余話・ハロウィンのかぼちゃ

※注・ハロウィンにかこつけた番外編です。時間軸は本編終了後、すなわち未来の話ですが、本編の結末には触れていません。ただし、26話までのネタバレを含んでいます。


27話を公開した後に一旦非公開設定にさせていただき、完結後に余話として再公開します。


(体調不良等で公開が遅れてしまい申し訳ありません。頭の中の時計を巻き戻してご覧ください)


 🎃


 ……草壁色葉は超能力者である。ただの超能力者なら珍しくはあるが希少ではない、という存在であるが、彼女はこの国にたったひとりの特殊な能力の持ち主である。


 ただ、その能力をありがたがられているかというと話は別なのだが。


 さて、午前の授業をつつがなく終えた昼休み。色葉と史穏は旧実習棟の裏にひっそりと佇むベンチに並んで過ごしていた。


 秋もじょじょに深まりつつあり、緑一色だった景色に赤や黄色が目立ち始めた。風が吹くたびに落ち葉が地面を滑り、転がっていく。


 今日も彩りと、栄養バランスが考え抜かれているのであろう弁当をときおり渋い顔をしながらも完食した史穏は、弁当箱を閉じて几帳面に包むと、ぽろりと呟くように言った。


「オレンジのかぼちゃっておいしいのかな」


「……うーん、おいしくはないっていうよね」


 色葉は同じく空っぽになった弁当箱を包みながら、視線を少し上に投げた。そのまま脳をくるくると回転させ、知りうる限りのかぼちゃのプロフィールを知識の中から取り出していく。


 かぼちゃはウリ科カボチャ属に属する、つる性の一年草の果菜。果菜、つまり果実を食用とする野菜のことだ。食用や観賞用に多数の品種があり、その色や形はさまざま。


 そして、この国に流通している鮮やかなオレンジ色のかぼちゃは観賞用であることがほとんどで、味に関してはいい評判を聞かない。十月になれば立派なものがハロウィン飾り用にと野菜売り場に顔を出すが、だいたい『食べられません』の注意書き付きだ。


「そうか……だからあんまり見かけないんだ。おいしかったらよかったのに」


 史穏は弁当箱をリュックに突っ込み、それからあからさまに肩を落とす。色葉はその反応をすこし不思議に思った。


「だね。そういえば、かぼちゃはオッケーなの? めちゃくちゃ野菜だけど」


 父親譲りの美しい瞳の色と母親譲りの容姿端麗さで、学校中の女子からの支持を集める史穏。その中でも熱心なファンから、学園の王子様、もしくは翡翠の王子様、と呼ばれたりもする。


 しかしそんな彼が完全無欠なのは見た目だけ。性格は心優しく穏やかだが極めて内向的で、人と目を合わせて会話をすることは苦手。向かってこられるとずっと後ろまで引いてしまい、そっと心を閉ざしてしまうタイプだ。


 テレパシストとしての能力値は極めて高いが、運動も勉強もあまり得意ではなく手先も不器用。とどめに高校三年にして幼児も真っ青なほどの偏食で、特に野菜全般を苦手としている。


 そんな史穏はひょんなことから色葉と親しくなり、それから……まあ、このことは一旦置いておくこととして。


「かぼちゃは大好きだよ。ああ、煮物はちょっと苦手だけど、天ぷらとか、サラダとか、お菓子にしても美味しいよね」


 そう言うと、史穏はまるで鍋で煮溶けたかぼちゃのように甘く笑った。


「うっ」


 たいていの女子はこの微笑みに心を掴まれてしまう。それは彼と間近に接することの多い色葉もとて例外ではなく、喉から飛び出しそうになった心臓を、飲み込むようにして抑えた。


