第3話
スーツ姿の坂本さんと半袖の新山君。二人は徒歩で落書き現場、たぶん新山君の自宅へと向かっていく。男性は坂本さんがおんぶして、もう引きずられることはなさそうだ。完全に熟睡している。
私は身の起き所がなく、興味もあったのでなんとなくついて行ってしまった。
新山君の自宅はうちの近所で、新山君とは幼稚園からずっと一緒だ。だけど最近は話すこともなく、図書委員として顔を合わせるぐらい。新学期から同じクラスになったけどまだ話したこともない。
新山君は全く気にしていないみたいだけど、どうして待ってろなんて言ったんだろう。そんなに心配に見えたのかな。
新山君のことは正直あまり知らない。
落書きを犯行現場と言っていいのかは分からないけれど、着いてみると一目瞭然だった。
確かに新山君の自宅には一頭の牛がいた。恐らく乳牛で、田舎町なここでもかなり珍しい。初めて知ったその牛さんには、
「見ろ駐在。これが豚に見えるか。野郎ふざけやがって。ホルスタインは豚じゃない!」
と新山君が怒るのも無理はないぐらい、堂々と「豚」と落書きされている。
しかも凄い達筆。書道の有段者みたい。ある意味感心してしまうほどしっかり「豚」という文字が記されていた。上手い、巧み。けどホルスタインは豚ではありません。
ああ、と坂本さんは半ば呆れ顔を浮かべつつ、やはり同じ感想を持ったようだ。
「達筆だなあ……」
思わず言葉にしている。
「そういう問題じゃないだろ! これペンキだぞ? どうすんだ。つかどういうつもりだ! こいつマジふざけやがって!」
新山君の憤りは止まらず坂本さんも「まあ確かに」と頷いている。
坂本さんはひと思案した後すぐ行動に移した。
スマートフォンを取り出しどこかに連絡。簡潔に事情を説明しすぐさまスマホを仕舞った。
それから零すようにポツリと言った。
「一応器物損壊、だと思う」
新山君が鋭く噛みつく。
「当然だろ。動物愛護法とか色々あんだろ」
「そうだがこの手の専門家じゃないんだよ」
警察の人でも分からないことがあるんだ。新山君もその点は何も指摘しなかった。分からないものは分からない。
坂本さんは警察の人を呼んだ旨を説明した後、その人達が来てから防犯カメラの確認と男性に事情を聞くと言った。
それから新山君のご両親に話があると告げた。
新山君は頷き言い放つ。
「そうしろ。俺は用があるんだ。確かめたいことがあったら後で話してやる。仕事しろ地方公務員」
「偉そうにお前被害受けた側だからって。で、用事ってなんだ?」
そんな坂本さんの問いかけに、
「あ? さりげなく探り入れんな。職業病のつもりかもしれんが話すわけないだろ。所用だ。個人情報に触れるな地方公務員」
新山君はまるで取り合わない。どうしてそんなに強気に出られるんだろう。坂本さんと親しいのかな? 親しき仲にも礼儀あり、という感覚はないみたい。
坂本さんは苦笑いを浮かべていたが最後に一つだけ確認した。
「この男性と以前トラブルになったことはあるか」
「ねえよ。誰だこいつ。知ってる奴ならわざわざ警察使わない」
その言葉に坂本さんは深く頷いた。
そして言う。
「彼女待たせて悪かったな。早朝から見せつけやがって。せいぜい楽しんで来い。遅くなるなよ」
「言われなくても分かってる」
新山君は何一つ否定しなかった。
えっと今ここには私達四人しかいなくて、女の子私だけなんだけどどういうことだろう……。
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