平和か戦争か〈13〉

32

「…エーギル、一つ問いましょうか。貴方は何を重要とするのです?」

 苛立ちが半分、困惑が半分といった所か。

 アデライザは理解し難いといったように目をすぼめる。


「アデライザ様の申す通り、手段も構想もなき理想とは文字通りの机上の空論となりましょう。そればかり志向し、実行に移す君主がいるのならば、それは愚か極まる事です」

 ラグナルスに片目を遣りながら話す姿勢は、両侯子を批判するものであった。


「しかしながら…極論を申します。君主にとっては武才も学才も、悉く不要なのです」

「ではエーギル。其方は我らに一体何を求めるのか?」

 全く分からない、といったように両侯子は共に首を傾げる。


「それは信念や意志といった精神的類のものであります。そもそも我ら従者や従士、家臣といった者どもは手足だけでなく、考える頭を持っております」

「…その頭に打算、という言葉は無いのですか?」


 エーギルはアデライザの皮肉を飄々と受け流すと、当然予測していたとばかりに言葉を繰り出す。


「損得を勘定する頭もございます。ですがそれだけならば、主君はただ土地や財の元に家臣を縛りつければ良いだけの事。それをしないのは――」

「ただ単に力不足なだけでしょう?」

「いえ。例えば…アデライザ様は自身に誤謬ごびゅう無きまったき人である、とお考えでしょうか?」


 思うところがあったのだろう。

 アデライザは肯定の意を示す沈黙を選択した。

 人の子である以上、如何いかような選択の全てが正しいとは言えないだろう。

 家人ミニステリアーレスは換言を続ける。


「人は誰もが間違う者。そしてそれは先程のラグナルス殿下にも言えましょう。理屈抜きで『そうしたいから』という意志をお考えになられたように」


 そう鷹揚に述べるエーギルは、狭苦しい車内でなく、何処か別の遠い光景を懐かしんで見ているかのような目をしていた。


「殿下同様、従う者共にも利害を度外視するかのような展望というものがあります。その意志は万金を以てしても突き動かすのは決して容易でないでしょう」

「…それは貴方も例外ではない、と?」


 アデライザの探るような問いかけに対して、漸くエーギルは眼に映す光景を、この場へと戻した。


「左様でございます。私や…少なくともエゼルレッドは、かの父君のうつわに魅了され忠誠を誓っていました」


 一先ず話は終わりだ、とばかりに一礼をする。

 またそれは失礼な事を宣ったことに対する、出過ぎた真似をしたという申し訳無さの表れでもあった。 


 「エーギル。その金言きんげん、深く脳裏に刻み込んでおこう」

「………成程、大変貴重な意見です。私としても、疎かにしていた領域を確かに認識できたように思えます。忠言、感謝します」


 兄は素晴らしいものを聞けたとばかりに、謝辞を述べる。

 他方、妹は何か考え込むようにしながらもその考えを容認する。


 一区切り着いたところで、ラグナルスは側の木窓を開ける。

 途端、ほんのりと冷たい秋風が吹き込むのを感じる。


 ふいに少し前の記憶が思い出される。

 帝都の魔導学校から繁華街に向かう際の馬車は、ガラス張りの窓と絢爛な装飾が施された、密閉空間であった。

 はっきり言えば、合わなかった。

 今のように、中とは温度差のある風に季節を感じ、外の空間を狭い視野で見渡す方が好みである。

 一枚の薄い壁で隔絶された空間から世界を覗き込んでいる、という感覚はラグナルスにとって風情ふぜい感じるものであった。



「…私は考え無しだった。だが全くの考え無しというわけではない。だから三日間の猶予を設けた…どうだ?」


 勿論言い訳でしかない。

 3日で何かが変わるわけでも無いのは全員が理解している。

 だが此処で断れるのは絶対の権力者か、或いは無知な者だけである。

 妹は観念したかのように呟く。

 

「…わかりました、兄様に譲歩しましょう。三日、です。三日の間に…策を弄するのならば私に」


 忠実な騎士を一瞥する。


「武を用いるのならばエーギルに。打開策を私らに一考の余地ありと納得させてください。それならば協力するのもやぶさかではありません」


 それを聞いたラグナルスは深く頭を下げた。

 

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ラグナルス戦記〜辺境の小国ですが存続させてみせましょう〜 挟むギョウタン @hasamugyoutan0101

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