 ほんと、全然慣れないんですけど。色葉は熱くなった顔を手でパタパタ扇いだ。


「えっ? どうしたの?」


「なっ、なんでもないっ」


 まんまるに開かれた翡翠の目がすぐ近くまで来ているのに気づき、色葉はたまらず顔を逸らす。


「……変なの」


「そ、そういえば、オレンジのかぼちゃの味がどうかしたの?」


 話題を必死に元に戻そうとする色葉。史穏は思い出したようにポンと手を叩く。


「ああ、そうそう。ハロウィンの日にね、母さんがパンプキングラタンを作ってくれるんだよ。カボチャをくり抜いて、中にいっぱい具を詰めて焼いたやつ」


「なにそれ、おいしそう!!」


 今日は十月二十九日。ハロウィンは明後日だ。草壁家ではハロウィン用の包装のお菓子が登場するくらいで特別なことはないのだが、翠川家ではおばさん――史子が腕を振るったご馳走が食卓にのぼる日らしい。


 史子さんのご飯、見た目も綺麗で美味しいんだよね。色葉の頭の中に一瞬にして鮮やかな映像が結ばれる。


 オーブンを開けると現れるのは、濃い緑色の丸ごとのかぼちゃ。きつね色に焦げたチーズが、グツグツと音を立てて手招きしてくる。


 チーズを割るようにスプーンを差し込めば、つやつやのホワイトソースが湧き出して……いや、かぼちゃの果肉で色づいたらオレンジソース? イエローソース? まあ、どっちでもいっか。


 だってそれをホクホクに焼けたかぼちゃと一緒に頬張れば、それだけで天にも昇れそう。具は何を入れるんだろう。お肉にきのこ、野菜、何が出てきても幸せに決まっている。


 ああ、食べたい。


 自他共に認める食いしんぼうの妄想は、あっという間に膨らんでいく。あれ、どうして私はドキドキしていたんだっけ?


 色葉の頭の中は、もうすっかりパンプキングラタン一色だった。


「うん、すごくおいしいよ。なんかほうれん草とかにんじんもしっかり混ぜ込まれてるけど、それはそれとして」


 野菜の名を口にするときはいつも難しい顔をしている史穏が、珍しく顔をとろかせていた。


 生粋の野菜嫌いが笑うほどとは、想像するだけでお腹が鳴ってしまいそうになった。成長期はとうに終わっていても、おいしそうなものの話題にとことん弱かった。


「ん、どうしたの?」


 呼びかけられハッと気がつくと、また翡翠の目が近くにあった。史穏は不思議そうに首を傾げている。


「なっ、なんでもないっ」


 色葉は、恥ずかしいからどうか読まないでと願いながら目を逸らす。史穏は普通のテレパシストと違い、触れなくても読める特性の持ち主。読まないという約束はしているが、それでも緊張はする。


「うーん、まあいいか。ああ、あのかぼちゃがオレンジ色だったらなってずっと思ってたんだ。だってハロウィン、ジャックオーランタンといえば緑じゃなくて、だよね。オレンジの方が雰囲気が出るかなって」


「なるほどねえ……」


「それで、ぜひお願いしたいことがあって」


 もう史穏の言わんとすることはわかっていた。


「……かぼちゃをオレンジに染めてって言うんでしょ。いいよ」


「あっ、わかっちゃった? すごいなあ。テレパシスト僕らみたい」


「誰にでもわかるって」


 同い年の男子らしからぬ可愛らしい願いに、色葉は小さく笑いをこぼした。確かによくある緑のかぼちゃをオレンジ色に変えるのは、『染色』の能力を使えば簡単なことだ。


 それだけではない。テレパシストのように、心を読むこともやろうと思えばおそらくできる。彼が夢見るようなオレンジ色の甘いかぼちゃを、何もないところから生み出すこともできる。


