平和か戦争か〈12〉

「二つ。使者殿の態度が至極慇懃いんぎんであった点。使者本人の意識的態度とも言えるので蛇足的ですが…」

 アデライザの尻切れるような物言いは確証が持てない様を現していたが、これにはラグナルスも同意できた。

 先日訪れた国王バシレイアの代理でさえ、無礼な態度で振る舞っていたのが、強く頭に残っていたためである。


「三つ。会議直前の身体検査が大層厳重に行われていた事です。私には武勇を好むが故の暗器あんきへの恐れというより、貴族としてぐうそうという外示ポーズに思えました」

 言われてみればそうかもしれない、とラグナルスは考える。

 他方で発想の飛躍が過ぎるのではないか?とも思える内容であった。


「四つ。これも蛇足的なのですが黒衣の騎士、黒龍騎士団ドラゴネス・テデンシェが天幕内に居なかったことです。彼らが既に去ったのか、はたまた何処かへ潜んでいたかという線も考えられます。ですが…」

「当ててみせよう。借り物の力をさも己の誇る勲章として誇示することを嫌ったから、だろう?」

「ええ、その通りです」

 妹が前置きしたように、これは仮定の話。何故いなかったのかといった理由が無数に考えられるためだ。



「最後、これが最も私の推測を強いものとしました。伯爵殿の周りを固める騎士らが皆、揃いも揃って魔導金属ミスリルの甲冑を着込んでいた事です。ひとえ外面そとつらを良くするがためとしか考えられません」

 確かに魔導金属の甲冑は見栄えが非常に良い。

 未だ見た事はないが、国王バシレイア皇帝イムペラトルの座す謁見の間では、神のみが踏むことを許される赤絨毯レッド・カーペットの両脇にずらっと甲冑の騎士が並ぶという。

 さぞや威容のある光景だろうと思いを馳せる。


 

「以上の五つが敢えて・・・賭けに挑んだ際の論拠です。…では兄様、何故なにゆえあのような暴挙に打って出たのか、お聞かせ願えますか?」

 ラグナルスは一度大きく息を吸って吐く。

「あの提案自体に殆ど不満はない。寧ろお前の助けが無ければ、我々はたちまち困窮していただろう。それは感謝する。…だが、ただ一点に私は納得できない」


 あのまま二度目の提案を受け入れていたら、と思うと末恐ろしい。

 一度目のが川へ満遍なく毒を撒くとすれば、二度目のは川の上流から毒を流し込むようなものだ。

 上から下へ。毒は流れに沿って、辺り一帯を生命が息吹くことのない死の地へと一変させる。


「…その一点とはなんでしょうか?」

「お前が奉公に出ることだ」

 それを聞いたアデライザは途端に不機嫌そうな表情に一変させると、これまた不機嫌極まる声色で反論する。


「兄様、いえ殿下。今の殿下は死して骨となった阿爺あや下頷かがんくらの破片と見間違う程に愚鈍ですわ」

「…!アデライザ様、流石に不謹慎極まる発言かと」

 エーギルは余りに無作法な物言いを嗜めるが、却ってアデライザの語調はより断固たるものとなる。



「承知しています。ですが殿下は下らない一個人の情を以て侯国の全てを道連れにしかけたのです。此処まで言わなければ分からないでしょう」

「…エーギル、これは当然そしられるべき事だ。私は手元の物を全て葬ろうとした愚か者だ」

 だが、とラグナルスは続ける。

「提案の時、私の脳内ではお前がなぶられてけがされる様が容易に想像出来た。…堪えきれなかったのだ」

 依然としてアデライザは表情を崩さない。

「貴族の家に生まれた者として、そのような覚悟は出来ております。もし兄上・・のように婚約者が居れば一考しましょうが、私にはまだ居ないので気遣う必要はありません」

「…恐ろしくないのか?」


 途端、研いだ鋭利な刃物のように視線が鋭いものとなる。

「――恐ろしいに決まっています!!会議中も心底では震え、出来たらその場でうずくまりたかったです!もし当てが外れ、伯爵殿が『あんな小娘などに!』などと逆上して掴みかかってきたらと思うと…!」



 ――初めて妹が本気で抱いた直感的な感情を吐露している。

 少なくとも兄としてそう思えた。

 だが絶対に言えないものの、心の何処かで安心もしていた。

 賢明で何処か達観していたような妹の、年齢相応な様子を見られたことに。


「ですが私を差し出さねば!兄様も従士らも領民も国も、その全てが無くなるのですよ!?手段無き理念など塵芥ちりあくたに等しいものです!」


 抱いていたものを言い切ったのだろう。

 はぁはぁ、と息づかいが荒い。

 身体全体を使って空気を取り込んでいるようであった。



 ――しかしこれに応対したのはラグナルスでなく、エーギルであった。


「…アデライザ様。私個人としてはその意に同意しかねます」

  

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