒いジャケットの男をにらんだ。

 不気味なやつだ。それに女連れで。

 どこぞのホストか、バンド野郎か。

 いずれにしても、もっと脅して金を巻き上げてやってもいい。

 女の方も、いくらでも料理してやる。


 ――そんなことを思っているとき、ふと、視界の端に白いハイヒールが見えた。

 細い足に、桃色のドレスを着ている。

 どこかで見覚えがあった。

 たしか、借金を押し付けてソープに売ったあと、自殺した女だった気がする。

 やがて、視界の端に別の女が現れた。彼女は土井の経営する『ミルラ』のキャストだったはずだ。しかし、売り上げが低く、なんども叱っているうちに病んで、いなくなった。


「どうして、あんなに酷いことを言ったんですか?」


 と、彼女は言った。


「なんでですか?」


 その顔は青ざめており、血の涙を流していた。

 気がつくと、土井は女たちに囲まれていた。

 いままで不幸な目に遭わせてきた女たちが、次々に詰め寄ってきた。

 手首から血を流す裸の女。

 飛び降り自殺をした、頭から血を流す女。

 彼女たちは、土井を見つめてささやきかけてくる。


「なぜですか?」

「どうしてですか?」

「助けて……」




   *   *




 瑠香は、急に様子がおかしくなった土井を見ていた。

 土井はなにかに怯えきっているようだった。


「やめてくれ……。やめてくれッ! オレが悪かった!」


 すると土井は急に駆け出し、道路に飛び出た。

 向こうからは黒いバンが向かってきていた。

 急ブレーキの音。

 鈍い衝突音。

 周囲の叫び声、怒鳴り声。


 そのとき瑠香は、凛都がつぶやくのを聞いた。


「もう、気はすんだかい。きみたち」


 するとその瞬間、あたりに幾人もの女性のシルエットが見えた気がした。

 やがてそれすら幻のように、淡い光を放って消えていった。

 あとには、夜の街のネオンサインが残った。

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