 なぜなら色葉の本当の能力は、世界のあらゆる法則を無視し、願ったことを叶えられるものだからだ。


――ぜひ望みを叶えてあげたいと思うけれど。


 ふと色葉の頭に浮かんだのは、ここに至るまでさまざまな出来事。


 それに付随した色。


 濃色から淡色へ、有彩色から無彩色へ、そして透明へ。


 まるで彗星のように降ってきた試練を乗り越え、自らと向かい合った結果――色葉はこの能力を、今まで通り色を変えることのみに使うことに決めている。だから。


 放課後、一緒にかぼちゃを買いに行こうよ。


 色葉がそう言おうとした時、史穏はおもむろに横に置いていたリュックサックに手を入れた。


「はい。じゃあ、さっそくお願いします」


「え?」


 色葉が目を丸くしたのと同時に中から白いレジ袋を取り出した。中からは、緑色の西洋かぼちゃが顔を出す。大きさは史穏の顔をすっかり隠してしまえそうなそうなほどだ。


 色葉はこれ以上ない満面の笑顔の史穏と、ゴロリと立派なかぼちゃの間で視線を往復させる。


 絵に描いたような美しい笑顔には、今回は心揺さぶられなかった。なぜなら、唐突にかぼちゃが出てきた驚きの方が大きかったからだ。


 一見すると離れたところの物体を転送する超能力、取寄アポートのようにも思えるが、あいにく史穏はその素質を持たない。


――ということは、結論はひとつである。


「あの、これ、もしかして家から持ってきたの?」


「うん。重かった!」


 史穏はひと仕事終えたかのように得意げな顔で、胸をぶんと張った。


「かぼちゃと一緒に学校来たんだっ……」


「そうだけど……あれ、どうして笑うの」


「ごめん。だって、面白すぎるんだもん」


「ええ……そ、そんなに変かなあ」


 だって、王子様のリュックに大きなかぼちゃが。


 かぼちゃを受け取って膝の上に乗せたところで、とうとう堪えられなくなった色葉は、笑いながら空を見上げた。史穏も空を見て同じように笑った。ふたりの笑い声が重なる。


 目一杯に広がるには雲ひとつなく澄んでいる。降り注ぐ日差しが、赤く黄色く染まった葉をきらめかせて。


 秋は寂しさを感じさせる季節とも言うけれど、色葉にはそうは思えない。目の前の光景は色鮮やかで、春と同じくらい色に溢れた季節だと思っている。


 ひとしきり笑った後、色葉はかぼちゃに意識を集めて目を閉じた。


 この景色に、あとひとつ色を添える。


 色葉がよく晴れた日の夕焼けのような、はっと鮮やかなオレンジ色を思い浮べた次の瞬間、かぼちゃに乗せた手の上にあたたかいものが触れた。


 目を開くと、いつのまにか黒手袋を外していた白くて大きな手が、色葉の手に覆いかぶさっている。さらにその下で、緑だったかぼちゃがまるでりんごのように真っ赤に染まっていた。


「うわ、失敗したっ」


 慌てて赤をオレンジ色に置き換えると、かぼちゃは見事なジャックオーランタンの卵に変わった。これでいい?と目で呼びかけた色葉を見て、史穏は何かを確信したような顔をしている。


「やっぱり、そうだったんだ」


「……なにが?」


「……僕が触ると赤くなるんだなって」


 色葉は首を傾げたが、すぐに思い出した。史穏と友達になる約束をした日、黄色の銀杏が赤く染まったことを言っているのだと。


「えっ、ああっ、わざとやったってこと!?」


 肯定の意味なのだろう。翡翠にほんの少しの桃色が混ざったような眼差しが色葉に向いている。


「うん。あと、触りたくなったから」


 言い切るよりも先に肩を抱き寄せられて、色葉の心臓がポンと高く鳴った。出会ってから一年で……なんというか、距離はずいぶんと近くなったけれど。


 やっぱり、ちょっと恥ずかしいんだよね。外だし、学校だし!!


 色葉はオレンジのカボチャを落とさないようにギュッと抱きしめる。すっかり熱を持った耳や頬は、冷涼な秋風でもなかなか冷やせなかった。

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